ユバルでの試験内容

 洗面所を経由して広間にやって来た二人を出迎えたのはフォルテとラピスだけだった。

 先程いた他の面々の姿はなく、レヴィスの怪訝そうな表情を見たラピスはふっと小さく笑って口を開いた。

「アカデミーの方で少し問題が起きたらしくてなー。ラマには先に戻ってもらったんだー。ご兄妹は仕事があるからってそっちに行ったー」

「問題……ですか?」

「それはまた後で詳しく話すよー」

 首を傾げたフロートの言葉を軽く流し、ラピスはフォルテへ視線を移す。フォルテは頷きを返した後で対面に座る少女の方へ顔を向けた。

「久しぶりだな、フロート。体の具合はもう大丈夫か?」

「……はい。問題ありません」

 父親からの問いかけに答えるフロートは緊張で固い表情を浮かべていた。


 最後に会ったのは何年前だろうか……確か七年程前……アカデミーへ自分の様子を見に来てくれた時以来だ。

 先程聞いたレヴィスの話から察するに、父親がロアドナに来たのは儀式のためなのだろう。

 そもそも、先日使った術は父親が持っていた術書をこっそり覗き見たフロートが独自の解釈で再構成したものなのだから。

 その術を知っているはずのない自分がそれを使用した事を父親は不審に思っているに違いない。

 どのように叱責を受けるのかと内心でびくびくしていたフロートに対し、フォルテは表情を緩めて笑った。

「そう怯えなくていい。お前が調律術を使用したと聞いた時は流石に少し驚いたが……独学でレヴィス君の魔力を抑えられるほどのスキルを持っているのは素晴らしい事だ」

「……あ、有難う……ございます」

 責められると思っていたところを逆に誉められたフロートは戸惑いながら頭を下げる。

 フォルテは自身の娘へ微笑みを向けていたが、少し間を置いて表情を引き締めて言葉を続けた。

「しかしそれでは今後安定して彼の魔力制御を行なうには限界がある。……先日の術はドルトマ先生の補助があって成功したのだろう?」

「……はい」

 フロートは俯き加減に顔を伏せながらぐっと拳を握る。そんな少女へレヴィスが心配そうな目を向けたが、それに気付いたフロートは取り繕うように小さく笑った。


 二人が視線を交わす一方、それまで黙っていたラピスがにこにこと笑いながら口を開く。

「そこでー、ここでの試験内容の発表だー。合格条件はフロートが完全に調律術をマスターする事ー。御当主も忙しいから期限は一週間なー」

「え……」

 戸惑った声を上げるフロートに対し、ラピスはにやっとからかうように笑っている。

「んー? 流石の法術士クラス首席候補でも自信ないかなー? でも期限も設けないと試験じゃないからそこは理解してもらうよー」

「…………」

 その言葉にフロートは自信なさげに視線を彷徨わせたが、少女に声をかけたのはフォルテだった。

「心配するな。独学とはいえ大まかな術式は理解しているんだ。それを応用すればすぐにマスター出来る。ひょっとしたら習得に一週間もかからないかもしれん」

 フォローするような父親の言葉を聞き、フロートは期待を含んだ眼差しを向けた。

「……可能でしょうか?」

「私が保証しよう。大丈夫だ」

「……有難うございます」

 フロートは深く息を吐いた後、真っ直ぐラピスの方を見る。


「試験は今日からですか?」

「いやー? 流石に起きてすぐやらせるのもなー。今日はしっかり休んでもらって明日から開始だー」

「判りました」

 パタパタと手を振るラピスにフロートは了承の言葉を返す。その一方でフォルテは少女から青年へと視線を移した。

「レヴィス君は法力を他人に分け与えられるんだったな。すまないが一日に一度、少量でいいから娘に法力を移して欲しい」

「……え?」

 予想外の提案にレヴィスは若干間の抜けた声を上げる。法力を分けるというのは、つまり……。

「その方が君の法力と共鳴がしやすくなって術もかけやすくなるんだ。お願い出来るだろうか」

「……いや、その……」

「出来るよなー! 自分のためなんだし少し分けるくらい何の問題もないよなー!」

 口ごもったレヴィスに変わり、ラピスが楽しそうに笑いながら飛びついて肩を組んできた。


「……いくら理解ある人でもー、自分の娘が法力を分けてもらうのにキスされてたとか聞いたら怒ると思うぞー。ここは黙ってハイっていっとけー。てかお前にとってもオイシイだろー?」

「……アンタは俺を何だと思ってるんですか……」

 ぼそぼそと小声で囁いてくるラピスをレヴィスは引きつった笑みを浮かべて見る。

 一方、そんなレヴィスの態度を見たフォルテは申し訳なさそうな顔だ。

「……やはり人に分け与えるのは抵抗があるかな?」

「あ、いえ! その……はい、判りました。一日一回、ですね……」

「有難う。宜しく頼むよ」

「宜しくね、レヴィス君」

「…………ああ」

 ほっとした様子で笑っている親子を見ながら、レヴィスは非常に気が重く――ラピスは非常に楽しそうにニヤニヤと笑っていた。

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