エピローグ

旅立ちの日

 ――花舞う季節。


 世間でそう呼ばれるこの時期。

 アカデミーの講堂前では卒業式を終えた学生達やその家族、関係者達がそれぞれに集まって祝いの言葉を交わしていた。


「ううー、嬉しいけど寂しいよー!」

 ぼろぼろと涙を流しながらシルヴィが号泣している。

 そんな友人の頭を撫でつつ、ロマーナも自身もうっすら涙目になっているものだから泣き笑いのような表情だ。

「仕方ないでしょ、皆進路が違うんだから」

「そうだけどー! ユバルだからフロートとは一緒だって思ってたのにー! まさかのロアドナ残留とかないよー!」

「本当にごめんね」

 わんわん泣いているシルヴィへフロートは申し訳なさそうに声をかける。

 卒業後、シルヴィは歴史学者見習いとしてユバルに行く事が決まり、ロマーナはイェルーダで民俗学者の助手として働く事が決まっていた。


 ……フロートが提示した条件がロアドナ上層部でも承認され、急遽決まったフロートのロアドナ残留――術士コースの首席候補だった二人がどちらも国などの機関に在籍する事なく、明確な進路が決まらないまま卒業を迎える事には同級生だけでなくその関係者をも驚かせた。

 当初から卒業後の動向が不明だったレヴィスはもちろん、ユバルに戻るとしていたフロートの進路が白紙になった事でしばらくはあちこちから声がかかり、その対応に二人とも苦労させられたものである。

「父様や兄様達にはシルヴィの事を話してあるから、何かあったら遠慮なく頼ってね」

「うぅ……それはものすごい助かるんだけど……やっぱり寂しいー!」

 再び声を上げて泣きだしたシルヴィに、フロートは困り顔で笑うしか出来なかった。


「いやー。ついにオレらも卒業かー。あっという間だったな」

 講堂を見上げて感慨深そうに言葉を呟くボッカの横、レヴィスはネクタイを少し緩めながら同じように講堂を仰ぐ。

「本当にな……ところで、ギオス諸国の薬師に弟子入り決まったんだっけ?」

「そうそう。ぎりぎりまで粘った甲斐があったよー」

 にんまりと笑うボッカにレヴィスも表情を緩めて笑う。

 ボッカはギオス諸国の薬師に弟子入りを志願していたが首を縦に振ってもらえず、しかし諦めきれずにアプローチをかけていた。つい先日その薬師がついに折れて、弟子入りを認めてもらえたのである。

「てな訳で、必要な薬があれば当方までお気軽にご依頼下さい。どうぞ御贔屓に」

「いや、ギオス諸国は遠いから輸送費が高そうだ。遠慮するよ」

「いやいや。そこはトモダチ価格で目をつぶってくれよ」

「トモダチ価格って普通安くなるんじゃないのか」

「友達のよしみで高くても我慢して買ってくれって事」

「やだよ」

「ちぇー、財布のひも固いなー」

「顧客になって欲しいなら輸送費高くても欲しいと思うような質の良い薬作ってくれ」

「お、言ったな? 男に二言はないぞ? 絶対買えよ?」

「その前に良い薬作れよ?」

 そうやって軽口を叩きあっていると、ボッカの家族が少し離れた所から手を振っているのが見えた。講堂前は人でごった返しており、息子を見つけるのに時間がかかったらしい。

「悪い、ちょっと行って来るわ」

「おう」

「また後でなー!」

 ボッカとは後で内輪の卒業パーティで会う予定である。

 右手をひらひらと振り、彼と別れて一人になったレヴィスだが、直後に背中を叩かれる。

 驚いて後ろを振り向けばそこにはラピスがいつものように笑って立っていた。


「卒業おめでとー。完全じゃないけどロアドナから解放された今の気分はどうだー?」

「…………」

 屈託ない笑みを浮かべているラピスに対し、レヴィスはじっと視線を返し――それから、自嘲気味に小さく笑った。

「……自分の力じゃなく、色んな所で色んな人に助けてもらった結果が今ですからね。情けなく思いますが、ここで腐らず少しずつでも返せていければと思いますよ」

「おー。中々良い心構えだなー」

 ラピスはその答えに満足そうに笑った後、ふっと懐かしそうにどこか遠くをみる。

「これでボクの罪滅ぼしもとりあえずは終わりかなー」

「……え?」

 やり切った表情で呟かれた言葉にレヴィスは怪訝そうに顔を向けた。ラピスは遠くを見たまま、独り言のように言葉を続ける。


「今だから言うけどさー。ボクは七年前にウィルシアからオマエ達兄妹のこと頼まれてたんだよねー。……どこから情報を仕入れたのか判らない、『事故』の事を事前に知ってたウィルシアからさ」

「……!」

 レヴィスの表情が一瞬にして変わる中、ラピスの独白は続く。

「ウィルシアはいきなりやってきて、ロアドナが『事故』を計画している事を知っているってボクに言ってきた。その上でそれを黙ってる代わりにオマエ達に今後何かあれば手助けをして欲しいって言ってきたんだ」

「…………」

「当時は判らなかったけど、終わってみれば……オマエやあのエルフが過去に行ってウィルシアに『事故』のことを話すのは……きっと決まっていた事なんだろう。それこそどう足掻いても変えられない事項ってやつ」

 そこで一度言葉を切り、ラピスは口元を僅かに歪める。


「あの時、本当はウィルシアには彼女だけなら助けられるって話を持ちかけたんだ。半分は人間だし、ロアドナの下につけば子ども共々助かるってね。でもウィルシアはそれを受け入れなかった。エルフの秩序とか何とか言ってたけど、本当は自分が助かる事で未来が変わるのを恐れたんだろうな。それもあってボクは『事故』の後から色々動いてた訳。今こうやって、オマエが自分の意志で好きに動けるようにするために」

「…………」

「ウィルシアとの約束はとりあえず果たしたから、今後は自分で……違うかー。二人で頑張りなー」

 そう言ってラピスは踵を返し、ひらひらと手を振って去って行く。

 レヴィスはその背中を見送っていたが、そちらに向かって深く頭を下げた。


「……レヴィス君!」

 遠くからの呼びかけにレヴィスは顔を上げてそちらの方をみる。

 離れた所からフロートがこちらに向かっており、その後方にはシルヴィやロマーナ、ボッカだけでなく、妹のクレアやその友人のジーク、ラマの姿もあった。

「皆がそろそろ移動しようって……どうかした?」

 目の前までやってきたフロートは心配そうに、こちらを覗き込む格好で様子を窺っている。レヴィスはそんな少女をじっと見た後、彼女の頭をそっと撫でた。

「……レヴィス君?」

 フロートが若干戸惑いの表情を見せる一方、レヴィスは柔らかく微笑んで「行こうか」と声をかける。


 卒業を区切りにまた新しく始まる物語。


 それは卒業試験前に青年が思っていたものとは違う物語。


 青年の物語はまだ終わらないが、それはまた、この話とは別の物語である。

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