最初の遺跡


 馬車を乗り継ぎ、イェルーダに向かう途中にある遺跡に着いたのはアカデミーを出発してから三日後の事である。その間フロートは少しでも仲良くしようと話題を振って話をしようとしたが、レヴィスは移動中ずっと黙ったままでいくら声をかけても返事をせず、最終的には諦めてフロートも口を閉じた。

(……いくら人見知りだからって、これはないんじゃないかしら)

 全く歩み寄る気配を感じないレヴィスの態度に苛立ちを覚えながら、フロートは遺跡の扉を開けようとしてぐっと力を入れ――たのだが、扉はびくともしなかった。もう一度力を込めて押してみるが少しも開く様子はない。

(……あれ?)

 正直なところフロートの腕力はそこまでない。それでも一般的な女性よりはあるつもりだ。重厚な外観ではあるけれど開けるのにそこまで力が必要な扉には見えないが……。

 開かない扉の前で首を傾げていると後ろにいたレヴィスがいつの間にか横に立ち、扉に手を当てながらフロートを見下ろした。

「あんた、法力値は高いけど魔力は全くないんだな」

「……どういう意味?」

 呟かれたレヴィスの言葉にフロートは少し眉を潜めて相手を見返す。やっと口を開いたかと思ったらどこか見下すような発言。確かにフロートに魔力はない。だからこそ持っていた法力を高める為に頑張ってきた。……魔力がなかったら悪いのか。

 そう言いたげな少女の視線を受け、レヴィスは正面に向き直った。

「プロテクトの魔法だ」

「……プロテクト……って……」

「施錠魔法だ。これを解除しないといくら力を加えても開かない」

「あ……これが……」

 それを聞いて納得した表情で呟きを漏らす。

 

 プロテクトは魔力を使って扉などを施錠する魔法だ。

 複数のパターンを組み合わせて作るパズルのようなもので、その組み合わせは無数に存在する。これを解除するには魔力を使ってパターンを解析してひとつずつ……それこそパズルを解くように、組み込まれたパターンを解いていく。魔力がある者でないと解除出来ないのに加えてこれが魔法だと認識しにくい事もあって、魔術士が何かを隠したい時によく使用する魔法だ――と、聞いた事はあっても実際にみるのが初めてだったフロートは興味深そうにじっと扉を見ていた。


「これがそうなんだ……へえ……」

「……解除したら呼ぶ。向こうで待ってろ」

 レヴィスは扉に手を当てたままそう言った後、意識を集中させるように目を閉じる。それに合わせてゆらりとその身体の回りが揺らいだ。魔力を使ってパターンを解析しているのだと魔力を持たない少女にも理解出来た。

「…………」

 この状態でフロートに出来る事は何もない。その場に突っ立っていても仕方がないので離れた場所にある倒れた柱の方で座って待っていようと思って踵を返して歩き出した瞬間。


 ……パン。


 小さく何かが弾けるような音がしてレヴィスが目を開けて扉から手を離した。

「……終わった」

「へ?」

 何の感慨もなく呟かれた言葉に、自分でも判るくらい間の抜けた声が漏れ、フロートは少し恥ずかしそうに口を押さえる。解析を始めてから一分も経っていない。そんな簡単なパターンだったのだろうか?

 そんな視線を向けているフロートを余所にレヴィスは再び扉に手を当てる。彼がぐっと力を込めると先程はびくともしなかった扉が軋んだ音をたてながらゆっくりと開いた。

「行くぞ」

「……あ、ちょっと!」

 返事を待たずに遺跡の中へ入って行った青年を追いかけるように、フロートも慌ててその中へと足を踏み入れた。


 遺跡の中は調査済という事もあってか綺麗な状態だった。

 壁には古代文字と何かの図式のような絵が描かれており、その間を通る長く伸びた通路を進みながら二人は周囲に気を配りながら歩いて行く。

「遺跡って初めて入ったけど……思ってたよりしっかりした造りなのね」

「単に調査で人の手が入ってるからだろ」

 感心したように呟いたフロートへ興味なさそうに言葉を返し、それに反応した少女が軽く睨んできたので視線を逸らして躱しながら、レヴィスは周囲を確認する。

 調査済といっても隠された仕掛けやアイテムが後から発見される事も多々ある。そんな場所を学生の試験場として使うのは正直どうかと思っていた。熟練の探索者だって危険な状態に陥る事もあるというのに。

(……まして、俺に)

 頭に浮かびかけた言葉をため息をつく事で打ち消す。……この先もこうやって遺跡を回らなければならないのだと思うと気が非常に重かった。しかも自分一人だけではなく他人と一緒に行動。何で――いや、卒業試験だからなのだけれど――卒業しても一人でやっていこうと考えていたレヴィスにとって誰かと長期間組んで旅をするというのは辛かった。


 一方、そのペアの相手はレヴィスがため息をついたのを見て若干の苛立ちを感じながら歩いていた。そろそろ少しは慣れてくれてもいいと思うのだが、横を歩く青年は歩み寄ろうという素振りすらみせない。自分の力に自信を持っているのかもしれないけれど、それにしたってもうちょっと協調性というものを持った方がいいんじゃないだろうか。

 ……そうやって苛々しながら歩いていたから、フロートは床の仕掛けに気付くのが僅かに遅れた。

「……おい!」

「えっ?」

 先に気付いたレヴィスが声かけと同時にフロートの腕を掴んで引っ張るが時すでに遅し。踏み込んだ足はスイッチになっていた石畳の一つをぐっと押していた。


 ガコン。


 何かが作動するような音がして、左右の壁に描かれていた図式が輝き出す。

「!」

 罠が作動したのだと瞬時に理解したフロートは腰に固定していたホルダーを外して杖を左手に持ち、術が発動出来るよう身構えた。同じようにレヴィスも自らの杖を手に持って周囲に注意を向けながら体勢を整えている。

