☆少女の受難

☆今回は二話同時に更新しております。

その一話目。

こちらはヒロインが襲われる描写がありますので、苦手な方は次の話からお読み下さい。

(こちらを飛ばしても話の流れは判るようにはなっています)



─ ☆ ─ ☆ ─ ☆ ─ ☆ ─



「……疲れた……」

 フロートは宿屋のベッドにローブも脱がずに倒れ込んだ。

 あの後、宿を取ってから結局断り切れずにご飯を一緒に食べ、それからも町を連れ回され……一緒に付いて来ていたレヴィスが

「こっちは長旅してきて疲れてんだよ。それに明日は遺跡に行く予定なんだ、いい加減にしろ!」

 と、怒鳴ってくれなければ今もまだ連れ回されていたかもしれない。

 身体を動かして仰向けになり、天井を見上げながらフロートは大きくため息をついた。


 正直リンドは苦手だ。告白されて付き合った事もあるけれど、あの時もリンドは強引で……色々な意味でマイペースな人間だった。同級生の中にはその強引さが良いなんていう娘もいたが、フロートはそう思えなかった。

 何より、リンドが自分と付き合いたいと考えているのは自身の見た目を気にいった事、術者として実力を持っていた事……それからフロートの『家』が大きく関わっている。

 決して『フロート自身』を好きになって告白してきたのではない事を付き合った二ヶ月ではっきりと理解した。

 もちろん外見や能力もひっくるめてフロートなのだけれど、それ以外を全く見ようとしなかったリンドをフロートはどうしても好きになれなかった。


(……早く明日にならないかなあ……)

 寝転がったままローブの紐を外し、宿屋で用意されていた寝間着に着替えようと服を脱ぎかけたところで、部屋のドアがノックされてフロートはビクッと身体を震わせる。

「フロート? ちょっと良いか?」

 トントンとドアを叩く音に混ざって聞こえるリンドの声。

「…………」

 フロートは脱ぎかけていた服を整えて戻し、どう対応しようか迷った。リンドの性格からしてフロートが出るまでドアを叩き続けるだろう。そうすると他の宿泊客……隣の部屋にいるはずのレヴィスにも迷惑をかける。

 遺跡やそこに向かう途中で戦闘になった場合、どうあってもレヴィスに頼らざるを得ないのだから、彼の休息を邪魔するのは出来るだけ避けたいところだ。


「……おーい、フロート?」

 先程よりも強めに響いたドアを叩く音に、フロートは観念して立ち上がるとドアを開けた。

「お」

「……何か用?」

 出来るだけ不機嫌そうな声を出したが、その相手はいつものように爽やかな笑みを浮かべている。

「いや、昼間は迷惑かけちゃったかな、と思ってさ。久しぶりだったからテンション上がっちゃって……ごめんな?」

 ……正直、今も迷惑なんだけど。

 そう言いたくなるのをぐっと堪え、フロートもにっこりと笑みを顔に張り付ける。

「別に良いよ」

「そっか、良かった」

 フロートの言葉にリンドはホッとしたように笑みを零す。……何も知らない女の子が見ればドキッとするような笑顔なのだろうけど、何も感じない自分は荒んでいるのだろうか。……いや、そんな事はない……はずだ。

