迷い

 フロートが消えて、クォルの強襲を受けた二日後。

 レヴィス達はロアドナ郊外にある小さな宿屋に場所を移し、これからどうするかを話し合っていた。


「……それでオマエはどうしたいんだー?」

 今朝やっと意識を取り戻したラピスがベッドの上からレヴィスへ声をかける。

 怪我などはクォルが消えた後すぐに法術で直していたが、ラピスの体は大きく負担を受けていたために目覚めるまでに時間がかかった。

 大まかに経緯を聞いた後で、ラピスが開口一番発したのが先程の言葉である。

「……俺は……」

 レヴィスは視線を落としたまま、ぐっと拳を握っている。

 そんなレヴィスを若干苛立った様子で見ていたカルロが抑えきれず口を開いた。

「そんな協力する訳ないだろう。過去を変えようなんてそんな馬鹿な話……」

「オマエには聞いてないからちょっと黙ってろー。ボクはトレヴァンに聞いてるんだよー」

 カルロを睨みつけながらそう言って、ラピスは視線を青年へと戻す。


「……まあボクもカルロとそんなに意見は変わらないけどー……あのエルフにも言ったけど時は戻らないから価値があるー。それを個人の都合でホイホイ変えられたら世界はめちゃくちゃになるよー」

「…………」

「……とはいえ」

 何も言わないレヴィスに対し、ラピスは小さく息を吐いた。

「オマエの場合はなー……正直言って過去をやり直したいと思うオマエを止める権利はボクらにないんだよねー」

「…………え?」

「ラピス!」

 呟かれた言葉にレヴィスが眉を潜める一方、カルロは咎めるような目を向けるがラピスの言葉は止まらない。


「あの『マリドウェラの悲劇』は国力を増強したかったロアドナが仕組んだ事なんだよー。元々ロアドナはオマエの母さん……ウィルシアが生まれた時も寄越せと言ってたんだー。でもそれを『ウィルシアはエルフだから人間には渡さない』って突っぱねたのが族長でありオマエの爺さんでー……そこからロアドナとマリドウェラのエルフ達の間に溝が出来たー」

「…………」

 淡々と紡がれる昔語りをレヴィスは黙って聞いている。ラピスはそれを見ながら言葉を続けた。


「その深くなり始めた溝を何とか埋めようと動いていたのがオマエの父親とラマだったんだけどー。基本体質が人間のオマエが生まれた事で状況が変わるー。ウィルシアの一件でエルフが使った『エルフはエルフと共に暮らすべき』っていう文句をロアドナはそのまま使ったのさー」

「…………」

 レヴィスは拳をグッと強く握ったが、口を挟む事はなくラピスの言葉の続きを待った。

「……エルフ側も流石にそれを覆す事は出来なかったけどー、ウィルシアが猛反発して一部のエルフもそれに賛同してー……ロアドナとマリドウェラのエルフ達は一触即発なところまで来てたんだよー。流石に如何な大国と言えどエルフを敵に回して無事に済む訳がないー。……そこでロアドナは一芝居打ったー。オマエの力を暴走させて危険分子だったエルフ達を一掃しようってなー」

「な……」

 無表情の講師から語られる事実に言葉を詰まらせた。思わずカルロの方を見れば、彼は何も言わずに視線を逸らす。

 ……今の話が真実なのだと、レヴィスはすぐに理解した。


「先に言っておくがユバルの調律師……フォルテさんは何の関与もしていないー。あの人はちゃんと仕事を全うしたー。多方面を騙して計画を実行したのはあくまでロアドナだー。……コレ本当は国家レベルの機密でアカデミーで知ってるのも一部の講師だけなんだけどー……たぶんあのエルフはどっかでそれを知ったんだろうなー」

 髪をクルクルといじりながらラピスは転送部屋で対峙したクォルのことを思い出す。

 ……本当にどこでそれを知り得たのか……とはいえ、その事を知ったからといって何かが変わる訳ではないが。


 ラピスは仕切り直すように息を吐き、改めてレヴィスに向き直った。

「ともかくだー。そういう経緯も知ってるからロアドナ側のボクらは『マリドウェラの悲劇』に関してオマエに何か言う権利はないと思ってるー。それを言えるのは……同じように騙されてた調律師かその家族だけかなー」

 若干自嘲も混じった言葉にレヴィスはハッと表情を変えて――……それから何も言わずに顔を伏せる。


「フロートの所在は……まだ、判ってませんよね?」

「……各国を含めて捜索依頼をかけてはいるが、情報は来ていない」

「…………」

 申し訳なさそうなカルロの声にレヴィスはぐっと言葉を呑み込む。

 一方ラピスは少しだけ表情を緩め、ようやくいつものような笑みを口元に浮かべた。


「フロートのことは心配しなくていいよー。どこにいるかは判らないけど無事のはずだからー。……オマエの腕輪に異変が起きなければなー」

「……え? 腕輪……?」

 その言葉にレヴィスは自身の右手に視線を移す。

 手首にはラピスから貰った腕輪がはめられており、赤い文様の中心には小さな透明の石が付けられている。

「その腕輪なー、オマケで対の所有者の身に何かあった時は色が変わるようになってるんだー。だから何の変化もない間はとりあえず大丈夫ー」

「……そう、なんですか…………オマケ?」

 一瞬ホッとした表情を浮かべたレヴィスだが、発言に引っ掛かりを覚えて怪訝そうに講師の方を見る。

 視線を向けられた講師は楽しそうにニヤリと口元を上げた。


「本来の用途に気付くのはトレヴァンが先だと思ってたんだけどー……これに関してはフロートの方が優秀だったなー」

「……それって、フロートはもう知ってるって事ですか?」

「だねー。フロートは実際、一度その機能を使ってるからー」

「…………」

 改めてレヴィスは腕輪をじっと見る。……機能を使う……という事は何かしら起動方法があるはずだが……。

「あー、ストップー。今起動されると面倒だから探るのはなしー」

 魔力を使って腕輪を調べようとしたレヴィスの行動をラピスが止め、若干不満そうな目を向けてきた青年に対して子どもっぽくへらっと笑う。

「フロートが無事ならそのうち戻ってくるからさー。その時に教えてやるよー」

 そう言って笑うラピスの顔には、はっきりとした自信と確信の表情が浮かんでいた。

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