事の顛末

 気絶したフロートを介抱し、少女の部屋で寝かせた後。

 ミーナは怒りを押さえ切れない様子で足音を荒げてフロートの部屋を出た。向かう方向は彼女達に割り当てられた部屋とは逆の方向だ。

「ちょっと、どこ行くの」

「決まってるだろ!」

 たしなめるようなマユに乱暴な言葉を返し、ミーナは隣の部屋のドアノブを掴む。

 一方のマユは小さくため息をつくが止める気はないらしく、その後ろで立ったままだ。


 勢いよく開けられた部屋の中は明かりがついておらず、部屋の端に設置されたベッドには青年――レヴィスが眠っていた。

「……って、男かよ!」

「…………」

 レヴィスを見下ろしながらミーナは呆れと怒りの色を強くする。試験のプレッシャーに負けるような気弱なペアは女の子だろうと思っていたからだ。しかし、女の子でもあれだけの騒ぎがあって出て来なかった事に対して遠慮するつもりのなかったミーナはレヴィスを見て更に頭に血を上らせる。


 一方マユは何も言わなかったが、その表情には若干呆れの色がみえた。ミーナと違いペアの相手が女の子だと思い込みはしていなかったものの、フロートが気を失うくらい身体を張って頑張っていた間、ずっとここで寝ていたのだと思うとどうにも許せない気持ちになるのを抑えられはしない……けれども。

「…………?」

 レヴィスを見ていたマユは違和感に気付き怪訝な表情を浮かべる。そんなマユを余所にミーナは寝ているレヴィスの胸元を掴み身体を揺さぶった。


「おいてめぇ、起きろ!」

 大きく揺さぶり、至近距離で怒鳴ったにも関わらず目を覚まさないレヴィスに対し、ミーナは更に大きな声を出そうと息を吸い込む――が、そうする前にマユに肩を掴まれて止められた。

「待って」

「何だよ止めんな! こいつ一発殴らねーと気が済まな……」

「ちょっと待ちなさいって言ってるの」

 睨みつけてきた相棒を押しのけて、マユはレヴィスの身体に触れる。


 しばらく身体に触れたまま動かなかったマユだが、少ししてから手を放すと不思議そうな表情で口元に手を当てた。

「この子眠ってるんじゃないわ。法術で眠らされてる。しかも大分強めにかけられてるから多少の音や揺れじゃ起きない」

「はっ!?」

 マユの言葉にミーナは目を丸くして、それから改めてレヴィスに視線を移す。

「法術って事はフロートがやったって事か? ……何で?」

「さあ……まあ、起こして聞けばすぐ判るでしょう」

 そう言いながらマユはウェストポーチから小さな小瓶を取り出して蓋を開ける。

 途端につんと鼻につく臭いが漂ってきてミーナは顔をしかめるが、マユは瓶の中身を少し布に染み込ませるとそれをそのままレヴィスの顔へと押し当てた。


 一瞬、間をおいて。


「…………っ!?」

 寝ていたレヴィスの身体がびくっと跳ね起き、それからすぐ、くの字に曲げて大きくむせた。

 げほげほと咳き込む青年をマユは冷ややかに、ミーナは呆れの中に若干憐れみを含んだ視線を向けている。……あいかわらずマユ特製の気付け薬の効果は抜群だ、と思いながら。

「……な……何だ今の、ボッカの薬か!?」

「こんなの作る奴が他にもいるのかよ!」

 涙目になりながら発したレヴィスの言葉を聞いたミーナが思わず声を上げるが、マユに視線を向けられて口を抑えて黙り込む。ミーナを黙らせたマユは再び青年へと向き直った。


 鋭い視線を向けられたレヴィスは怪訝そうに女性二人を見ている。

「……何だ? あんたら……」

「船に同乗してる探索者でわたしがマユ、こっちがミーナよ。……貴方は?」

 マユは必要最低限の自己紹介をしてから目を細め、目の前にいる青年を鋭く見据えている。

 起き抜けによく判らないまま詰問されるような状態に置かれたレヴィスは警戒の表情を強くしたが、名乗られて黙っているほど失礼な性格でもなかった。

「……レヴィス」

「そう。レヴィスね。どうして貴方、法術で眠らされていたの?」

 間髪入れずに質問を投げかけてきたマユに対し、レヴィスも鋭く視線を返す。

「本当に何だ、あんたら。人の部屋に勝手に入って来てどういうつもりだ?」

「質問で返さないでちゃんと答えなさい」

 レヴィスの視線も鋭いものだったが、マユは視線も言葉も鋭く背筋がヒヤリとする。それを感じ取ったらしいレヴィスは口を閉じて視線を横に逸らした。


(……こんな怒ったマユ見るの、久しぶりだなあ……)

 ミーナが先程まで抱いていた怒りや呆れは隣にいる相棒が発する静かな怒りに当てられてすっかり抑えられていた。

「……船酔いがひどくて、一緒に来てる奴が船旅の間だけ法術で眠らせるって言って、眠ってた」

「は? 船酔い? そんなんで眠らされてたのか?」

 青年が眠っていた理由にミーナは呆れたように青年を見たが、マユは鋭い視線を向けたままだった。同時にフロートが言おうとしていた言葉の続きを理解する。


「あれは私がやった事です」

 ……そういう訳だ。


「それであの子は強めに法術をかけてたのね。……海獣が襲ってきても気付かないのも納得だわ」

「海獣?」

 小さく付け加えられた言葉にレヴィスは眉を潜めるが、マユは踵を返すと青年に背中を向けるとドアに向かって歩き出した。

「あれ、ちょっと、マユ?」

「行くわよ。ここにもう用はないわ」

 離れていくマユにミーナは慌てて声をかけるが、彼女の相棒は切り捨てるようにそう言ってドアノブを握る。

 ……言いたいことがない訳じゃない。

 しかし、限界まで頑張った少女が意識を失う前に口にした頼みを聞かないというのはあまりに失礼だろう。そう思ったマユは唇を結び言葉を飲み込んだ。

 

「……待ってくれ。海獣が出たのか」

「そうよ」

 背中に投げられた問いかけに短く言葉を返し、マユは顔だけ動かしてベッドの上の青年を見る。

「あの子がいなかったらこの船、沈んでいたかもしれないわね」

 侮蔑を含んだ視線と言葉をレヴィスに向けて、マユはドアを開けて部屋を出ていった。

「ちょ、おーい、マユ!」

 置いて行かれる格好になったミーナは部屋を出ていったマユを追いかけようとして――その途中でレヴィスに向き直った。

「フロートは法力が空っぽの状態で寝てるよ。……眠ったまま沈まなかった事、あいつに感謝するんだな」

 吐き捨てるように言葉を残し、ミーナも部屋を出ていく。

「…………」

 部屋の中に一人残されたレヴィスは何も言わず、床を見たまま握った拳に少し力を込めた。




 ……一方、その頃。

 動かなくなったシーサーペントの血に引き寄せられた海獣たちの上空を大きな怪鳥が飛んでいた。その背中には男の姿があり、その光景を冷めた目で見降ろしている。

「…………」

 男はしばらく海上を見ていたが、やがて怪鳥と共にその場から姿を消した。

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