青年の怒り

☆今回は二話同時に更新しております。

その二話目。

一話目はヒロインが襲われる描写がありますので、苦手な方はこの話からお読み下さい。

(一話目を飛ばしても話の流れは判るようにはなっています)



─ ☆ ─ ☆ ─ ☆ ─ ☆ ─



 ボッカ達と一緒に食事をした後。あちこち連れ回そうとしたリンドに対して、我慢の限界がきたレヴィスは彼を怒鳴りつけ。ようやく宿屋に到着したレヴィスはため息と同時にベッドへ横になる。

「…………」

 天井を仰ぎながらボッカに言われた事を思い出し、胸に浮かんだモヤモヤを息と一緒に吐き出した──その時。

 レヴィスは誰かがドアを叩いているのに気がついた。しかし自分の部屋のドアではない。隣の部屋……フロートの部屋のようだ。

少ししてからドアの開く音と人の話し声が聞こえ──それから今度はドアの閉まる音がした。


 身を起こし、音を立てないようにドアを開けたレヴィスの目に入ってきたのはリンドとそれに引っ張られる形で歩いて行くフロートの背中。

(何してんだ、アイツは)

 のこのことリンドについて行くフロートに少し呆れながらも、気付かれないよう二人が階段へと続く廊下の角を曲がったのを見届けてから部屋を出る。それから階段を降りて──ラウンジを覗いたが二人の姿はなかった。

 ペルティガの宿屋は夜間の外出を禁止している──そのまま凍死して戻って来ない可能性がある──ので、外に出たとは考えにくい。

 ……それなら二人はどこに消えた? 


 首を傾げ階段まで戻ってきたところで、レヴィスは階段下の物置部屋のドアが僅かに開いているのに気がついた。もしかすると……。

 そう思いながらそっと中の様子を窺おうと覗きこんだその先で。壁に押しつけられた状態のフロートとそれに迫っているリンドの姿を見たレヴィスはドアを勢いよく開けた。


「……おい、何してる」


 怒りを含んだレヴィスの言葉が部屋に響き、リンドはもちろんフロートもそちらの方を向く。

 ……レヴィスの姿を見たフロートが泣きそうになりながらも安堵の表情を浮かべる一方、リンドは邪魔者の登場を不愉快そうに眺めていた。

「何だレヴィス。邪魔するな……よ」

 赤毛の青年を忌々しそうに睨みつけたリンドだが、次の瞬間にはその表情から血の気が一気に引く。


 ゆらり、とレヴィスの周囲が大きく揺らいでいた。

 身に纏った魔力は視認できるほど漏れ出ていて、陽炎のように空気を揺らす。……魔力を持っていないフロートでさえ寒気を感じるほどだ。リンドはそれ以上に圧倒されているだろう。 

「おい、リンド。何してるって聞いてんだよ」

 部屋の中に足を踏み入れたレヴィスから再び紡がれた問いかけに、リンドは「ひっ」と喉の奥で声を詰まらせてフロートから離れる。しかし鋭い視線は突き刺さったままだ。


「や……やだなあ、レヴィス。マジになっちゃって……ちょっとしたお遊びじゃん……」

 怯えながらも何とか言葉を口にしたリンドに対し、レヴィスはちらっとフロートに視線を向けて──それから、冷ややかな笑みを浮かべてリンドに向き直った。

「そうか。これはお遊びか」

「……そ……そうそう! お遊び! お遊びだって! は、はは……」

 冷ややかではあるが笑っているレヴィスに、乾いた笑いをリンドは浮かべて返す。


 その瞬間。


「……ひいっ!」

 レヴィスから発せられている魔力が更に強くなり、リンドはその場で腰を抜かして倒れ込んだ。そんな青年を見下ろすレヴィスの顔に笑みは全くない。あるのは怒りと侮蔑の念だけだ。


「わ……悪かった!」

「…………」

「もうしない! 約束する! 二度とフロートにも近付かない! だ、だから許してくれ!」

 必死に懇願してくるリンドを冷ややかに見下ろしながら一歩前に出たレヴィスだが、その動きは横から飛んできたフロートの声で止まる。

 フロートはまだ青白い顔をしていたが、少しは落ち着いたらしくその視線は真っ直ぐレヴィスを見ていた。

「……も、もう良いよ、レヴィス君……有難う」

「…………」

 その言葉にレヴィスはフロートを、そして腰を抜かしているリンドを見て小さく息をついた。それと同時に魔力による空気の揺らぎと圧迫感が消える。


「次に同じような事をしたらコイツが許しても俺が許さない。覚えておけ」

「……わ、判った……」

「だったら失せろ。……しばらくは俺も、お前の顔を見たくない」

「は、はい!」

 圧迫感は消えたが、向けられる侮蔑の視線に押されるようにしてリンドは部屋を出て行った。


「……大丈夫か?」

 リンドの駆け足が階段を上がって行くのを聞きながらレヴィスはそう呟くとフロートの方を向く。先程までの怒りや侮蔑の色は消えていて、代わりに浮かんでいたのは心配そうな労わりの表情だ。

「……うん、大丈……」

 大丈夫だ、と言おうとして。

 フロートは言いかけた言葉を飲み込んでから息を吐き、それからレヴィスの服の裾を掴む。

「……ごめん、大丈夫じゃないや」

 そう言ってフロートはレヴィスの胸にもたれかかった。

 今頃になって体が震える。

 ……本当に怖かった。レヴィスが来なかったらどうなっていたか……想像する事すら躊躇われるほどに。


 レヴィスはそんなフロートの体を何も言わず抱きしめ、子どもをあやすように頭をそっと撫でる。

 ……リンドに触れられた時はあんなに嫌だったのに今は撫でられる度に気持ちが落ち着く。

 触れている手も腕も温かくて、いつの間にか体の震えも止まっていた。

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