呆れと叱責

 閉まる扉に視線を向けていたレヴィスだが、間近で椅子を引く音がしたため意識はすぐにそちらへと引き戻された。

 スカートを整えながら椅子に腰かけたウィルシアはじっと青年を見ている。

 先程の事もありどう詰められるのかと若干怯えていたレヴィスだったが、不意に女性の表情が崩れ手を伸ばして青年の頭をくしゃっと撫でた。

「怯えすぎよ」

「ご、ごめん……」

 口ではそう言うものの、表情から固さが消えない息子の様子にウィルシアは苦笑する。


「ところでさっきの話だと貴方とクレアは助かるって事だけど……七年後の生活はどうなの? 苦労とかしてない?」

 心配するように問いかけられた言葉にようやくレヴィスは表情を少し緩めた。

「事故の後、ラマ様が引き取ってくれて……生活に問題はないよ」

「えっラマの所? ……それ、保護者として本当に大丈夫なの?」

「大丈夫。よくしてもらってる」

 一瞬にして訝しむような表情へ変わった母親へそう言葉を返すレヴィスだったが、ふっと視線を落として言葉を零す。


「……だけど、何年経っても……里の皆を殺してしまった事が……頭から離れない」

 小さく吐露される気持ちは静かになった部屋に響いて消える。

「どれだけ時間が経ったとしても、俺が里の皆にやった事は消えないし、消してはいけない事で……だからこそ、それが無かった事に出来るなら俺は何をしてでも……」

 吐き出される言葉は目の前の相手にではなく、独り言のように紡がれていく。


 ――ただし、それは途中で途切れた。


 レヴィスが口を閉じたのではない。

 黙って聞いていたウィルシアが何も言わずに彼の頭へ拳骨を振り下ろしたからだ。

「…………っ」

「あんたはフィード以上に大馬鹿だわ。変な責任感があるのは遺伝なのかしら……」

 頭を押さえてテーブルに突っ伏したレヴィスを冷ややかな目で見た後、ため息をつきながらウィルシアは首を横に振った。

 一方レヴィスは痛みを堪えつつ、やや涙目で顔を上げる。

「変って……俺には皆を死なせた責任が……」

「黙りなさい。責任があるのは確かだけど、あんたは責任の取り方の方向がずれてるのよ」

 呆れを隠さず、冷ややかな視線を向けてくるウィルシアの顔に数分前の心配そうな表情は全くない。


「どうせあれでしょ? 里を潰しちゃった自分は一人でいるべきだーとか下らない自己満足に走って他人の好意を無下にして過ごしてるんでしょ? でもラマの所で大人しく過ごしてるって事は自分からは近寄らないけど他人との繋がりを本当は切りたくないって思ってるのかしら? 面倒臭い事この上ないわね」

「…………」

 ペラペラと捲し立てる母親をレヴィスは黙って見ていた。

 ……反論したいところではあるが、大幅に間違っている訳ではないので何も言えない。

「それに『無かった事に出来るなら何でもする』ですって? ばっかじゃないの。何をしようとすでに起こった事象が無かった事になんてなる訳ないでしょ。過ぎた事象に対して行なうのは改善であって改変じゃないのよ。そんな事も判らないような頭の悪い子に育ってるとは思わなかった……ん? もしかしてラマの教育の所為なのかしら? 今のラマには関係ないけど明後日来た時に嫌がらせしてやろうかしら……」

「ちょ、違う! ラマ様は関係ないから! それは止めてくれ!」

 後半ぶつぶつと呟いているウィルシアをレヴィスは慌てて止めに入る。


 ……そう言えばこの頃、父親であるフィードの後輩だったラマは、よくウィルシアにからかわれたり父親とケンカして機嫌が悪い時にやつ当たりされていた気がする……。

 彼が結構な頻度で理不尽な扱いを受けていた事を思い出し、余計に負担がかかるような事は何としても回避させなければならないと思った。


「随分と必死ね。そんなに必死だと逆にそうなんじゃないかと思っちゃうわよ」

「いや本当に関係ないので止めて下さい……」

 最終的に敬語で頼み始めた息子にウィルシアは若干不満気な表情を浮かべながら「判ったわよ」と言い、レヴィスはほっと胸を撫で下ろした。


 話が途切れたところでレヴィスは流れを修正しようと口を開く。

「ずれた話を戻すけど、今の時点でまだ儀式は行なわれてない訳だし……今ならまだ取り返しがつく……」

「しつこいわね、まだ言うの?」

 再度説得を試みようとした青年の言葉を、ウィルシアはばっさりと切り捨てた。

「里が滅んだ経験をしているあんたやクォル兄さんが存在している時点で、少なくとも七年先までの事象はもう確定しているのよ。どう足掻いてもそれは変わらないわ」

「……いや、でも……」

「くどい。仮にこの時代のあんたをロアドナに引き渡して儀式を回避、里の皆がその時は無事だったとしても。あんた達が経験した事象はいずれ起こるわ。過ぎた時間は戻らない。それが自然の摂理っていうものよ」

