腕輪の効果
……魔力を持っていなくても、周囲で魔力が渦巻いているのが判る。
フロートは自身が置かれている状況が異常だと認識していたけれど、下手に動くのも危険な気がしてその場で留まる事しか出来ずにいた。
「フロート!」
「馬鹿! 待て!」
離れた場所から聞こえた声に顔を向ければ、光の向こうでレヴィスがラピスに足を引っかけられて倒れるのが見えた。
フロートが大丈夫かと声を出そうとした瞬間。
視界が一気に光に包まれて真っ白になり何も見えなくなる。あまりの眩しさに思わずギュッと目をつむり――……次に目を開けた時。フロートは何もない、どこまでも真っ白な空間に一人立っていた。
「……何、ここ……」
口をついて出る掠れた声はその場に響くのみで自分以外には届かない。
訳が判らずフロートは混乱しかけたが、ある事を思い出し、手に持っていた袋を開けて中に入っていた物を取り出す。
ひとつは杖でそれはそのまま腰のホルダーに収め、そしてもうひとつ――ラピスに貰った腕輪を手首へとはめた。
……ここがどこだか検討もつかないが、これがあればレヴィスのところに戻れる。
――ラピスから腕輪をもらった夜。
フロートは自室でこれがどういったアイテムなのかを調べていた。
マジックアイテムは基本魔力を使って効果を探る――以前、レヴィスから教えてもらった目利きの方法であるけれど、魔力を持っていないフロートにその方法は使えない。
……が、色々触っているうち、フロートは腕輪の中に僅かだが法力が内包されている事に気がついた。
マジックアイテムのはずなのに、どうして法力を感じるのだろう……ちょっと試してみようか。
フロートは杖を使う要領で腕輪に法力を流してみると、法力は一瞬だけ腕輪の中で留まった後、何故か消えてなくなってしまう。
「……あれ?」
首を傾げたフロートだったが、よく見ると腕輪についている石の色がうっすらとピンク色に変わっている事に気がついた。確か石の色は白だったはずなのだが……。
「…………」
フロートがもう一度法力を流すと石の色は段々と濃い赤色になっていく。
……法力は消えたのではなく、何かに変化……おそらくはフロートが感知出来ないもの――魔力に変わったに違いない。どういう仕組みなのか知らないが、とんでもないアイテムのようだ。
そうやってしばらく法力を流していたが、石の色は綺麗な緋色になった段階でそれ以上の変化は起こらない。
赤く染まった腕輪の石をじっと見つめた後。
先程と同様、杖を使うように力を発動させようとした――……その瞬間。
腕輪から一気に光が溢れて視界が真っ白になり、光が弾けて視界が戻った頃、フロートは自室ではなく脱衣所にいた。
「…………え?」
目を瞬かせて回りを見渡せば、目の前に綺麗に畳まれた衣服があり、その横には赤い装飾の腕輪が置いてある。
……というか、この服は……もしかして……。
「――な、何してる⁉」
「えっ⁉ ……あっ!」
ドアが開く音と驚いた様子の声に、顔を向けた先には半裸のレヴィスが立っていた。
その後は言わずもがな、である。
「…………」
あの時の事を思い出したフロートは頬を染めつつ頭を大きく横に振る。あれは事故である。事故ったら事故なのだ。
自分にそう言い聞かせて、気持ちを落ち着けてからフロートは腕輪に視線を落とした。
ラピスがくれたこの腕輪は対になっている腕輪の所へ移動出来るアイテムであり、魔力だけでなく法力でも発動出来る。
色の変化は一種類だけだからミストゲートの時空石とも違うものなのだろう。
まあ、おそらくは時空石の仕組みを基に作られたアイテムだとは思うが……構造などを考えてもフロートには判らなかったため、とりあえずはそういう仕様なのだと理解するだけに留まった。
ともあれ、これがあれば対の腕輪――レヴィスの所に戻る事が出来るはずだ。
フロートは考えをまとめ、腕輪を発動させるために法力を流し込み――
「……気配を感じたから来てみれば……お前か」
「⁉」
不意に背後から聞こえた声に、ビクッと体を震わせてフロートは勢いよくそちらの方を向いたが、そこにいた人物を見た少女は更に驚いて声をあげる事となる。
「アリーシャ先生⁉」
「……まさか誰かに会うとは思っていなかったが……ティルル、何でお前ここにいる?」
若干やつれたようにも見えるハーフエルフの女性は、後ろ頭を掻きながら首を傾げて少女を見ていた。
「……どうしてアリーシャ先生がここに……確か十日前にいなくなった、って……」
呆然とした表情で呟かれた言葉に、アリーシャは若干苛ついた様子で頭をがしがしと掻いた。
