隠した力
……ぼんやりとしたまどろみの中で誰かの掌が額に触れた。誰の手だろう。温かい。
その手から伝わる温もりはじわりと広がって、疲労感を癒すように身体を包み込んでいく。
これは……でも、一体誰が……?
目を開けようとして身体を僅かに動かした瞬間、触れていた手がぴくりと跳ねて額から温もりが離れた。それと同時に身体を包んでいた癒しの力も消える。それでも何とか目を開けると、ぼんやりとした視界の中でこちらを見下ろしている人の姿が映った。
「……レヴィス……君」
「悪い、起こしたか」
そこにいた青年の名を呼んだ少女に、その相手はベッドの縁に腰かけたまま申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「……まあ、ちょうど良い。少し水飲んどけ」
そう言いながら水差しからコップに水を注ぎ、レヴィスはフロートの頭を少し持ち上げてからコップを口元に運んだ。
口内に入ってきた水は乾いていた喉を潤しながら流れていく。コップの水を三分の一ほど飲んだフロートは再び頭を枕に下ろされて、身体に布団をかけられた。
「……船酔いは……?」
部屋の中を見たフロートはまだ船にいるのだと状況把握をして疑問を口にする。時折揺れを感じるから航行中なのは間違いない。一方、それを聞いたレヴィスの顔に浮かんだのは失笑だ。
「第一声がそれか……とりあえずは大丈夫だ。……吐く物ももうないからな」
どうやら吐くだけ吐いて胃の中は空っぽらしい。よく見ると顔色は悪いしやつれているようだ。この様子だと食事はおろか睡眠もろくに摂っていないのではないだろうか。
「それじゃキツイでしょ……」
そう言って身を起こそうとしたフロートをレヴィスは呆れたようにベッドへ押し戻した。
「馬鹿かお前は。力の使い過ぎで倒れたんだから大人しくしてろ。法力もまだそんなに戻ってないんだ。余計な事は考えずに今は寝とけ」
……あの後、レヴィスはミーナとマユに事の顛末を訊きに行った。
シーサーペントの襲撃を受け、その攻撃をフロートが高等法術で防いだ事。
その上で追加付与を行ない、そのおかげでシーサーペントを撃退できた事。
「あの子にお願いされたからあまり強くは言わないけど……貴方もペアならもっとしっかりなさい」
話をしている間も船酔いで何度か船の縁から海に顔を出していたレヴィスはマユから呆れ顔でそう忠告された。
高等法術に追加付与をつけるなど、経験を積んだ法術士だって普通はやらない。術の制御が難しい事もあるが一番の理由は消費する法力量が大きいからだ。魔力にしろ法力にしろ、一度に力を使い過ぎると身体にかかる負担は大きく……場合によっては身体が耐え切れず死んでしまう事だってある。今のフロートは自分で身体を動かせないくらい弱っているはずだ。そんな状態でさらに法術を使うのは自殺行為と言っていい。
「……でも……」
申し訳なさそうな目で見上げてくるフロートに対してレヴィスは小さく首を横に振った。
「いいから寝てろ。港に着いたら起こしてやる」
言い聞かせるような声とそっと額に触れてきた掌の温かさにフロートは目を細める。
……先程の癒しの力とは違い、今度はゆっくりと眠気が襲ってきた。
その眠気に逆らえず重くなってきた瞼を何とか開きつつ、フロートはぼんやりとした意識の中で口を開く。
「……レヴィス君……法術、使うのね……」
額に触れていた手がびくっと跳ねる。驚いたようにこちらを見下ろしている青年に向かって少女は言葉を続けた。
「法力……隠してたみたいだから……使わないのかと……思って……た……」
意識は眠気に引っ張られて、途切れ途切れになりながら紡いだ言葉はやがて寝息へと変わる。
「…………」
部屋に少女の寝息が響く中、レヴィスは動揺を隠しきれないままフロートを見ていた。
術士は魔力を行使する魔道士と、法力を行使する法術士――そして、その両方を使う魔術士の三つが存在する。
だがどちらか一方の数値が高くてもう片方の数値が低いのがほとんどで、どちらの数値も高いという魔術士は数えるほどしかいないのが現状だ。その為、そういった資質を持った者は否応なしに魔術士として英才教育を受ける。
……そして、レヴィスはそのどちらも高い数値を持っていた。しかし魔術士としての教育を受けたくなかったレヴィスは法力を持っている事をアカデミーの誰にも言わずに過ごしてきた。ボッカにすら話していない。
そしてそれを周囲に気付かれないよう隠してきた。レヴィスがアカデミーに入ったのは魔力の使い方を学ぶためであって、それ以上の事は望んでいなかったし……そもそも彼は法力を持っていても法術を使う訳にはいかなかったのだから。
とはいえ、後見人であるラマに言われて基礎的な法術については独学で覚えたので使えない訳ではない。
必要に迫られて使用する時も出来る限り力を抑えるので効果は本当に微弱なものであり、先程フロートに使った
……だがこの少女は自分が法術を使った事、法力を隠していた事にも気が付いていた。
「何なんだ、コイツ……」
眠ったままの少女に向かってレヴィスが呟いた言葉は返答がある訳でもなく、ただその場に零れるのみであった。
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