交渉
目的地についたフロートは扉をコンコンとノックする。
「申し訳ありません、遅くなりました」
「お待ちしていましたよ。どうぞ」
「失礼します」
中から聞こえてきたマグルスの声を聞いてからフロートはゆっくりと扉を開けた。
扉の向こう、円卓の席についていたのはマグルスと――そして数人の男女だった。
年齢は様々でマグルスよりも年配の男性もいれば中年の男女、レヴィス達よりは上だが席に並ぶ面子からすれば若い男性。その全員の視線が部屋に入ってきた二人に向けられる。……マグルスを除き、そこにいたのはロアドナの政務を受け持つ公人達であった。
それに気付いたレヴィスの表情が強張ったが、フロートは柔らかい表情で微笑んでから深く頭を下げる。
「お忙しいところ貴重なお時間を頂きまして有難うございます」
「……とりあえず座りなさい」
真正面に座っていた中年の男が鋭い視線と共に声をかける。
フロートは会釈を返してから椅子に座り、それに少し遅れる形でレヴィスも腰を下ろした。
二人が座った後、中年の男――政務官でも上位に位置するバロックは改めて口を開いた。
「ティルル嬢。マグルス主任から大まかな話は聞いているが、それについて詳しい説明をしてもらえるだろうか?」
「はい」
バロックの射抜くような視線に動じる事なく、フロートは柔らかい表情を返す。
「皆様、マグルス主任から聞き及んでいるかと思いますが……私の要望はトレヴァン兄妹に対するロアドナからの過剰な監視体制の撤廃です」
「……!」
元々用意していたのだろう。すらすらと紡がれる少女の言葉にレヴィスは驚いてそちらに顔を向ける。
フロートはその視線を感じつつも、真っ直ぐバロックの方を見ていた。
バロックは両手を交差させた状態で顎に当て、一呼吸置いてからフロートへ視線と言葉を投げる。
「……暴走の危険がある彼はともかく、彼の妹に対して監視を行なった事はないが?」
「それは失礼しました」
あっさりと発言を撤回して謝罪を口にする少女にバロックの目が僅かに細められ、他の政務官も若干鼻白んだ表情を見せたが何か言う事はなく、その視線をフロートへ向けている。
彼らが何も言ってこないのを確認してから、フロートは言葉を続けた。
「彼の妹……クレア=トレヴァンが過剰な監視を受けていないのは、彼女が強い魔力や法力を持っていないが故に暴走の危険性がないから……ということですか?」
「そうだな。あくまで我々は暴走の危険性がある彼を保護し、これ以上の被害が出ないように対策を行なうため監視をしている。その危険性がない彼女は監視対象ではない」
「……そうですか」
バロックから返された回答にフロートは満足そうな表情で笑う。
「お話の通りであれば、調律術によって暴走の危険性がなくなった彼の監視についても見直しを戴ける……という認識で宜しいでしょうか?」
やんわりとした口調だが、どこか語気が強い少女の言葉にバロックは目を細めたまま視線を返す。
「……勘違いしてもらっては困るな。クレア=トレヴァンに監視がつかないのは君が言ったように元々暴走するだけの力を持っていないからであり、彼とは事情が違う。君の調律術によって安定しているとはいっても力がなくなった訳ではない。暴走する可能性がゼロではない以上、監視を緩める理由にはならないが?」
「…………」
バロックの言葉に今度はフロートの目が僅かに細められたが、一瞬目を閉じて息をついた後、ふわりと微笑んで口を開く。
「話は変わりますが……私は今回、マリドウェラの出身であるエルフに絡む話から『マリドウェラの悲劇』の真相を知っています。私の父がそれを行なう上で利用された事も」
「…………」
バロックの眉が動いたが動揺した様子はない。その周りの政務官達も同様だ。
この辺りはマグルスにも話していたからすでに聞き及んでいるのだろう。……話が進めやすい。
フロートはそう思いながら言葉を続けた。
「父の話だと七年前、ロアドナからの要請で儀式に参加したと聞きました。国を跨いだ要請が、実は自国の戦力増強を行なうための方便の為だった……それを知ったらユバルも一国家として黙ってはいないでしょう。自国の有力な家柄の当主が、他種族に対する一方的な蹂躙に利用されたのですから」
「……おい、フロート……」
少女が言わんとしている事に気付き、黙っていられず声を発したレヴィスだったが、フロートから強い視線を向けられて口をつぐむ。
そんな二人のやりとりを一通り見た後で、バロックは腕を組んで椅子に深く背を預けた。
