エルフの男
一人先に遺跡を出た所で、レヴィスは見知った顔の男がこちらに向かって来るのに気付いて足を止めた。向こうも自分に気づいたらしく、右手を上げてゆっくりと近づいて来る。
「レヴィス君?」
ようやく追いついたフロートが不思議そうに声をかけたが、それを流してレヴィスは男に向かって口を開いた。
「お久しぶりです、クォルさん」
「本当に久しぶりだな。こんな所でどうした? それと……」
頭を下げてきたレヴィスにクォルは淡い水色の瞳を細めて小さく笑い、それからその後ろにいたフロートへと視線を移した。クォルに顔を向けられたフロートは驚いた様子ながらも頭を下げてお辞儀をする。
……フロートが驚いたのには理由があった。
クォルは見た目二十代半ばの青年で、整った面立ちに白く透き通るような肌だったのだが……彼の耳は丸い耳ではなく長く尖った耳をしていた。人間とは違う種族――エルフだ。
エルフは他種族との接触をあまり好まず、各大陸に点在する『里』と呼ばれる集落で密かに生活を送っている。ただし他種族との接触を完全に禁止している訳ではなくエルフが認めた者については交流を行なうという話もあるが、それでも活動的なドワーフなどと比べるとその姿を見る事はほとんどないと言っていい。
だからこそ、こんな所でエルフと遭遇したことに対し少女が驚きを隠せなかったのは仕方のない事であった。更に探索者になる前の学生であるレヴィスがエルフと知り合いらしいのも驚きの度合を強くした一因だ。
「今、アカデミーの卒業試験中なんです。こいつは期間中のパートナーで……」
「初めまして。フロート=ティルルと言います」
ここにいる理由を簡単に説明したレヴィスの言葉を引き継ぎ、自己紹介を行なったフロートへクォルが向けてきたのは――嫌悪感を含んだ、品定めをするような視線。
「……卒業試験か。大変だな」
クォルはフロートに対して何も言わず、再びレヴィスへと視線を戻す。
そんな青年の態度にフロートは少しイラっとしつつも、エルフの人間に対する態度はこんなものなのだと思い直した。……それにしてもこの近辺にはエルフの集落などなかった……いや、以前はあったが今はなくなっていると言った方が正しいか。
数年前までこの大陸には中規模のエルフ集落があった。
アカデミーがあるロアドナシティ近く、マリドウェラの森の中。そこに住むエルフ達は比較的人間に好意的で交流も少なからずあったと言われている――が、その集落はある日突然消滅してしまう事になる。
詳しくは判っていないが、エルフ達が大規模な魔術を行なおうとした際に術式構築に失敗して術が暴発し集落は壊滅。そこにいた者は全て亡くなったという。この出来事は『マリドウェラの悲劇』と呼ばれ、その事故があった日はロアドナシティでも追悼の日として制定されているため、アカデミーの学生なら誰でも知っている事でもあった。
「……レヴィス、少し話がある」
「話?」
レヴィスは少し不思議そうな表情でクォルを見返すが、視線を向けられた青年は黙ったままその横にいたフロートを一瞥する。
「……向こうで待ってるわ。話が終わったら呼んで」
明らかに邪魔者を見るような態度にフロートは小さく息をつき、踵を返してその場を離れた。
「…………」
背を向けて歩いて行くフロートを見ていたレヴィスはクォルの呼びかけに顔をそちらの方へと向ける。クォルは厳しい表情で目の前にいる赤毛の青年を見ていた。
「お前、アカデミーを卒業したらどうするつもりだ?」
問いただすような鋭い口調に戸惑いの色がレヴィスの顔に浮かんだ。彼が何も言わない事に対しエルフの青年はため息を重ねる。
「私は確かにアカデミーに通う事には賛成した。それがお前の為になると思ったから、あの男にお前とお前の妹を預けた。しかし……あそこに居続ける事は認めていない。理由は判るな?」
「……それは……」
レヴィスは何か言おうとしたが言葉が続かずに再び黙り込む。
「あいつらはお前を利用する事しか考えていない。そんな奴等のところで……」
「そんな事はないっ!」
クォルの言葉を遮って声を荒げたレヴィスに離れた場所にいたフロートは驚いてそちらに視線を向ける。それに気付いたレヴィスはぐっと言葉を呑み込み──息をついてから眉をひそめているクォルへ向き直った。
「……少なくとも、ラマ様はそんな考えで俺達を引き取ったんじゃない」
「あの男一人がどう吠えようが、凝り固まった大勢の考えは変わらん」
呟くように発した言葉をクォルは冷ややかに切り捨て、レヴィスの肩に手を置くと諭すような目でレヴィスを見た。
「あいつらの所為で何が起きたのか忘れるな。……あそこにいる限り、お前に自由などない」
「…………」
「よく考えておけ」
俯き黙ってしまった青年を残し、クォルはその場から離れて行く。その途中、フロートの横を通り過ぎ――じっと自身を見ていた少女に対し一瞬、目を向ける。
向けられた視線は侮蔑の眼差しであり、嫌悪のものであり、警戒を含んだ絶対的な敵意の視線。
……法術士クラストップの成績であるが故に、フロートはアカデミーでも羨望と同時に嫉妬ややっかみを受ける事は多々あった。それでもここまで強い敵意を向けられた事はない。
その場を動く事すら躊躇われ、クォルの姿が完全に見えなくなるまで固まったまま動けずにいた。
「…………はぁ」
クォルがいなくなってしばらくして、ようやくフロートは緊張を解くように息を大きくつき。自分と同じようにその場から動かないレヴィスの元へと向かう。
レヴィスは拳を強く握り唇を噛みしめ……この数日、見てきた青年からは想像出来ないくらい青白い顔で俯いていた。
「……大丈夫? あの人に何を言われたの?」
「…………何でもない」
離れていた為、会話が聞こえていなかったフロートは心配そうに声をかけたが、レヴィスは小さく呟くとふらりと歩き出す。
「…………」
歩き出したレヴィスを黙って見ていたが、しばらくしてフロートは息をつき、先を歩く青年の後を追った。
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