兄として

 ……いつもより暖かくて心地よい。

 まどろみの中、レヴィスはフッと目を覚ました。あまり頭が回らない状態のまま体を起こし、欠伸をしながらぼんやりとした目をこする。

 ……今日は随分と深く眠れたような気がするな……。

 そんな事を思いながら周囲を見回し――自分のすぐ横、すやすやと眠る少女のところで視線が止まり、ビタっと体が固まって――昨夜、自身がフロートの部屋にそのまま泊まった事を思い出した。

 とはいえ一緒に眠っただけで一線を越えたとか、男女のアレコレがあった訳ではない。告白に対しての返事をした時点でレヴィスにそれ以上何かする余裕はもちろん度胸もなかった。

 そもそも部屋に泊まったのだって、フロートから遠回しにせがまれたからである。

 初めは意識しすぎて眠れなかったが、安心しきった様子で無防備に眠るフロートの寝息を聞いているうちに自身も寝てしまったようだ。……少女のぬくもりが心地よかったのも理由としてひとつあるだろう。

 レヴィスは小さく息を吐いた後、視線をフロートから壁掛け時計に移す。時計の針は午前五時を少し回ったところだった。


(……今のうちに戻ろう)

 フロートの部屋から出てくるところを誰かに見られたら色々面倒だ。自分の部屋に戻ってもう少し眠る事にしよう。

 眠る少女を起こさないようにそっとベッドから降り、ゆっくりとドアを開けて外に出て――……


「……そこで何をしている」

 廊下に出た瞬間。

 横から飛んできた鋭い声にレヴィスの心臓は勢いよく跳ね上がる。

 パッと声が聞こえた方を向けば、そこには険しい表情のフウマが立っていた。

 顔を青くしたレヴィスに対し、フウマは射抜くような鋭い視線で相手を見ている。


「……お……おはよう、ございます……」

「ああ、おはよう」

 つっかえながらも挨拶をしてきたレヴィスにフウマは表情を変える事なく言葉を返す。

 それ以上何も言えず、黙ってしまった青年へ、少女の兄は鋭くて冷ややかな視線を浴びせていた。

「……こんな時間に君が、あろうことか妹の部屋から出てきた事について、僕は問い質す権利があると思うんだが……トレヴァン君、説明を求めてもいいだろうか?」

「…………はい」

 流石に逃げられそうになかった。


 ─ ・ ─ ・ ─ ・ ─ ・ ─


「……なるほど、話は判った」

 椅子に深く腰かけ、腕組みをしたままフウマは静かに呟く。

 あれから場所をフウマの部屋に移して。

 レヴィスは尋問を受けているような状態で昨夜の事を……贈与の詳しい事についてはふせた上で大まかに話していた。

「要するに君はフロートと交際を始めた訳だな」

「……はい」

「それにしたっていきなり同じ部屋で一緒に眠るというのはどうかと思うんだが、それについて君はどう思う」

「…………すみません」

 淡々とした口調で、しかしこちらに向けられる威圧と侮蔑を含んだ視線にレヴィスはただ畏縮するばかりである。


 フウマの言葉はどれも正論だったし、自分が同じ立場に置かれたら同様の事をするだろう。

 ……妹と仲の良いジークという男の子がいるが、数年後に彼が家に泊まり、明け方に妹の部屋から彼が出てきたとしたら……正直、穏やかでいられる自信はない。それだけにフウマへ何か言えるはずもなかった。


「すみません、じゃあないだろう」

 呆れた様子でフウマは大きくため息をつきながら前髪を掻き上げる。

「別に妹の交友関係にあれこれ口出しするつもりはないが……もう少し考えた行動をとってくれ。はっきり言って、君が周りにどう思われようと僕は興味がない。けれどそれが妹の事なら話は別だ。一線を越えてないのが本当だとして、それをどれだけの人間が信じる? ありもしない想像を事実として認識するのが大半だろう。そういった偏見や好奇の目に妹がさらされるのは我慢ならない」

「……そう、ですね。軽率でした……本当にすみません」

 再び自分の妹がそうなったらと置き換えて考え――同時に妹がどうこうではなく、フロートがそういう噂の的になるのも嫌だと思い、レヴィスは素直に反省の弁を述べる。


「……まあ、いい」

 重ねてため息をつきつつも、話を切り上げるような呟きがフウマの口からもれた。

「今後は自分で責任が取れないような行動はとらない事だ。また考えなしの行動をとり、それで妹に何かあれば……君がどんな庇護を受けていても僕は容赦しないぞ」

「……はい」

 噛みしめるように了承を口にするレヴィスの返事を聞き、フウマは椅子から立ち上がると部屋のドアをゆっくりと開けた。

「もう部屋に戻ってくれて構わない。時間を取らせたな」

「いえ……こちらこそすみませんでした。失礼します」

 深く頭を下げてから、レヴィスは部屋を出て行く。


「……トレヴァン君」

 廊下を歩き出した時、後ろから呼びかけられてレヴィスは振り返る。

 フウマはドアノブに手をかけたまま、視線を若干伏せがちに床に向けた状態で言葉を続けた。

「……僕等に対してとは違い、フロートは君に随分と気を許しているようだ。……妹を宜しく頼む」

「……え……」

 レヴィスは虚を突かれて声を詰まらせるが、返事を求めていなかったらしいフウマはそのままドアを閉める。


「…………」

 一人廊下に残され、しばらくの間その場に留まっていたレヴィスだったが、やがてゆっくりと歩き出す。

 ……部屋に戻っても、もう寝られそうになかった。

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