『マリドウェラの悲劇』の真相
クォルはレヴィスの母ウィルシアの従兄妹にあたる。
彼等と同じ集落――マリドウェラの森の中に住んでいたが、集落を離れて旅をしていることが多かったため、レヴィスやその妹であるクレアと話した事はほとんどない。
しかし生まれた頃から知っているウィルシアの事は妹のように思っており、里に戻った時は彼女へ必ず声をかけていた。
……そんなクォルがレヴィスと話をするようになったのは魔力暴走により集落が壊滅した後からだ。
集落壊滅の話を聞き、旅先から戻ってきたクォルは軟禁状態にあったレヴィスと対面するためにロアドナの研究機関にやってきていた。
その頃のレヴィスは心神喪失に近い状態で周囲の呼びかけにもほぼ無反応。
かろうじて妹に対しては僅かに反応をみせていたけれど、それも微々たるものであり「今の状態のレヴィスと会わせるのはクレアにとってもあまり良くない」と後見人になったラマからの意見が上がり、その代わりになる形で戻ってきたクォルに面会の許可が降りた。
……何故、身内に会うのに許可がいるのか。しかも何の関係もない人間の許可が。
内心でクォルは憤りを感じていた。
そもそもレヴィスの力を封印する話もロアドナ側が難癖をつけたのが発端である。
「人間であるレヴィスをロアドナに引き渡せ。それが出来ないのであればレヴィスの力を封印しろ」
人間は人間社会で生きるべきである。それは族長の直系であろうと変わらない――。
レヴィスが生まれ、人の身でありながら内包する力がエルフに匹敵するものだと判明した時、即座にロアドナはエルフ側にレヴィスの引き渡しを要求してきた。
その言い分は正当なものに聞こえたけれど、本当の理由が国の戦力増強としてレヴィスを利用しようとしているのは明白だった。
人並みの魔力しか持たない、妹のクレアが生まれた時。彼女への引き渡し要求がレヴィスの時と比べ強固なものでなかったのが何よりの証拠だ。
「冗談じゃないわ!」
ロアドナの要求に対し、母親であるウィルシアはそれに猛反発した。
人間である父親のフィードはウィルシアほど反発していなかったけれど、自国の決定に困惑している部分もあったようだった。が、結局彼は国の決定を拒否出来ず、ウィルシアや族長などエルフ側を説得してレヴィスの力を封印する方向で話を進めた。
しかし幼少時の封印は本人にとって負担が大きい。そのため儀式はレヴィスがある程度成長してから行なう事となる。
……ただ、やはりウィルシアは納得出来ていなかったようだ。封印する事が決まったにも関わらず、レヴィスに様々な術の使い方を教えていたようだから。
――そして、封印は失敗して集落は壊滅。
生き残ったのは壊滅の原因となったレヴィスと、幼いからとラマに預けられていたクレア――そして、集落から離れて旅をしていたクォルだけだった。
結局レヴィスはクレアと共に魔力を持ったままロアドナに『保護』され、今後どうするかも含めて連日ロアドナ高官達で話し合いが行なわれていると聞く。けれどそれも建前上の話し合いにすぎないだろう。
……今回の一件、ロアドナにとっては利益しかないのだ。
ロアドナはすでにアリーシャというハーフエルフを手に入れている。
彼女は他国との小競り合いや賊との戦いにおいてこれ以上ない戦績を残しており、基本体質は人間だがクォーターのレヴィスと違いエルフの体質も併せ持っているが故に力の暴走もない。
アリーシャの力を知っているからこそ、暴走の危険性はあれどレヴィスに目をつけたのはロアドナからすれば当然かもしれない。
そのまま引き渡してくれれば双方が円満に。そうでなければ今後レヴィスの力が他国に渡らないように。
封印を条件に出したのはそれが理由だろうとクォルは思っていた。
……研究機関に来るまでは。
「……聞いたか? マリドウェラの話」