「君は、自分の家と自国を盾にロアドナを脅すつもりかね?」
「私も自ら進んで国同士の争いを引き起こそうとは思っていません。ですが『マリドウェラの悲劇』はそれに値する事案であるとも思っています。また彼はこの七年の間も……今のままではこれからも、他者の意志で引き起こされた『事故』の責任を必要以上に取らされ続ける。……これ以上、責任を彼一人に押しつけるのは止めて頂けませんか?」
「君は何様のつもりだ!」
淡々と言葉を紡く少女に対し、ガタッと音を立てながら若い政務官が激昂に近い声を上げた。
「……ジーニア、よせ」
バロックが低い静かな声で諌めるけれど、ジーニアと呼ばれた男の勢いは止まらない。
「ユバルの有力な家の出だか知らないが……君はアカデミーの一生徒にすぎないんだぞ! 調子に乗るんじゃない!」
「…………」
怒鳴り付けるような言葉にフロートの顔から笑みが消える。
ジーニアの怒りに圧され、怯えて笑みが消えたのではない。笑みの代わりに浮かんでいたのは呆れと侮蔑の表情だった。
「政務官の方々は全員、察しの良い方々だと思っていましたけど……そうでない方もいらっしゃるようですね」
「な、何だと?」
冷ややかな物言いに声を荒げたジーニアだったが、彼に対し返ってきたのは言葉と同じくらい冷ややかな視線である。
「わざわざ家とユバルの名前を出したのは『アカデミーの一生徒』ではなく『ユバルのティルル家』の人間として話をしているからです。それが判らないなら黙っていて下さい。話の邪魔です」
「――な――」
「ジーニア。口を閉じろ」
顔を赤くして反論しようとしたジーニアの言葉を遮って、バロックが再び諌めるように声を発する。
流石に今度は言葉を呑み込み、ぐっとこらえて口を閉じた。バロックはジーニアが黙ったのを確認してからフロートへ視線を戻す。
「ティルル嬢、すまない。話を戻すが……君の要望は彼に対する過剰な監視体制の撤廃……という事で間違いないか?」
「はい。ただ二点ほど追加させて頂きたい事があります」
「……言ってみたまえ」
頷きながらも追加条件を出してきた少女に、ジーニアを始め回りの政務官達がざわめくが、その誰もがバロックに睨まれて言葉を発する事はしなかった。
フロートは小さく息を吐き、それから真っ直ぐバロックを見据える。
「ひとつは彼の力を軍事利用……国内外の侵略行為において一切使用しない事。もうひとつは……彼や私がロアドナで活動するにあたり、過度な制限や制約をかけない事。これらを守ってくださるなら……ユバルへ事故の真相を報告しない事と、彼の力を他国へ流出させない事……加えて、国外からの侵略行為への防衛時には私も含めて全面的に協力する事をお約束します」
その言葉に政務官達は顔を見合わせて再びざわつき、バロックも驚いたように少し表情を変える。
「……君の言い分は……彼を国の都合で動かさなければ彼を国に留めた上で、防衛などの有事の際には君も含め力の行使を認めるという事か?」
「はい。貴方達は彼の力が他国へ渡る事も懸念しているのでしょう? こちらの要望だけを聞いて頂くのはフェアではありません。皆様が抱えている懸念材料も出来るだけ払拭しなければ、不満だけ溜まって関係が長続きしませんから」
「その上で君もロアドナに留まり、防衛に限り手を貸すと?」
「ええ。そもそもロアドナに留まらなければ約束が守られているか判りませんし。……その方がそちらにとっても都合が良いのではないですか?」
「…………」
ふっと表情を緩めて話すフロートに対し、バロックはじっと視線を向けていたが――やがて、口元に僅かな笑みを浮かべた。
「……良いだろう。その条件が通るよう、上には私からかけあう事にしよう」
「バロック卿⁉」
「お願いします」
ぎょっと表情を変えて声を上げたジーニアを無視してフロートは微笑み頭を下げ──それから、顔を上げた後で少し申し訳なさそうに笑った。
「話が終了であれば……申し訳ありませんがそろそろ退室させて頂いても宜しいでしょうか? 長旅を終えたばかりで疲労も溜まっておりますので、休ませて頂きたく思います」
「ああ。何か進展があれば追って連絡する。今日はゆっくり休むといい」
「有難うございます。それでは、失礼致します」
フロートは椅子から立ち上がり、深く一礼してからドアに向かって歩き出す。
「……し、失礼します」
僅かに遅れてレヴィスも立ち上がり、ひとつ頭を下げてから慌てて少女の後を追った。
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