帰還

 ラピスの言葉の後。

 先程の質問をカルロから再び投げられ、答えきれずに口をつぐんでいたレヴィスだったが、不意に魔力の揺らぎを感じて視線を動かした。

 その先にあったのは手首に着けた腕輪で、はめられた石が淡く緑色に光っている。


「あ」

 不思議そうに腕輪を見ているレヴィスに気付いたラピスが短く声をもらす。

「トレヴァン、今すぐ部屋の中央に移動して床に座れー。それから両手を前に出して動くなー」

「え? ……はぁ……」

 講師の指示に首を傾げながらも大人しくそれに従う。

 その間にも石の色は濃くなっていき――綺麗な翠色になった時、石から光が溢れた。

 驚いたレヴィスが思わず両目をぎゅっと瞑ると同時に。


「……わっ⁉」

「!」

 焦ったような声が聞こえて『何か』が出していた腕の中に飛び込んでくる。

 聞き覚えのあるその声にレヴィスはパッと目を開けた。

 真っ白だった視界が戻るにつれて、見えてきたのは見慣れた淡い茶色の髪。

 レヴィスは広げていた腕でそこにいた少女を抱きしめた。

「……え……レヴィス君!?」

「無事だったんだな、良かった……!」

 突然強く抱きしめられて顔を赤くしたフロートだったけれど、恥ずかしそうにしながらも青年の背中に腕を回す。


 ……通常ならラピスがそれをからかい、カルロが騒ぎ立てるところだが、その二人の視線はその横にいた別の人物に注がれていた。

「アリーシャ……⁉」

「……いきなりご対面かよ……しかもカルロまで……面倒臭ぇなあ……」

 呆然とした表情の二人に対しアリーシャは渋い顔でがしがしと頭を掻く。

「お前……今までどこに……」

「…………」

 動揺を隠せない様子で呟かれたカルロの問いかけにアリーシャは何も答えない。


 それを見ていたラピスは目を細め、アリーシャから視線を逸らす事なく口を開いた。

「……ボクらはちょっと大人同士の話があるからー……悪いけど二人とも部屋に行っててもらえるかなー? 部屋でなら好きなだけいちゃついて良いからさー」

「……いやいやいや! 節度は守るように!」

 ラピスの言葉を聞き、ハッと我に返ったカルロが即座にそれを訂正する。


 レヴィスとフロートはラピス達とアリーシャを交互に見ていたが、やがてお互い身を引いて立ち上がった。

「話が終わったら改めて今後の話し合いするからー。それまでは部屋でゆっくりしとけー」

「判りました」

 ……警戒しているのだろう。

 アリーシャへ向けた視線を動かすことなく発せられた言葉にレヴィスは短く返事をして部屋を出て行く。

 一方、フロートは心配そうに三人を見ていたけれど外にいた青年に促されて、部屋のドアをゆっくりと閉めて出て行った。


「それじゃ詳しい話を聞こうかー」

「…………」

 いつものように間延びした口調ではあるがその表情と視線は鋭くアリーシャを射抜いている。

 それでも口を閉じていたアリーシャだったが、やがて開いた口からため息を漏らした。

「国をぶっ潰そうとしてたけど、相方に裏切られて時空の狭間に飛ばされたんだよ。アタシの感覚では一日しか経ってないが、こっちじゃ十日経ってたらしいな。……大方、アタシが行方不明になってちょっとした騒ぎになってたんだろ?」

「時空の狭間だと……?」

 驚きを通り越して疑わしさが先に立ったらしい。

 カルロが訝しむ表情を浮かべる横で、ラピスもそれに近い視線を女性へと向けている。

 そんな二人を見たアリーシャは肩をすくめて首を横に振った。


「アタシの話が信じられないならティルルに聞けよ。こっちでティルルが消えてからどのくらい日が経ってるか知らないが……ティルルが狭間にいたのは一時間経つか経たないかくらいだと思うぞ」

