告白

「ごめん」

「えっ?」

 部屋に入るなり頭を下げてきたレヴィスの姿にフロートは面喰らって目を瞬かせた。


 広間でのやりとりの後、さっさと法力を分けて今日一日はゆっくり過ごそうという話となり。

 その場で分けてもらおうとしたフロートにレヴィスが慌てて部屋への移動を希望して――フロートとフォルテが首を傾げ、その後ろでラピスがニヤニヤする中、足早に広間を出ていったレヴィスが自身に充てがわれた部屋に入り。

 フロートが来た後、ドアを閉めるや否や発したのが先程の言葉である。何の事か判らず再び首を傾げたフロートだが、何か思い当たったらしくひとつ手を叩いた。

「もしかして、本当は法力を分ける術が使えないとか?」

「そうじゃなくて……いや、違わないのか……」

 少女の言葉を否定しかけて、自身が術の修得をきちんと出来てないのは事実だと思い直し、ブツブツとレヴィスは呟く。

 そんな青年の様子をフロートは首を傾げたまま見つめている。

「……あ、悪い」

 視線に気がついたレヴィスは謝罪を口にした後、小さく息を吐いてからフロートに向き直った。


「法力を分けることは出来るんだ。ただ……術じゃなくて力業に近くてだな……」

「力業?」

 はっきりしない物言いを続ける青年にフロートが眉を潜め――それを見たレヴィスは視線を逸らしながらため息をつく。

「その……なんだ。通常の贈与ギフトは相手に触れるだけで力を分けられるんだが……俺はそれが上手く出来なくて……」

「うん」

「…………口移しじゃないと出来ないんだ」

「へえ、口移し……………………えっ!?」

 言葉をオウム返しで呟いていたフロートだが、その意味を理解した瞬間、顔を真っ赤にして口元を押さえた。

「あの、レヴィス君……もしかしてこの間も……」

「……悪いけど、もしかしなくてもそうだ」

 視線を逸らしたまま発せられた答えにフロートの顔はこれ以上ないくらい赤く染まる。


「……ごめん」

 レヴィスは再度謝罪の言葉を口にするが、それに対して少女はぶんぶんと首を横に振った。

「ご、ごめんなさい。レヴィス君が謝ることはないの。ただ、流石に少し、驚いちゃって……」

 訂正の言葉をしどろもどろな口調で話すフロートだが、その頭の中はそれ以上にぐるぐるしている。

 いきなり意識している相手とキスする流れになっただけでも動揺するのに、自分の覚えていないところですでに行なったというのだから無理もないが。

 ……しかし、少女が動揺しているその理由を青年はちゃんと理解出来なかったらしい。


「本当にごめん。気絶してたとはいえ勝手に……リンドに偉そうなこと言えないな」

「……えっと、リンドと比べるのはまた違う気がするけど……」

 確かにやったのはレヴィスだが、突き詰めればそれをやらせたのはラピスだし、あの寒さの中、法力ゼロの状態で何もせずに放置される方が良くなかっただろうし。

 フロートはそう思ったが、非常に申し訳なさそうなレヴィスの表情に出かかった言葉を呑み込む。自分がただ「大丈夫」だと言っても納得してもらえなさそうだと感じたからだ。


 伏し目がちな青年を見ながら少女は逡巡して――それから深呼吸をした後、真っ直ぐ前を向いた。

「……なら私も謝らないといけないね。そんな事をさせちゃってごめんなさい」

 そう言って申し訳なさそうに笑うフロートを見たレヴィスの表情が少し変わる。

「何でお前が謝るんだ。自分の意志とは関係ないところで……その……されたのはお前なんだぞ」

 流石に直接的な単語を口にするのは憚れたらしい。若干詰まり気味に話すレヴィスに対し、フロートは申し訳なさそうな笑みを変えずに言葉を続けた。

「でもレヴィス君もそれ以外の選択肢がない状態に置かれた上での行動だった訳でしょう?」

「……それは……」

 レヴィスは完全に言葉を詰まらせ、フロートは柔らかい笑みを向けている。

「だから、申し訳なく思う必要ないよ」

「…………」

 ふわりと微笑む少女をじっと見ていたレヴィスは間を置いてから息を吐く。


「でも仕方なかったとはいえ普通は嫌だろ。付き合ったりとかしている訳でもない相手とそういう事をするのは……」

「…………」

 今度はフロートがどう言ったものかと言葉を詰まらせた。

「……ええと。レヴィス君は……この間、嫌だなって思いながらやった?」

「え?」

 こちらの様子を伺うような質問にレヴィスは内心で少しどきっとする。

 先日の事はフロートへ申し訳なく思う気持ちの方が強い。……けれど、行為に対して嫌悪感を抱いている訳ではないのだ。

「別に俺は……あの時はそこまで深く考える時間もなかったし……」

 正直にそれを話すのもどうかと思ったレヴィスは差し当たりない返事をするが、少女は真っ直ぐにこちらを見上げながら更に深く切り込んでくる。

「それなら……これから行なう事に関しては?」

