魔力の感覚

 ――それからの一週間はあっという間に過ぎる。

 フロートは術の習得のためにフォルテに師事を仰ぎ、レヴィスはラピスの下で法力に極力頼らない魔力調整の方法を学ぶ。

 当初ラピスは一度ロアドナに戻る予定だったが、フロートの術だけに頼るのを嫌ったレヴィスが頼み込んで残ってもらっていた。


「蓋して抑えるだけなら簡単だけどー、それじゃ根本的な解決にならないからなー。お前は自分の力がどんなものなのかを理解してそれを使いこなせー」

 初日、ラピスに言われた言葉だ。

 始めた当初は暴走しかけた事もあったけれど、それこそラピスが強引に力で抑え込んだ。そうやって繰り返し行なううち、レヴィスは大まかではあるが暴走するラインを感覚的に理解出来るようになっていた。

 どのくらい法力を使うとそうなるのか。

 一度に引き出せる魔力の量。

 これまで出来る限り魔力を使わないように試行錯誤して魔法を使用していたが、自身で制御出来るラインが判ればそれまでは気兼ねすることなく術が使える。レヴィスはこの一週間でそれを理解し、術使用に対してある程度の自信をつけていた。


「トレヴァンは見た目人間なのに魔力質はエルフに本当近いよなー。ベースが人間じゃなきゃエルフの高位魔法も使えただろうにー……ちょっと勿体無いかもー」

「高位魔法……ですか」

「そー。なんならフロートの法術をかけてもらった後で試してみるかー? ボクが知ってる術だけで良いなら教えてあげるぞー」

「…………」

 レヴィスはしばし考え込むように口元に手を当てて俯いていたが、やがて自嘲気味に笑みを浮かべながら首を横に振った。

「止めておきます。仮に使えたとして……要らない欲が出てきそうですから」

「そっかー、判ったー」

 自らの提案を断られてもにこにこしているラピスにほっとしたレヴィスだが、続けて聞こえた発言に顔をひきつらせる事になる。


「それはそうとさー。お前毎晩フロートとしてるじゃんー。何か進展はあったのかー?」

「誤解を招くような言い方はしないでもらえますか」

「えー? 何か間違った事言ったかなー? 法力贈与ホーリーギフトしてるだろー?」

「……言い方に含みがあるんですよ」

 ニヤニヤと楽しそうに笑うラピスを睨みつけながら、レヴィスは深いため息をついた。

 お互いに修行をしている事もあり、顔を合わせるのは夕食からだ。修行の疲れから食事後は翌日の準備をしてすぐに休むため、必然的に法力贈与ホーリーギフトは寝る前に行なっている。

