ひとまずの決着

「フロート!」

 レヴィスはドアを閉め、先に外へ出ていた少女の名を呼ぶ。

 その呼びかけにフロートはちらりと顔だけ向けた後。周囲を見回し、何かを確認してから青年の腕を取って歩き出す。

 そうして誰もいない空き教室に入り――外から見えにくい場所で青年に自らの体を預けた。

「疲れた……」

「……国相手にあんな喧嘩ふっかけたんだ。当然だろ」

「別に喧嘩を売ったつもりはないんだけど……ユバルの名前も出した方が良いってアドバイスを受けたものだから……大袈裟な話にはなったけどね」

 若干困ったように笑うフロートにレヴィスは眉を潜めながら首を傾げた。


 ……レヴィスが過去に飛んだ後、マグルスに試験と称してこれまでの話を聞かれた時。

 フロートはどうやったらレヴィスをロアドナの監視や徴集から解放出来るかを相談した。……マリドウェラの事故の真相を必要であれば父親に話す――という、軽い脅し文句を添えて。

 それを聞いたマグルスは顎に手を当てて考え込み、それから国の政務官との話し合いの場を設けるという約束をしてくれた。

 その上でティルル家はユバルの名家なのだから、どうせなら家を通してユバルに真相を伝えると言えばロアドナも対応せざるを得ないだろうと言われ──ただし、こちらの要求だけ通せば逆にフロートの身が危うくなるだろうという事でロアドナにとってもメリットになる提案──要求を呑んでもらえればレヴィス共々ロアドナに身を置き、有事の際には力を貸す……そういった譲歩案を出したらどうか、とアドバイスを受けた。

 レヴィスはもちろん、法術士として優秀なフロートがロアドナに留まる事は国にとっても悪い話ではないからだ。

 フロート自身は元々、ユバルを出発する時点でレヴィスについてロアドナにいるつもりだったから、あまり悩む事なくマグルスの提案に乗る。

 そうしてバロックを筆頭とする政務官達との話し合いに挑み――今に至るという訳だ。


 その事を簡単な説明で聞いたレヴィスは不服そうな表情を浮かべた。

「……何も聞いてないぞ」

「そうね。『先に話すと反対されて面倒になるから全部終わってから話せー』ってラピス先生に言われていたの」

 少女の言葉を聞いた青年は一瞬唖然とした顔になったけれど、深めに息を吐いた後で視線を落とす。

「俺は初めからロアドナから出るつもりはなかったから別に良い。でもお前は家業の手伝いをするんじゃなかったのか」

 フロートからすれば今更な事をレヴィスが話すので内心少し呆れつつも、よく考えれば彼にこの話をしていなかった事に気付き、出かかった言葉を呑み込んで違う言葉を口にする。

「……忘れてないかな。定期的に術をかけ直さないといけないのよ。ユバルとロアドナじゃ行き来が大変でしょ? それに父様達にはユバルを出る前に話して理解と了承をもらってるわ」

「え……」

 初耳の話を再び聞かされたレヴィスは驚いた表情を見せた後に眉を潜めた。

「……どうしてそういう大事な事を言わないんだ」

「別に隠すつもりはなかったわ。だって、あの時はお風呂上が…………色々あって頭から抜けてたのよ。その後もミストゲートから飛ばされたりしてそれどころじゃなかったもの」

 途中、ユバルでのことを思い出したフロートは恥ずかしそうに赤面しつつ、頭を横に振ってから説明をする。

 その理由に気付いたレヴィスも僅かに顔を赤くしてそれ以上の追及を止めた。


「と、ともかく……私はレヴィス君と一緒にいるって決めたの。そのために出来る事は何でもするわ」

「…………」

 逸れかけた話を修正し、フロートは真っ直ぐレヴィスを見る。

 その視線を受け止めていたレヴィスだが、しばらくして息をつきながら天井を仰ぎ――それから、視線を戻すのに合わせて少女の体を抱きしめた。

「……お前さ、俺に何も言わずに色々やってるけど……もし俺がお前と一緒にいるのを拒否したらどうするんだ」

「え?」

 予想外の言葉にフロートは目を丸くして――それから、自分の行動と発言が『レヴィスが自分と一緒にいる』事を前提にしたものであり、また、そうしてもらえるだろうと思っていた自分に気が付き、恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

「……え、えっと……その時は、術をかける時だけ会いに来るわ。ロアドナも広いし、普段会わないように離れた所に住んで……」

「――嘘だよ。冗談」

 動揺のあまりしどろもどろな口調で話す少女の様子に、小さく笑みを浮かべてその耳に唇を寄せた。


「結局今回、どこまでも流されるだけで、自分では何も出来ず周りに助けてもらってばっかで情けないけど……それに、自分から一度突き放しておいて都合が良いにも程があると我ながら思うが……お前がまだ俺のこと見限っていないなら、側にいて欲しいし……離したくない」

「…………」

 すがるような声色で囁かれた言葉にフロートは何も言わず。けれど返事の代わりに自身の腕を青年の背中に回した。


「……今日、良かったら家に泊まらないか? 今後の事をラマ様とも話したいし……フロートが来たらクレアも喜ぶと思う」

 レヴィスの胸の中。

 かけられた誘いにフロートは閉じていた目を少しだけ開ける。

「そうね……行こうかしら。クレアちゃんとは戻ってきたら旅の話を聞かせるって約束もしてたし……泊まりがけなら長話で夜遅くなっても大丈夫だものね。クレアちゃんの部屋なら女子会みたいで楽しいかも」

「…………ん?」

 返ってきた言葉にレヴィスはしばし逡巡して。それから少し困ったような表情を浮かべる。

「……いや、クレアの部屋じゃなくて……」

「ゲストルーム?」

「いや……その……」

 惚けたような物言いにレヴィスは困り果ててはっきりしない言葉を返す。

 ……言わせようとしているのは判るが、自分からそれを口にするのも正直恥ずかしい。


 どうしたものかと考えあぐねているうち、眼下で小さな笑い声が聞こえた。

「恥ずかしい本とか置いてないならレヴィス君の部屋でも良いよ」

「……ないよ」

「本当に?」

「ない」

 顔を見なくてもからかいの表情を浮かべているのが判る。

 楽しそうに聞いてくる少女へややぶっきらぼうに言葉を投げ、内心ではホッとしながらその肩に額を押し当てた。

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