ラピス対クォル

 ――沈黙がその場を支配する。


 フロートが消えて、その後に現れたクォル。

 彼女が消えた事に彼が関与しているのは疑いようがない。……けれど、それは何のために?

 その理由が判らず、レヴィスは戸惑いの表情をクォルに向けるのみである。

 一方、ラピスは厳しい視線で突然現れたエルフを睨みつけていた。


「お前、空間魔法を使ったな……? 術式が失われたそれをどうして使える?」

「……ほう」

 ラピスの言葉にクォルは少し感心したような声をもらす。

「私が使ったのが空間魔法だと判るのか……さっきの発言は訂正しよう。ドワーフとはいえ、エルフの血が入ってるだけの事はある」

「誤魔化すな。答えになってないぞ」

 相手から目を逸らさず臨戦体勢に入っているラピスに対してクォルはふっと小さく笑い――どこか自嘲するようなその表情に、ラピスはもちろんレヴィスも怪訝そうに目の前にいるエルフを見ていた。

「使いたい古代魔法があってな。その魔法を調べている途中で手に入れた……もっとも、本当に取得したかった魔法は私では使えなかったが」

 言葉を紡ぐ中、クォルはレヴィスへ真っ直ぐ視線を向ける。


「レヴィス……お前、過去をやり直したくはないか?」

「……え……?」

 思いもよらぬ提案にレヴィスの顔に戸惑いが浮かんだ。

 言われた事が理解出来ていない青年に、クォルは言い聞かせるような優しい声色で言葉を続ける。

「私は……あの『事故』をなかった事にしたい。その為に世界各地を回り……手掛かりを掴んだ。失われた古代魔法……時の魔法を発動させる事が出来れば、あの日以前に戻ることが出来る」

「…………!」

 その言葉にハッとレヴィスは息を呑んだが、それを制するようにラピスが二人の間に割り込む形で立ちふさがった。


「おい、戯言もいい加減にしろ。時の魔法なんて絵空事を言ってコイツを誑かそうとするな」

 鋭く相手を睨みつけるラピスだが、視線の先にいる男は笑みを浮かべたまま余裕をみせている。

「それをいうなら空間魔法もこれまで絵空事だと思われていた術のはず。実際に目にしておきながら、それを否定するというのもおかしな話だ」

「…………」

 ラピスが口を閉じたのを見て、レヴィスは改めてクォルの方へ顔を向けた。


「それは……本当に、出来るんですか……?」

「――出来るさ。お前が協力してくれれば……だがな」

 真っ直ぐ、青年の視線を受け止めながら話すクォルは懐から何かを取り出す。……差し出された掌に乗っていたのは小さな赤い玉だった。

 見覚えのある玉にレヴィスは逡巡して――それが最初の遺跡……台座に付いていた、自身の魔力が引っ張られた物だと気がつくのにそう時間はかからなかった。

「この玉には……レヴィス、お前の魔力が込められている。もう判っていると思うが……私がお前と再会した遺跡と……お前がアリーシャと対峙した時に採取した物だ。本当は船での移動中に回収する予定だったが、海獣との戦闘でお前は出て来なかったからな……あの時は無駄足を踏まされた」

 言葉の最後、僅かに顔を歪めた男に対し、レヴィスの表情が変わる。

「海獣って……まさか、あの時の襲撃は……」

「お前の魔力を玉に吸収させるために私が仕組んだ事だ。……まぁ、船にいた探索者やお前の連れのおかげでお前の魔力を回収出来ず、アリーシャを使わねばいけなくなったが」

 それを聞いたレヴィスの表情が愕然とする一方、ラピスの表情はより厳しいものへと変わった。


「……オマエがアリーシャの協力者か」

「言葉は正しく使ってもらおうか、ドワーフ。アリーシャは協力者ではなく、利用していたにすぎない」

 嫌悪感を隠さず、エルフの男は吐き捨てるような言葉と冷ややかな視線を相手へと向ける。

「奴は奴で自身の境遇に不満を持ち……ロアドナという国を潰し、国からの解放を望んでいた……だから、私はそれを利用する事にしたのだ。『玉を使った魔法陣でレヴィスの魔力暴走の威力を増大させ、国を全て吹き飛ばす』と言ってな。……馬鹿な女だったよ。それが偽りだと疑いもせずこちらの誘いに乗ってきたのだからな」

