調律術

 その日の昼食後、レヴィス達はラピスによって修練場に集められていた。


「さてさてー、約束の一週間が過ぎた訳だけどー。試験を始めてもいいかなー?」

 にこにこしながら視線を送ってくるラピスに対し、フロートはにっこりと微笑みを返す。

「はい。いつでもいけます」

 ふたつ返事で答える少女にラピスの笑みが強くなる。

「おー、いいねー。自信たっぷりって感じだなー。トレヴァンの方はどうかなー?」

 続けて顔を向けられたレヴィスはこくりと頷いた。

「……問題ありません」

「こっちも何か余裕だなー? そんじゃさっさと始めようかー」

 そう言いながらラピスはちらりとカルロの方へ視線を向ける。カルロは頷いた後、姿勢を正してレヴィスとフロートをじっと見据えた。


「試験官を務めるカルロだ。ここでの試験はティルルの術でトレヴァンの魔力が問題なく制御出来るようになれば合格。挑戦は三回まで認める。質問がなければすぐに開始を……」

「えー? こういうのは一発勝負が原則じゃないかなー?」

「訂正。挑戦は一回限りとする。何か質問は?」

「……………………」

 ラピスの横槍にあっさりと発言を翻したカルロに、レヴィスは呆れた表情を浮かべ、フロートは苦笑いをし、同席していたフォルテは目を丸くした後。訝しむような、何か言いたげな表情で自分の娘の方を見る。


「……法術クラスの先生じゃないから大丈夫です」

 フォローに全くなっていない、小声でボソッと呟かれた言葉を聞いたフォルテはそのまま視線をレヴィスの方へ移す。

「……普段はちゃんとしてるので大丈夫です」

「…………そうか。それなら良い」

 少し間を置いて言葉を返した青年に、フォルテの表情が若干和らぐ。

「…………」

「あはー、すみませんねー。でも試験官が決めたルールなんで従って下さいー」

 三人のやりとりを微妙な表情で見ているカルロの横、へらへらと笑いながら話すラピスの態度は相変わらず悪びれた様子は一切ない。

 再び顔を向けてきた父親に対し、フロートは何も言わず視線を逸らした。


「さー、気を取り直して試験を始めましょー。二人は位置についてー」

 パン、と両手を打ったラピスの言葉に、レヴィスとフロートは三人から離れて部屋の中央へ移動する。

 お互いに距離をとって立つが、伏し目がちなレヴィスの表情は少し固い。……緊張というより、若干不安を抱いているようにも見えた。

「……レヴィス君」

 対面に立つフロートの声が耳に入って、レヴィスは俯いていた顔を上げる。

 その先には柔らかく微笑んでこちらを見つめている少女の姿があり、それを見た青年は目を閉じて息をひとつ吐く。


 次に目を開けたレヴィスの顔からは緊張や不安といった色は消えていた。

「……頼むぞ」

「うん、任せて」

 微笑みとともに、きっぱりと言い切ったフロートに、レヴィスも小さく笑みを返した。

 フロートは何度か深呼吸をして息を整え、目を閉じたまま手に持った杖を正面に掲げる。


「万物に宿る数多の力、万物を巡る命の源、世界を構築する全ての根源をここに。過ぎたる力に平穏を、欠けたる力に修復を、全てに調和の恩恵を与えたまえ」

 静かに紡がれていく詠唱に合わせ、フロートの体が淡く光り出す。

 以前ペルティガの雪原で唱えられたものとは若干違う詞にレヴィスは僅かに眉を動かした。……七年前の事はうろ覚えだが、あの時フォルテが使っていた詠唱とも少し違う気がしたからだ。

「前回の術を基に再構築しているからね。細かい部分で調整されているが基本は同じだよ」

「……そうですか」

 疑問に答えるようなフォルテの声にレヴィスは短く言葉を返し、フロートへ視線を戻す。

「我が望むは調和による平穏。我の力と呼びかけを以て、望みをここに!」

 詠唱を終えた少女は閉じていた目を開け、正面に立っている青年を真っ直ぐに見据えた。

「フォース・アジャスト!」

 力ある詞が発せられたのと同時にレヴィスの体を光が包み込む。


「…………!」

 その瞬間、七年前のことが頭を過ぎり。レヴィスは身を固くするが――何故か、あの時とは違う感覚を得た。

 暖かな光が身を包み、そのまま体に染み込んでいく。

 染み込んだ光はレヴィスの中にある力を――魔力を包容して、ゆっくりと落ち着かせていく。

 それはこれまで彼が自身の法力を使って強引に抑えていたのとは全く違う。

 体を包んでいた光が完全に消えた時。

 レヴィスは魔力が今まで感じた事がないくらい、穏やかな状態である事に正直戸惑いを隠せなかった。


「……どう? レヴィス君」

 緊張した面持ちで声をかけてくるフロートに対し、レヴィスは信じられないという表情で自分の両手を見ていた。

「何か……すごい変な感じだ。七年前と全然違う……法力で押さえつけなくても、魔力が落ち着いているのが判る……」

「…………?」

 フロートへの返答というよりは呟きに近いレヴィスの言葉を聞き、フォルテは怪訝そうに眉を寄せる。

「基本的な術式は同じはずだが……そんなに違うかい?」

「あ……はい……昔は今より力に不慣れだったからですかね……違うように思います」

 疑念を持った様子のフォルテへ言葉を返すけれど、その相手は少し納得いかないように口元に手を当てた。

「……そうか……今ほどではないにせよ、力については理解していたように思っていたが……」

 ブツブツと呟き始めたフォルテだったが、その思考は可愛らしい声によって遮られる。


「あはー、疑問に思うところ申し訳ないんですがー、そろそろ次のステップに進んでもいいですかねー?」

「おや、失礼」

「いえいえー」

 ハッと我に返り、申し訳なさそうな表情を浮かべたフォルテにラピスはにこにこと笑顔を返す。


 それからラピスは笑顔のままレヴィスの方へ視線を向けた。

「フロートの術を受けて終わりじゃないぞー? 大事なのはこっからだからなー」

「はい」

 講師の言葉にレヴィスはぐっと拳を握りながら、気を引き締めてひとつ頷く。

 ……これまでとは全く違い、全力で術を使っても魔力が暴走するようなイメージは全く浮かばなかった。

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