レヴィスの全力

 レヴィスは目の前の少女を見て、それからラピス達の方へ視線を移した。

「悪いが向こうに行っててもらえるか」

「……自信ない?」

「いや」

 フロートの言葉にレヴィスは首を横に振る。

「思いきりやってみたいから離れていてほしい」

 それを聞き、フロートはどこかほっとしたように笑う。

「……そっか、判った」

「悪いな」

 微笑みを返してくる青年と言葉を交わし、フロートはラピス達がいる方へ歩いて行った。


「……御当主ちょっといいですかー?」

「はい」

 レヴィス達に視線を合わせたまま、ラピスはフォルテへ声を飛ばす。

「この部屋は鍛練用で強化されてるようですがー、どのくらいまで耐えられるんですー?」

「術者の力量にもよりますが……上級魔法を五発程度なら同時に当たっても耐えられる構造になっています」

「五発ですかー……ならまぁ何とか大丈夫かなー」

 フォルテの答えを聞いたラピスはぶつぶつと呟きをもらす。そんなラピスにフォルテとカルロが顔を見合わせる中、やってきたフロートは三人の様子に首を傾げながら彼らの横に並んだ。


 フロート達が一か所に固まっているのを確認したレヴィスは深呼吸をして――それから、そちらの方へ杖を向ける。

 レヴィスが何か唱え始めると同時に、フロート達の足元に魔法陣が浮かんだ。

「……おやー……これはー……」

 カルロがぎょっとした表情で狼狽える横でラピスは感心したようにレヴィスを見ている。

 一方、フロートは少し驚きながら魔法陣を見ていた。

(これって……)

 現れた魔法陣の紋様には見覚えがある。……以前この魔法陣を見た直後、フロートは閉じ込められてその場から動けなくなったのだから。

「マイスト・シール」

 青年の静かな声と同時にフロート達は魔力の帯による結界に包まれる。


「大丈夫だとは思いますが、念のために……」

 レヴィスのいう「念のため」は、魔法の威力を考慮してか、それとも魔力暴走を懸念してか。どちらとも取れる言葉を聞いたカルロが表情を険しくするが、その横にいたラピスは違う表情を浮かべた。

「エルフ魔法を使っても全然余裕そうだなー……制御は問題なさそうだけどこれはー……」

「……?」

 顎に手を当てている講師をフロートは不思議そうに見ていたが、不意に変わった場の空気を感じて顔を上げる。


 視線の先にいた青年の足元に大きな魔法陣が浮かび、その周囲が魔力によって揺らいでいた。

 これも見覚えがある。アリーシャに対して使っていた雷のエルフ魔法だ。

「……メテオ・ブリッツ!」

 力ある詞が発せられると共に、以前と同様掲げた杖の先に魔法球が出現する。――ただし、その大きさはあの時よりもふた回り程大きい。

 それに比例して周囲に落ちる雷の余波も数が多く、そのうちのいくつかは離れた所にいるフロート達の方へ飛んできており、レヴィスが張った魔力壁にぶつかって弾かれていた。

「――あ。まずい」

 レヴィスがどんどん魔力を練って威力を上げていく中、珍しくラピスが慌てた様子で両手を正面に突き出す。

「マジカ・アブソープ!」

 ラピスの声と同時に、四人を包む魔力壁に重なる形でもうひとつ結界が現れたのと、部屋の壁全面に結界が張り巡らされ――そこから間を置かず、自身が出来る目一杯の力を練り上げたレヴィスがすっと息を吸って吐きだした。

「……バースト!」


 ――その瞬間。

 部屋の中は光に包まれ、耳をつんざく様な轟音と身体を震わせる衝撃がフロート達を襲う。


 ……どれくらいか時間が過ぎ。

「……いたた……」

 ようやく視界と聴覚が戻ってきたフロートは軽く頭を振る。

 他の面々も似たような行動を取っていたが、部屋の中心に立っていたレヴィスとその周りを見てぎょっと目を見開いた。

 魔法に耐えられるよう、強化されているはずの部屋。

 しかしその床は雷によってあちこち抉られて黒く焦げており、壁の損傷は床に比べると少なかったが部分的にひびが入っている。


「あー……やっぱり咄嗟の術じゃ完全には吸収しきれなかったかー……」

 その惨状を見たラピスがポリポリと頭を掻き、その原因である青年は申し訳なさそうな顔で四人の方を見ていた。

「すみません……」

「……あ……いや、大丈夫だが……君の魔力は昔よりもずっと強くなっているな……」

 謝罪の言葉を聞いたフォルテは呆然としながらも返事をする。

 ……とはいえ、これだけの術を使った後でもレヴィスの様子に変化はない。

 フロートの術はもちろん、レヴィスの魔力制御に問題はなく――試験をクリアしたことは誰の目から見ても明らかだった。


「予想以上だな……」

 フロートとフォルテがレヴィスの所へ向かい、残されたカルロはぽつりと呟きを漏らす。それに対しラピスは彼等へ視線を向けたまま口を開いた。

「譲歩は……流石に無理だよなー?」

「流石にここまでされると『魔道士クラス講師』としては過小評価も出来ない。……ラピスの頼みは聞いてあげたいが、無理だ」

 申し訳なさそうな口調ながらきっぱりと言い切ったカルロの言葉にラピスは冷ややかに笑う。

「へぇ、『魔道士クラス講師』ねー……トレヴァンの監視役として集められた身としてきっちり仕事をこなすって訳だなー」

「随分と意地悪な言い方するね……」

 棘のある物言いにカルロは苦笑いを浮かべて視線を落とす。


「まあ……ティルルの術があってこその威力だろう。国にはそう報告させてもらう」

「ふぅん? 少しは譲歩してくれるんだなー?」

「事実を話すだけさ」

 本人達に聞こえないように声を抑えた言葉を交わし、術士コースの講師達はそれぞれ小さな笑みを浮かべた。

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