「…………」

 ラピスは厳しい表情のままだったけれど、しばらくして大きく息を吐く。

「いいさ、信じてやるよ。そもそもあのエルフ、空間魔法を使ってたし……ミストゲートの魔力を利用してそれくらいはするかもしれないからな」

「……エルフ?」

「ああ」

 ピクリと眉を動かした女性に対してラピスは短い言葉を返す。

「トレヴァンの知り合いらしいけどな。ミストゲートでそいつに襲われたんだ。フロートはその時にオマエの言う狭間に飛ばされたんだよ」

「……あの野郎……」

 憎々しげに舌打ちした後、アリーシャは真っ直ぐラピスを見る。


「今更隠す事は何もない。アタシの知っている事は全部話す。だから……お前達が知っている事も全部教えろ」

「オマエが全てを話すのは当然の事だけど……まあ、いいさ。特別に今判っている事を全て教えてやるよ」

 どこか上から目線の物言いにアリーシャは反発したくなったが――それをしたところでこちらが全て話さなければいけない事に変わりは無い。出かかった言葉を飲み込んで。クォルがどうしてこういう行動にでたのか……彼が『マリドウェラの悲劇』を知った経緯から話し始めた。


「……ふーん……」

 アリーシャがクォルから聞いていた研究機関での出来事を話し終わると、ラピスはつまらなさそうな顔に皮肉交じりの笑みを浮かべた。

「流石エルフ、盗み聞きとは恐れ入る」

「お前も半分はエルフだろうが」

 小馬鹿にしたような物言いに呆れを隠さず突っ込みを入れるが、当の相手は非常に心外そうな表情を向けてくる。

「ボクのベースはドワーフだからねー。一緒にされるのは気にいらないなー」

「お前……いや、何でもない。とにかく、アイツがロアドナを憎むきっかけはそれだと聞いている。トレヴァンを使おうと思ったのは、ロアドナがマリドウェラにやった事をそのままやり返すんだと言っていたが……」

「そこが違うんだよなー。あのエルフはトレヴァンの力をロアドナを潰すために使うんじゃなくてー、過去に戻って暴走事故を起こさせないために使うって言ってたんだよねー……まあ、時間を移動する時の魔法を構築する過程で場所を移動する空間魔法を確立させたっていうのはしっくりくるからー、ボクらが聞いているのが本当の目的な気はするけどー……」


 そこでラピスは言葉を切り、眉間に皺を寄せながら口元に手を当てた。

「正直、あのエルフがトレヴァンを大事にしている印象はあまり感じないんだよねー……口では忘れ形見とか言ってたけど、暴走事故を防いだとして、その後トレヴァンがどういう状況に置かれるか……少し考えれば判りそうなものだけどー……」

「…………」

 疑問を躊躇わず口にするラピスに、カルロは若干居心地が悪そうに視線を落とす。

「こら」

「いてっ!」

 その様子にすぐ気が付いたラピスが男性の背中を勢いよく叩き、思わずカルロは非難の目をラピスへと向けた。


「何でオマエが申し訳なさそうにしてるんだよー?」

「……いや……そうなったら多分、主に動くのはオレだろうから……」

「仮にそうでもそれは『オマエ』が気にする事じゃないだろー。下らない事で落ち込むなよ下らないな本当にもー」

「……ごめん」

 早口で捲し立てられ、先程とは違う表情でしゅんとした男性に対し、呆れの混じった視線を向けてからラピスはアリーシャに向き直る。

「話はまあ大体判ったよー。オマエの言い分も判らなくはないけどー……国に害を為そうとしたオマエをボクらは放置出来ないー。アカデミーに戻ったらしかるべき場所でしかるべき罰を受けてもらう事になるー。それまでオマエの行動は制限させてもらうよー」

「…………」

 ラピスの言葉にアリーシャはスッと目を細め――しかしすぐに諦めに近い表情で小さく笑った。

「こうなった以上は仕方ない。大人しく従うよ」

「……随分と素直だなー?」

「色々動いて結局失敗してるんだ。諦めもつくってもんだろ?」

「…………」

 肩をすくめて話すアリーシャをじっと見つめていたラピスだったが、それ以上何か言うことはなく。彼女の監視をカルロに頼み、自身は部屋を出て行った。

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