「質問を質問で返すなよ…………ん? 十日……?」
フロートの言葉を反復して呟いたアリーシャは眉を潜めながら口元に手を当てる。
「おい。今日は何日だ?」
「え? 今日ですか? 今日は……ジェラリアの十八日ですけど……」
「…………」
その言葉にアリーシャは口を噤んで視線を落とし――それから、苦虫を潰したような表情で「ちっ」と盛大に舌打ちした。
「あの野郎……何て所に飛ばしてくれたんだ……」
「…………?」
ブツブツと呟く講師の女性を不思議そうに見ていたフロートだが、相手が不意に顔を上げて視線を向けてきたため、思わず姿勢を正して向き直った。
「……ティルル、お前……何でここに飛ばされた?」
「え……?」
再び問いかけられた言葉に対し、フロートは戸惑いながらもミストゲート利用中に起こったことを説明する。
アリーシャはそれを口に手を当てたまま黙って聞いていたが、フロートが口を閉じたのを合図に大きなため息をついた。
「ミストゲートとアイツの術は同系統のもの……仕組みを利用して飛ばされる可能性はある……か」
「……あの……?」
細々と呟かれる言葉の意味が判らず、怪訝な表情を浮かべている少女に、アリーシャは真っ直ぐな視線を向けた。
「いいか。この場所はおそらく時空の狭間だ」
「時空の……狭間?」
「ああ」
短く息を吐きつつ、アリーシャは無造作に頭を掻く。
「アタシがここに来たのはジェラリアの八日……自己の感覚では昨日、だ」
「…………え⁉」
発言が理解出来ず、一瞬ぽかんとしたフロートだが、その表情はすぐにぎょっとしたものへと変わる。
驚いた様子の生徒に頷きを返しつつ、アリーシャは言葉を続けた。
「そうだ。でもお前は今日が十八日だと言ったな。アタシの感覚では一日しか経っていないにも関わらずだ。そもそもアタシがここに飛ばされたのは空間魔法……簡単にいうと、お前が飛ばされてきたミストゲートと似たような理屈で構成された術でここに来た。空間魔法は定めた場所へと移動する術だが……その際、場所と場所を繋ぐための道が存在すると言われている。術式理論と文献でしか読んだことはなかったが……おそらくここがその道、時空の狭間だ」
そこでアリーシャは一度口を閉じ、ため息をついてから再び口を開いた。
「ここは世界とは違う次元に存在し、時の流れも違うとされている。空間魔法が正常に起動すればここを通るのは一瞬だから影響を受けることはほとんどない。が、アタシ達みたいに狭間に落とされると……」
「……世界の時の流れから置いていかれる訳ですね」
「そういう事だ」
自身の言葉を引き継いで話す少女にアリーシャは肩をすくめてため息をつく。
「こうして話している間にも元の世界ではどんどん時間が流れているだろうな。さっさと戻らないと……待てよ、アタシにとってはその方が……いや、その前にここで餓死しちまうか……」
「……?」
後半が聞き取れず首を傾げたフロートだったが、ここでのんびりしている時間がない事だけは判る。
ちらっと腕輪に視線を落とした後、フロートは改めてアリーシャの方へ顔を向けた。
「それなら早く戻りましょう。……この腕輪、ラピス先生が作ったもので……ミストゲートと同じように対になってる腕輪がある所に移動出来るんです。レヴィス君がここに飛ばされていなければ、元の世界に戻れるはずです」
「……ラピスが作った?」
「はい」
その名を聞いた時、アリーシャのすっと目が細められたが、すぐに自嘲の笑みを浮かべて首を横に振った。
「……皮肉なもんだな。アイツらがやっている事に反発して行動してたのに、全部駄目になってからアイツが作ったものに縋らないといけないとは」
小さく呟かれた声は少女の耳に届かず、相手は再び首を傾げている。それを見て「何でもない」と声をかけてから、アリーシャは息を深く吐いた。
「少なくとも、アタシが感じた気配はお前だけだ。トレヴァンがこっちに来ている可能性は低いだろう」
「……それなら安心です」
フロートはそう言いながら右手をアリーシャへと差し出す。
不思議そうな表情を返してきた講師に対し、少女は少し困ったような笑みを浮かべた。
「実はまだ、この腕輪の効果範囲がちゃんと判ってなくて……触れていれば一緒に移動出来ると思うんです」
「ああ、そういう事か」
少女の行動に納得しながらアリーシャは右手を伸ばし――その一瞬、躊躇いがアリーシャの頭を過ぎったが、それを振り払うように差し出された手を握った。
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