「オマエ……っ!」

 カッと頭に血を上らせたラピスには目をくれず、クォルの視線はレヴィスに向けられていた。

「時の魔法は元々、時を越えようとした愚かな人間が生み出したものでエルフの私には使えない。……かといって、普通の人間では絶対的に魔力量が足りずに発動すら出来ない。……そういう意味ではアリーシャでも良かったが、奴の目的は過去に戻る事ではなかったからな」

 ……一度はアリーシャに協力を仰ごうとしたのだろうか。

 何かを思い出すような様子を見たレヴィスはそんな事を思うが、その考えは鋭いラピスの声に掻き消される。


「御託はいい。普通の人間は魔力量が足りないから出来ないと言ったな? 確かに古代の文献でも複数人でやっと発動する術だと記載があるが……いくらトレヴァンの魔力量が多いからって、コイツ一人の魔力量で足りるとは思えない。オマエ、トレヴァンを殺す気か?」

「…………」

 ラピスの射抜く視線とレヴィスの戸惑いの視線を受け、クォルは小さく息を吐いて首を横に振った。

「これだからドワーフは短絡的で困る。私がウィルシアの忘れ形見のレヴィスを殺すだと? 馬鹿を言うな。そうさせないためにわざわざ玉を用意して……レヴィスが魔力制御を出来るようになるまで待ったのだ」

 クォルはそこで一度言葉を切り、呆れを隠さずラピスを見下ろす。


「あの人間……ラマといったか。奴がレヴィスのために奔走していたのはアリーシャから聞いて知っている。レヴィスが魔力制御出来るようにするため、お前達が動いていた事にアリーシャは気付いていたからな。それもあってアリーシャはこちらについたのだ。……自分は国から離れられないのに、どうしてレヴィスだけが守られようとしてるのか、とな」

「…………」

 それを聞いたラピスはぐっと言葉を詰まらせる。

 ……何も言い返せないのだろう。

 クォルとの間に立ってこちらに背を向けている講師を、レヴィスは申し訳なく思いながら見つめていた。


「――とにかくだ。レヴィスは魔力制御出来るようになり、その力を増幅させるための道具も揃った。……数年越しの願いがやっと叶うのだ。レヴィスは連れて行く。邪魔はさせない」

「……はっ……」

 冷たく光が宿る視線に対し、ラピスが返したのはせせら笑いだった。

「オマエ、あんまりドワーフを舐めるなよ。頼みもしないのにべらべら目的を話したのはこちらを下にみてるからだろうが……今の話を聞いて『はい、判りました』ってトレヴァンを行かせると思ってるのか?」

 そう言いながら、ラピスはいつの間にか手に持っていた小さな青い石をピッと指で弾く。……石が床に触れるその瞬間。


 ……ドォンッ!!


 轟音と震動と共に床石が盛り上がり、床に敷き詰められていた石は瞬く間にゴーレムへその姿を変え、ラピスを肩に乗せて立ち上がった。

「…………!」

「わぁぁっ!」

 突然現れたゴーレムをレヴィスは見上げ、呆然と三人のやりとりを聞いていた担当者の男は我に返り慌ててその場から逃げだす。


 高みからクォルを冷ややかに見下ろしつつ、ラピスはこれ以上ないくらい低い声色で言葉を紡ぐ。

「時は戻らないから価値があるんだ。それに気付いたから古代の人間は生み出した術式を抹消した。高尚なエルフがそれも判らないとは笑わせる」

「……ドワーフ如きに何が判る」

 向けられるものと同じくらい、冷ややかな視線をクォルも相手に返した。

「オマエは危険だ。拘束させてもらうぞ」

「出来るものならやってみろ」

「――な――ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 冷淡な表情を向け合う両者にレヴィスは声を飛ばし駆け寄ろうとするが――それより先に、ゴーレムの腕がクォルに向かって振り下ろされた。