「…………」

「自然と共に生きる、エルフとしての考え方も教えていたはずだけど……七年も過ぎるともう覚えてないかしら?」

 口を閉じてしまったレヴィスに対して、若干表情を緩めながら言葉を続ける。

「仮に過去を変えられたとしてもそれはいずれ大きな歪みに繋がる。この先の未来……事故の後にあんたが経験する全てが大なり小なりずれて変化していく……この時代のレヴィスがこの先に歩むはずの未来を壊して、そこに関わるもの全てに影響を与えるような事をするのは……たとえ息子だとしてもわたしは許さないわ」

 言葉と共に真っ直ぐ向けられた視線に迷いは感じられない。

 レヴィスは目を伏せ、どうにもやりきれない気持ちを抱きながら、苦し紛れに言葉を紡ぐ。


「母さんは……自分が死ぬって判っていて……回避出来る方法があるのにそれを捨てて、死ぬ事を選ぶのか……?」

「言っておくけど別に自殺願望がある訳じゃないわよ。……ただ、あんたの言う方法を行なう事はエルフとして受け入れられない……わたし達は里と共に生き、里と共に滅ぶ。それが定められた運命であるならば、受け入れるだけ」

「…………」

 はっきりと言い切ったウィルシアにレヴィスは何も言えなくなる。

 ……里の皆に全てを話せば、おそらく全てではなくとも儀式を止めるべきだと意見を出すエルフも出てくるとは思う。

 しかしそうなった場合、ここに来る前に考えたようにエルフ達はロアドナに対して不信と怒りを向けるだろう。下手をすればそのままマリドウェラとロアドナとの争いに発展するかもしれない。

 それを抑えるためにウィルシアを説得したかったのだが……そこが頓挫してしまってはどうする事も出来ない。


「……レヴィス」

 沈黙がしばらく続いた後、部屋に静かな柔らかい声が響いた。その声につられる形で顔を上げれば優しい表情で微笑む母親の姿がある。

 ウィルシアは手を伸ばすとレヴィスを抱きしめて背中をポンポンと軽く叩いた。

「あんたはフィードに似て真面目だから、事故を起こした後ずっと責任を感じていたんでしょう。でなければ時間を越えてこんなところにまで来ないものね。ここまでしてくれて有難う。……でも、もう良いのよ」

 言い聞かせるような、優しい声色。暖かい声と温もりにレヴィスの視界が揺らぐ。


「事故の責任が全くないとは言わないわ。でも必要以上に背負うのは止めなさい。過去を大事にするのと同じくらい未来も大事にして。過去に縛られて未来をないがしろにするのは絶対に駄目」

「……うん」

「どうしても自分が許せないなら、出来るだけ他人と接してその人達を支えて助けてあげなさい。でも自分を犠牲にしてまでやるのはなしよ。それじゃ意味がないわ」

「…………判ったよ」

「後は……そうね。他人を支えてばかりじゃ重さで倒れちゃうから支えてくれる誰かをみつけなさい。……あんたは変な方向に突っ走りそうだから、ちゃんと止めてくれそうなしっかりした人がいいわね」

「…………」

 その言葉にレヴィスは少し口を閉じ。

 僅かに間を置いてから「判った」と短く答えた。


 その返事を聞いたウィルシアは満足そうに笑い、レヴィスから体を離す。

「……さて、と……次は……」

 ウィルシアはそう言いながらドアに視線を向けるとそのままそちらへ歩いて行く。


「お待たせ」

「……終わったか」

 ドアを開け、顔だけ外に出した女性へクォルの声が向けられる。

 再び中に入ってきたクォルは目を赤く腫らした青年の顔を見て少し苦笑した後、ウィルシアへと視線を戻した。

「……泣かせすぎじゃないか?」

「失礼ね。わたしが泣かせたみたいな言い方しないでよ」

「間違ってないと思うがな」

 ムッとした様子の女性へ小さく笑みを返したクォルだが、その表情は次いでウィルシアが発した言葉で少し変わる。


「――ま、いいわ。それより、クォル兄さんの本当の目的を聞きましょうか」

 その瞬間、クォルの眉がピクリと動き。レヴィスも表情を変えてそちらの方を見た。

「目的って……事故を止める事じゃ……?」

「違うわ」

 戸惑った様子の青年に対しウィルシアはばっさりと言葉を切る。

「クォル兄さんが本気で事故を止めたいと思ってるなら、もっと色んな策を講じてこっちが納得せざるを得ないような姑息な手を使うわ。さっきみたいにあっさり引いたりしないのよ」

「……お前、その言い方はちょっと……」

「何よ、違うの?」

 クォルは女性の物言いに若干顔を引きつらせたけれど否定もしない。その様子にレヴィスは戸惑ったまま両者を交互に見ていた。


「……すまないな、レヴィス」

 そんな青年へクォルが向けたのは申し訳なさそうな笑み。

「ウィルシアの言う通り……私は事故を止めるために過去へ来たのではない。ここへ来たのは……皆と共に、ここで死ぬためだ」

「……え……?」


 静かに告げられた真実にレヴィスは言葉を詰まらせた。

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