「……お前が問題ないなら、俺は別に嫌だとかいうつもりはない」

「…………そう」

 若干の間を置いて返ってきた言葉にフロートは俯き加減に視線を落とし――そして、小さく息を吐いてから顔を上げる。


「何かもう……ムードも何もないし、強引な気もするけど……いいや」

「…………?」

 ぼそぼそとした呟きが聞き取れなかったレヴィスはそれを聞き直そうと口を開きかけるが、それよりも先にフロートの言葉が部屋に響いた。

「先に謝っておくね。本当は嫌だって思ってたらごめんなさい」

「え? 何……」

 突然の謝罪に眉を潜めたレヴィスだったが、その動きは次の瞬間にピタッと止まる。


 ――するりと首に腕が回されて、気がつけばフロートの顔が眼前にあった。


 ……一瞬、何をされたのか判らず。

 しかしその瞬間、唇に感じた柔らかさと、次いでこちらに体を寄せてきた少女の感触に顔の熱は一気に上がる。


「な……っ、ちょ、おま……っ!」

 動揺のあまり言葉になっていない声を上げる青年を軽く無視して、フロートは首へ回した腕に力を少し込めた。

「……やっぱり嫌だった?」

「い、嫌っていうかな……」

 何とか少しだけ落ち着きを取り戻したレヴィスだが、抱きつかれている状況は変わっていない訳で。

 体は動かせないし顔は熱い。

 ほんの少し落ち着いたとはいっても頭の中は真っ白に近く、何か言わないといけないのは判っているけれど考えがまとまらず言葉が続かない。


 固まっているレヴィスの様子に小さく笑い、フロートは少しだけ体を放して相手を真っ直ぐ見つめる。

「ごめんね。いきなりこんな事されたら戸惑うよね」

「…………そりゃそうだろう」

 柔らかく笑うフロートを直視出来ず、レヴィスは視線を逸らしたまま小さな呟きを漏らす。そんな青年に少女は困ったように笑った。

「でも、こうでもしないと私も勢いがつかなかったから」

「……?」

 僅かに眉を潜めて視線を正面へ戻したレヴィスの頬をフロートの手がそっと撫でる。


「私、レヴィス君が好きだよ」

「…………え?」


 少女から告げられた言葉に、青年は目を丸くして――僅かな間を置き、これ以上はないと思っていた顔の熱が更に上がった。

「――ちょ、ちょっと待て! いきなり、何……」

「まあ確かに、自分でも少し軽いかなとか、ちょろいなぁとか思うけど……そう思ったところで気持ちが変わる訳でもないし……だから、レヴィス君さえ問題ないなら私は平気」

 途中で自嘲するような笑みを浮かべたが、後半は真っ直ぐ青年を見据えて話すフロートに、レヴィスも逸らさず視線を返す。


「……判った」

 しばらくして、息と共に呟かれた声が静かな部屋に響いた。それからレヴィスは少女の腰に片手を回し、もう片方の手で頭にそっと触れる。

 先程までとは一転、レヴィスがこちらを真っ直ぐに見つめてきたため、気恥ずかしくなったフロートは僅かに視線を逸らした。


「……先に言っておく」

 頬に手を当てたまま、レヴィスは眼下の少女へと言葉を飛ばす。

「さっきの告白、すぐには応えられない。悪いけど時間が欲しい」

「……うん」

「そういう状態でこういう事をするのもどうかとは思うが……」

 レヴィスはそこで一度言葉を切り、深呼吸をしてから口を開いた。

「……お前に触れるのは、嫌じゃない」

 それだけ言って。

 レヴィスはフロートを引き寄せ唇を重ねた。


「…………っ!」

 息が吹きこまれた瞬間。

 思っていた以上に強い法力が送られてきたため、フロートは体を震わせて反射的に背中を反らそうとする。

 しかし、レヴィスの腕でしっかりと抱え込まれていた体は動かせず、青年が法力を送り終えるまで耐えるしかない。


「……ふっ……」

 贈与ギフトが終わってようやく腕が緩められたが、法力の濃さに酔った状態になっていたフロートは足に力が入らず、ぐらりと身体を揺らす。それを慌ててレヴィスが支え、近くのソファーに座らせてから心配そうな目を少女へと向けた。

「……大丈夫か?」

「ん……大丈夫。予想以上に法力が強かったから、びっくりしただけ……」

 そう言ってフロートは笑ったけれど、その笑みは弱々しい。レヴィスは隣に座り、そっと少女の頭を撫でる。

「……今日はもう休んでろ。時間が経てば馴染んできて少しは楽になるはずだ」

「うん……」

 こちらを気遣う言葉に頷きを返しつつ、フロートは自身の額を青年の胸へと押し当てた。


「……ねぇ、レヴィス君」

「何だ?」

「それまでの間……側にいてくれる?」

「……ああ、いいよ」

 小さな囁きとともに肩を抱かれて引き寄せられた腕の中はいつかと変わらず温かくて。

 同時に聞こえた少し早い心音をフロートは心地よく思いながら目を閉じた。

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