 自問自答で否定しつつ、フロートは笑顔を貼り付けたまま目の前の青年を見ている。


「……それより私もそろそろ休みたいんだけど……」

「あ、そっか。明日遺跡に行くんだったな」

 思い出したようにリンドはそう言った後――少し目を伏せ、それから真剣な表情で真っ直ぐフロートを見た。

「なあ、フロート。ひとつお願いがあるんだけど」

「……何?」

 笑顔を張り付けたまま言葉を促す少女に、青年は真面目な表情で口を開く。

「フロートが問題なければ少し二人で話したいんだ」

「…………」

 流石にすぐ答えられずフロートは困ったように視線を彷徨わせる。

「そんな時間は取らせないから。……駄目か?」

 何とか了承を取り付けようと言葉を重ねるリンドにフロートは逡巡して……一瞬、隣の部屋を見た後、改めて青年に向き直った。

「……少しなら、良いよ」

「有難う!」

 顔を明るくしたリンドはそのままフロートの両手を掴む。掴まれた瞬間、身体を震わせたフロートだが、青年はその手を引いて廊下を歩き出す。

「……どこ行くの?」

「客室で二人きりじゃフロートが嫌だろ? ……昔もそうだったしさ。下のラウンジで何か飲みながら話そう」

 そう言いながらもリンドは自身が借りている部屋の方へ歩みを進めて行く。

 このまま部屋に連れ込まれるんじゃ、とフロートは身を固くしたが、リンドは部屋の前を素通りして階段の方へと向かったのでホッと息をついた。単純に話がしたいというのは本当のようだ。


 少し安心しながら階段を降りて──そうして、一階に辿り着いた時。

 突然リンドが腕を強く引き、フロートはそのまま引っ張られるように階段下の物置部屋に押し込まれた。同時に腰に付けていたホルダーが外されて、杖が一緒に足元へと落ちる。

「何……っ」

「おっと、あんまり騒がないでよ、フロート」

 声を上げかけたフロートを壁に押しつけるような格好でリンドが含み笑いの混じった言葉をかけてくる。

 部屋の中は暗かったが僅かに開いていたドアからの光で完全に周囲が見えないわけではない。そんな中でリンドは優しく微笑んでいた。

 フロートの背筋にぞくりと寒気が走る。

「……どういうつもり?」

 震えそうな体を何とか気持ちで押さえつけ、フロートはリンドをキッと睨みつけるが、一方の青年はそんな少女を愛おしそうに見ながら笑っているだけだ。

「俺さ……まだ、君の事が好きなんだよね」

 そう言いながらリンドはフロートの頬をそっと撫でる。それを嫌ったフロートは顔を背けようとするが、頬に当てられた手は離れない。

「違うでしょ。好きなのは私じゃなくて私の家柄でしょう?」

「前にも言ったけどそれも含めて君だろ? 整った外見も、術者として高い力を持っているのも、血筋が良いのも。それを好きだって言う事のどこが間違ってるんだ?」

「間違ってる」

 執拗に触れてくる手に嫌悪感を抱きつつ、気を奮い立たせながら目の前の青年を見る。

「それは人に対する好意じゃない。ただの物欲っていうのよ」

「……見解の相違だよね。まあいいや」

 フロートの言葉を聞き流したリンドは頬に手を当てたまま、空いている方の手を少女の腰へと回した。そして体を震わせたフロートへ楽しそうな笑みを浮かべながら耳元で囁く。


「……さっきも言ったけど、時間は取らせないよ。……フロートが大人しく受け入れてくれれば、ね」

「……っ!」

 囁きと同時に耳へ軽く口づけされた事で、張っていた虚勢は嫌悪感と恐怖に吹き飛ばされる。

「……こんな事して、どうなるか……っ」

 ぐっと堪えて何とか再び虚勢を張ろうとするが、再びリンドの手が自身に触れた瞬間に寒気が走り、言葉は続かない。

 触れてくる手から感じる嫌悪感と、これからされるであろう行為にフロートは動けなくなる。


 何とか逃げなければならない。でも体が動かない。

 杖も落とした。術を使って逃げる事も出来ない。

 それなら助けを呼ばなければ。でも声が出てこない。

 怖い。嫌だ。怖い。──誰か。


 唇を噛みしめ、ギュッと目を瞑る。


「……おい、何してる」


 ……不意に聞こえた声に、フロートは閉じていた目をパッと開ける。

 いつの間にか大きく開いていたドアの向こう、厳しい表情を浮かべたレヴィスが立っていた。

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