 その事でラピスから定期的にからかわれていて、レヴィスは正直うんざりしていた。


 ……とはいえ。フロートから告白されて、それに対して未だ返事をせず、術のためとはいえ毎夜キスをしている自分も正直どうかと思うけれど……。

 そこまで考えた後、ふと頭に浮かんだ事をレヴィスは口にする。


「そういえば、本当のところはどうなんです?」

「んー? 何がー?」

 突然レヴィスから問いかけられた質問にラピスは不思議そうな顔で首を可愛らしく傾げた。

「カルロ先生の事、どう思ってるんですか?」

「…………」

 その瞬間ラピスの表情が心底意外そうなものに変わり、今度はレヴィスが首を傾げる番だった。

「……何です?」

「あー……いやー。トレヴァンからそういう質問されるとは思ってなかったんでちょっと驚いただけー」

 パタパタと右手を振りながらそう話し、ラピスはいつものようにへらっと笑う。


「たまに鬱陶しいけど悪い奴じゃないから嫌いじゃないよー。……まあ、一緒になる事は絶対にないけどね……」

「…………?」

 言葉の最後、僅かに伏せた視線と共に小さく零れた呟きが聞き取れず、再び首を傾げた青年にラピスは変わらぬ笑みを向けた。

「独り言だから気にするなー。ていうかお前は別に考えなきゃいけない事があるだろー。そっちに頭使えよー」

「……う……」

 チクリと刺してきた言葉にレヴィスはぐっと声を詰まらせ、それを見たラピスが楽しそうに笑う。

「まー、目一杯悩んで考えて答え出せばいいよー。お前はまだ若いんだからさー」

「……はい」

 少し間を置いて返ってきた言葉に、ラピスはいつもとは違う表情を浮かべて笑った。


 ─ ・ ─ ・ ─ ・ ─ ・ ─


「……んー」

 フロートは読んでいた本を閉じ、大きく伸びをしてから壁にかかった時計を見る。

 その日の修行を終え、夕食後にお風呂に入ってから部屋で少しゆっくりした後、レヴィスの部屋に行き法力贈与ホーリーギフトをしてもらう。それが家に戻ってきてからの彼女の日課だ。……正直キスのために通っているようで、気恥ずかしさも若干あるけれど。


 そろそろ行こうか――そう思った時、部屋の中にドアをノックする音が響く。

「……あの……今、大丈夫か?」

 やや間を置いて聞こえてきた、自信なさげで躊躇いがちな声に、フロートは慌てて立ち上がりドアの方へ向かう。

 開いたドアの先。そこには赤毛の青年が申し訳なさそうな表情を浮かべて立っていた。

「……もしかして今日、早く眠りたかった? そうならさっさと行かなくてごめんね」

 青年を部屋に迎え入れた後、ドアを閉めながら話す少女の言葉に、レヴィスは首を横に振った。

「いや……いつもお前に来てもらってばかりだから、たまには自分から行こうと思っただけだ」

「そうなんだ。有り難う」

「…………」

 レヴィスはふわりと柔らかく笑うフロートから少しだけ視線を外しつつ、深呼吸で息を整えてから改めて少女の方へ真っ直ぐ顔を向ける。


 今日は随分と法力を使ったようだ。普段よりも少女から感じる力はずっと弱い。消耗して疲れているだろうに……。

 いつもと変わらない表情で笑うフロートを見ながらレヴィスはそう思った後、意を決したようにふっと息を吐いて少女の頬に触れた。

「……あ、レヴィス君。ちょっと待って……」

 慌てたような声にレヴィスは動きを止める。

 不思議に思って視線を向けた相手は少し申し訳なさそうな顔で笑っていた。

「ごめんね。今日はお願いがあって……今日は法力贈与ホーリーギフトじゃなくて魔力贈与マジックギフトしてほしいの」

「……え?」

 その言葉にレヴィスの目が丸くなる。


 フロートは法力しか持っていない。魔力贈与マジックギフトする事は可能だが、いくら力を送っても魔力の受け皿を持っていない彼女はそれを受け止められないはずだ。なのに何故それを望むのだろう?

 不思議を通り越し、怪訝そうな表情を浮かべるレヴィスにフロートは困ったように笑った。

「あのね、別に魔力を自分に溜めたい訳じゃなくて……法力と同じようにレヴィス君の魔力がどんなものかを知りたいの」

「……何のために?」

 少女の意図がよく判らず、レヴィスは首を少し傾げる。

「術の習得はほぼ出来ているんだけど……私、肝心の魔力がどういうものかよく判らないから……単純に抑えるだけなら問題ないけど、調律するとなるとやっぱり、魔力がどういうものなのか判ってないと難しくて。父様に相談したら『法力と同じように魔力を送ってもらったらどうか』って言われたものだから」

「なるほどな」

 フロートの説明を聞いたレヴィスは納得したように声を漏らす。

 魔術士である家族と違い、魔力を感知出来ないフロートは相手の魔力を探る事が出来ない。しかし体に直接魔力を送れば、留めるのは無理でもそれがどんなものか感じる事が出来るはず――とフォルテは考えたのだろう。


「……判った。今日は魔力を送る」

「有難う」

 納得し、了承した青年の言葉にフロートはホッと笑う。

 改めて頬に手が添えられて、唇が重ねられ――力が注ぎ込まれた瞬間。フロートはビクッと体を震わせた。

 法力が送られた時もその濃さに驚いたが、魔力は根本的に質が違うのだ。


 熱くて冷たい。

 明るいのに暗い。

 軽く重い。


 注がれる端から零れていくそれは、相反する性質を感じさせる。

「…………っ」

 触れていた唇と手が離れるのとほぼ同時にフロートは息を吐き、そのまま青年にもたれかかるように体を預けた。

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