「……ごめんなさい」

「いいから集中しろ。出てくるぞ」

 申し訳なさそうに謝る少女へ言葉を返し、レヴィスは正面を見据えて目を少し細めた。


 光っていた壁の図式が揺らめき、そこから這い出るようにゼリー状の物体が三つ、床にボタボタと落ちてきた。床の上で楕円形の形を取ったそれはぷよぷよとした半透明の身体を蠢かせている。

 この世界に住む人間なら誰でも知っているモンスター、スライムだ。現在確認されているモンスターの中でも最弱だが数が多いと厄介で、大型のものになると人を体内に取り込み窒息させてから栄養を摂取する……などという話もまれに聞く事もあるので油断しすぎると逆に危険なモンスターでもある。

「俺がやる」

 レヴィスはそう言った後、魔法を放つ為に魔力を練り詠唱を始める。スライムは物理攻撃も有効だが弱点は炎。属性魔法を使えばすぐに片が付く。

「……お願い」

 自分が罠を発動させたのだから責任を取りたかったけれど、直接的な戦闘になったら補助系の術がメインの法術士に出来る事は少ない。フロートは内心悔しく思いながらもスライムが攻撃してくるのに備えて防御の法術を詠唱する。

 彼らが臨戦態勢に入ったのを察したのか、スライムはそれぞれ身体を伸び縮みさせながら床をはね始めて――ぐっと身体を縮めたかと思うと大きく跳ね、レヴィス達に向かって体当たりするかのように向かってきた。

 ……しかしそれより先に、詠唱を終えていたフロートの法術が発動する。

「バリアー!」

 凛とした声が響くと同時にレヴィスとフロートを包み込むように半円の障壁が出現して、跳んできたスライム達を弾き返す。勢いよく床に叩きつけられてボールのように転がったスライム達に対し、同じく詠唱を終えたレヴィスが杖をそちらへと向け――それを見たフロートは素早く術を解いて障壁を消した。

「……フレア!」

 力ある詞に呼応して杖が輝き、そこから生まれた炎はスライム達を一気に包み込む。

 炎から逃れようと彼らは床をのたうち回っていたが、生まれ出た魔法の火が彼らの体を蒸発させて消し去るまでそう時間はかからなかった。

「…………」

 その様子を何の感慨も抱かない表情で見ていたレヴィスに対し、フロートは驚嘆と感嘆の入り混じった視線を向ける。

 彼が唱えたのは火系魔法の中でも初級のものだ。通常なら焚火を起こすような小さな火を生み出す魔法。しかし今、目の前で見せられたのは初級魔法とは思えない……詞を聞いていなければ中級魔法と言われても納得出来るもの。レヴィスが首席候補に挙げられている事をフロートは改めて認識せざるを得なかった。


 ……スライムと遭遇してからしばらく進み、二人が辿り着いたのは天井も高く大広間のような部屋だった。中心には台座が据え付けられており、その上には小さな宝箱が置かれている。

「……あれかしら」

「たぶんな」

 周りを見回しながらフロートが呟きをもらす。部屋の中はどこかに続くような通路も扉もなくこの場所が最奥のように思えた。同様に部屋の中に視線を走らせていたレヴィスはゆっくりと台座に近付いて行く。

「…………」

 宝箱の前に立ったレヴィスは宝箱に向かって手をかざしてスッと目を閉じる。同時にかざした手を中心にゆらりと空気が揺れた。

 しばらくすると台座に付いていた宝石に光が点き、パンと小さな音が響く――直前。

「……?」

 レヴィスは一瞬感じた違和感に眉を潜める。

 解除直前、宝箱に向けていた魔力が台座の宝石に引っ張られた。同時に宝石が光り、プロテクトが解けたのだが……今のは何だったのか。

 そっと宝石に触れてみるが何も感じない。……いや、正確には宝石の中に引っ張られた自身の魔力があるのを感じていたが、それ以外の事は判らなかった。


「……どうかした? レヴィス君」

 台座の前から動かない事を不思議に思ったのか、フロートに横から声をかけられてハッと我に返る。

「何でもない。思ったよりあっさりしてるなと思っただけだ」

 窺うような視線を向けているフロートに対し、首を横に振りながらレヴィスは宝箱を手に取る。プロテクト以外に特別な罠が仕掛けられている事もなく、すんなりと宝箱は開いて――中には卒業試験の指定アイテムである水晶が入っていた。

「…………」

 水晶を箱から取り出し、レヴィスは再び台座へと目を向ける。

 ……探索者育成学校の卒業試験とはいえ、学生に危険が及ぶような仕掛けを用意するはずがない。宝石に魔力が引っ張られたのは不正防止と試験を正常に行なう為の対策……例えば、指定した人物の魔力でしか開けられないようにしているとか、それ以外の人物が解除したら判るようにしているとか……そういう事なのだろう。


 レヴィスはそう考えをまとめると踵を返し、フロートの横をすり抜けて出入口に向かって歩き出した。

「ちょ、ちょっと待って!」

 スタスタと歩き出したレヴィスの後をフロートは追いかけようとするが──ふと、台座が気になってそちらへ視線を向ける。

 ……台座は静かに佇むのみで、中心の宝石が赤く光っていた。


「……置いてくぞ」


 視線とは反対方向から飛んできた声にフロートの意識は引き戻される。見ればレヴィスはすでに部屋を出ていたため、少女は慌ててその後を追った。

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