「……っ!」

 叩きつけられた腕により床が破壊され、むき出しになった地面から爆ぜるように土煙が勢いよく舞い上がる。

 その勢いに押されてレヴィスがたたらを踏む中、ラピスの目は抉られた地面を見て――すぐに視線を横に移し、さっとそちらに向けて手をかざした。

 瞬間、ラピスとゴーレムと包む形で結界が張られ、その直後、横から飛んできた火炎が結界に弾かれて吹き飛ぶ。

「見えてるんだよっ!」

 激昂するようにラピスが声を上げるのに合わせて、再びゴーレムの腕が土煙を切り裂きながら地面に振り下ろされる――が、それも相手には当たらなかったようだ。

 ラピスの目は土煙の中で動く何かを捉えており、腕が当たる直前で消えたのを見ていた。

「……ち、厄介だな、空間魔法は!」

 舌打ち混じりにそう吐き捨てながら、消えたエルフの気配を探す。


「――遅い」


 背後から、ひやりとした冷たい声が響いた。ラピスが反応するよりも速く、クォルが放った雷の魔法が彼女の体を打ち抜く。

「……うあぁぁぁっ!」

「先生っ!」

 堪らず声を上げたラピスを、ようやく体勢を立て直したレヴィスが見上げるが――

「……はっ……」

 ――雷を身に受けながらも、ラピスはニヤリと口元に笑みを浮かべていた。

「……ドワーフ舐めるなって……言っただろ!」

 クォルがその言葉の意味を理解するよりも先に。

 雷を身に纏ったゴーレムの腕がしなり、魔法を撃って動きが止まっていたクォルの体を弾き飛ばす。

「…………っ!」

 空間魔法が間に合わず、咄嗟に防御壁を張ったクォルだが、その勢いの全てを消す事は出来ない。

 弾かれた体はそのまま壁へと叩きつけられ、一瞬息を詰まらせたクォルは崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。


「……く、はっ……流石エルフ、威力だけは馬鹿みたいにある……っ!」

 苦しそうな息を吐くラピスをゴーレムがゆっくりと地面に降ろし――力を失ったゴーレムは音をたてて、その姿を元の石へと変える。

 乾いた音と共に崩れた核石を見ながら、ラピスは地面に両手をついていたが、パッと顔を動かして正面の方を向いた。

 ――直後。

 ラピスの体は飛んできたいくつもの風の刃に吹き飛ばされて宙を舞い、そのままむき出しの地面に叩きつけられて転がった。

「…………!」

 地面に倒れたまま動かない講師の姿を見たレヴィスがそちらへ向かおうとするが、それよりも先に静かな声が場に響く。


「……ドワーフ如きが……やってくれる……っ!」

 先程のラピスと同じくらい苦しそうな声。

 よろめきながらも立ち上がったクォルは、満身創痍でお世辞にも立っているのがやっとという状態だった。

 動かないラピスと今にも倒れそうなクォルの間に立つレヴィスはどうしていいか判らず、困惑の表情で目の前の男を見ていた。

「……クォルさん……」

「…………」

 青年の呼びかけに何も答えず、クォルは視線だけを返してきたが、不意に転送台の方へ目を向ける。


 僅かに間を置いて転送台に光が収束し――光が拡散した後、そこにはカルロが立っていた。

「な……!?」

 むき出しになった地面と床石の残骸をみたカルロはギョッとした表情で声をもらしたけれど、その視線は倒れているラピスの所で止まる。

 カルロはそのまま呆然としているレヴィスを見て、それからクォルへ視線を移す。

「お前か? こんなことをしたのは」

「……だとしたら?」

 クォルは挑発するかのように小さく笑みを浮かべるが、それが虚勢なのは明らかだ。


 ――今の状態なら、自分でも勝てる。


 そう確信したカルロは浮かんだ怒りを強引に理性で押さえつけ、魔力を身に纏い臨戦態勢に入る。

 エルフ相手に普通の人間が勝つ事は通常有り得ないが、ラピスとの戦闘でダメージを受けている今なら話は別。

 そして、カルロはこれでもレヴィスの監視を務める魔道士クラス講師の一人である。……本来なら宮廷魔道士となっていてもおかしくない実力を持つ術士でもあった。


「ダメージを負い過ぎたな……」

 カルロと戦うのは得策ではないと判断したらしい。小さく息を吐いたクォルは顔を動かしてレヴィスの方を向いた。

「今日は退くが……私はお前が協力してくれると信じている。マリドウェラの森に一人で来い。そうすればお前のペアの人間も返してやる」

「……!」

 その言葉にレヴィスの表情が変わり、カルロが両手をそちらへと向けるが――何かするよりも先にクォルの姿はその場から消え去る。


「……な……消えた……!?」

 空間魔法を初めて見たカルロの表情が驚愕のものへと変わり――その一方、レヴィスは拳を強く握ったまま。クォルが消えた場所をただ見ているしか出来なかった。

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