長い廊下の途中、耳に入った声にクォルの眉が一瞬ぴくりと動く。
……普通の人間なら聞こえるはずのない、どこかの部屋で発せられた言葉。しかし生粋のエルフであるクォルはその声がはっきりと聞き取れていた。
表情を崩さず、クォルは声の聞こえた方へ意識を集中させる。
「混血の子が集落を壊滅させたってアレか? ひどいもんだよな……確かその子、今ここにいるんだっけ?」
「そう、それそれ。……実はアレ、事故じゃないらしいぞ」
「え?」
「……⁉」
聞き逃せない言葉に、クォルも流石に動揺して表情が崩れた。
「……どうかしましたか?」
「あ……いや、何でもない」
その変化に気付いた案内役の男が声をかけてくるが、クォルは表情を正して短く言葉を返す。
……その間も会話は続く。
「アレ、混血児を手に入れるために仕組んだんだってさ。わざわざユバルから調律師まで呼んでたけど、調律師がかけた術は機能しないよう先に相殺術をかけておいて、封印術じゃなく魔力が暴走しやすくする術式を組んで……その結果が集落壊滅だとさ。後に調査が入っても実際の状況を説明出来る奴は皆亡くなっていない。他国から来た調律師は間違いなく術をかけたと証言する。それなら封印しきれず魔力暴走したがための事故……ってなる訳だよ」
「……そこまでするのか……」
「エルフとの協力より、自国の戦力を増やす方に重点を置いたんだろ。実際、アリーシャの実績もあるからな」
「だからって……」
「…………」
クォルはそれ以上聞き耳をたてるのを止めた。
……握る手に力がこもる。
この話が本当ならロアドナはどう転んでもレヴィスを手に入れるつもりでいた。
故郷がなくなったのはロアドナの策略であり。里の皆が……ウィルシアが死んだのは……レヴィスがいたから……。
クォルの胸中に暗く重い何かがじわり、と滲みだす。
「お待たせしました」
不意に間近で聞こえた声にハッとクォルは顔を上げた。
目の前には重厚な扉があり、案内役の男がゆっくりと鍵を開ける。
……重く軋んだ音を立てながら開いた扉の向こう。部屋の隅に設置された椅子に座っていたのは虚ろな目をした赤い髪の少年だった。
「外でお待ちしております。……ごゆっくりどうぞ」
クォルを部屋に入れた後、案内役はそのまま扉を閉める。
少年と二人きりになったクォルは閉じた扉をしばらく見ていたが、少年の方へ足を向けた。
「久しぶり……といっていいか判らないが……私を覚えているか?」
「…………」
問いかけにレヴィスは緩慢な動きで視線を向け――そして、クォルに気が付いた瞬間。さっと表情が怯えたものに変わった。
「あ……ごめんなさい! ごめんなさい! 俺……俺が……里を……皆を……! ごめんなさい……ごめんなさい!」
半分錯乱に近い状態で謝罪を繰り返すレヴィスを見たクォルは、この少年が何も知らされていないのだとすぐに悟る。
……そもそもこの少年も被害者だ。ロアドナに利用されただけの、被害者……。
「落ち着け。私はお前を責めに来たんじゃない」
「で、でも……俺は……っ!」
「いいから聞け。……今回の件、お前が発端だとしても全てがお前の責任じゃない……そうじゃ、ないんだ……」
レヴィスの肩を掴み、クォルは両膝をついて顔を伏せる。
……本当はこの時、レヴィスに全てを話したかった。
ただ、この状態の少年が事実を受け入れられるとは思えなかったクォルは言葉を呑みこむ。
そのためこの時はレヴィスを落ち着かせるだけに留めたが――その後、レヴィスとクレアはフィードの後輩であったラマに引き取られ、クォルがレヴィスのみと会う機会もなく。
「マリドウェラの悲劇」と人間が名付けた出来事の真相をクォルは当事者である少年に伝える事が出来ないまま、ただ時間だけが過ぎていった。
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