疑惑

 試験が終わった日の夕方、レヴィスとフロートはラピスからの呼び出しを受けて彼女の部屋へやって来ていた。


「待ってたぞー。とりあえずそこ座れー」

 入ってきた二人へにこにこと笑顔を向けながら、ラピスは二人掛け用のソファーを指差す。

 促されるままソファーに腰掛けたレヴィス達の対面にラピス自身も座り、足をぱたぱたと動かしてにっこりと笑みを浮かべた。

「試験は予想以上の結果でボクも満足だよー。そんな訳でー……」

 言葉の途中、ちらりとラピスは横に立っているカルロに視線を送る。

 それを受けたカルロは頷きをひとつ返し、二人へ差し出しされた手には水晶がふたつ乗せられていた。

「ユバルとペルティガの指定アイテムだ。大事に持っておくように」

「はい」

 ……そういえばペルティガでは移動が慌ただしくてアイテムをもらっていなかった。そんな事を思いながらレヴィスは水晶を受け取る。


 水晶の受け渡しが終わったのを見計らい、再びラピスが口を開いた。

「んでー、これはボクから個人的なプレゼントー。自信作だから大事にしろよー?」

 得意気に笑いながらラピスが取りだしたのは同じデザインの腕輪二つだった。ただし装飾の色は違っており、ひとつはベースカラーが赤、もうひとつが緑である。

「……マジックアイテムですね。使い方は……?」

 腕輪に内包されている魔力に気付いたレヴィスが顔を上げ、それにつられる形でフロートも視線を移す。

 それに対しラピスは「ふふふー」と楽しそうに笑った。

「ひみつー」

「…………」

「待て待てー。そんな顔をするなー」

 顔を引きつらせた青年に、講師の女性はニヤニヤ笑いつつ腕組みをする。


「そんな簡単に教えたらつまらないだろー? 精々頭を捻らせて考えろー。……まあヒントくらいはあげても良いけどなー。この腕輪はふたつでひとつのアイテムだー。単体ではお前達のイメージカラーで造った、ただの装飾品だよー」

「イメージカラー?」

「そうそうー。赤がトレヴァンで緑がフロートねー。見た目の印象でボクが勝手に決めたー」

「…………」

 その言葉に二人はお互いを見やる。

 レヴィスが赤なのは髪色からの印象で、フロートの緑は髪留めやローブの色からだろうか。

「……安直……」

「んー? 何だってー?」

「いえ、何でもありません」

 思わず口をついて出たレヴィスの言葉にラピスが反応し、それに対してフロートが慌てて誤魔化すように口を挟む。


「アイテムを渡すために呼んだんですか?」

 フロートが貰った腕輪を身につけながら質問を飛ばせば、その相手は「いいやー」と首を横に振った。

「それだけじゃなくてー、これからロアドナに戻るお前達にちょっと注意事項を伝えないといけなくてなー」

 椅子に座り直し、姿勢を正したラピスの顔からふっと笑みが消える。

「実は一週間くらい前からアリーシャが行方不明になってるー」

「……え?」

 思いもよらない言葉にレヴィスは眉を潜める。一方、ラピスは腕組みをした状態で息をついた。


「それでアカデミーから捜索命令が出ててー……ボクも参加する予定だったけどお前らの事があったから代わりにラマを行かせたんだけどさー……アリーシャの奴誰かと何か企んでたらしくてなー……」

「企むって……何を……?」

「それはまだ判ってないんだー。アリーシャが会ってた奴も特定出来てないしー。だけどー……お前ら、初めの遺跡に侵入した奴がいたって話は覚えてるかー?」

 じっとこちらを見る講師に対し、レヴィス達は顔を見合わせた後で頷きを返す。

「はい。それで試験方法が変わったんですよね」

「ラマ達の調べではその手引きをしたのがアリーシャらしいんだー。その後で試験方法の見直しが入った訳だけどー、真っ先に試験官を買って出たのもアリーシャなんだよー。そこにトレヴァンへの過剰な負荷による魔力暴走未遂でねー……まだ上に報告はしてないようだけどー、ラマはアリーシャ達の狙いがお前らというかー……トレヴァンにあると踏んでるー」

「え……」

 真っ直ぐ視線を向けられて、レヴィスは戸惑った声を上げる。ラピスは真面目な表情のまま言葉を続けた。

「さっきも言ったけどアリーシャ達の目的はまだ判ってないー。だからこっちも罠を張る事にしたんだー」

 そこでようやくラピスの口に笑みが浮かんだが、いつものそれとは違い、どこか冷たさを感じるような笑みだった。


「卒業試験期間中を狙ったのはトレヴァンの監視がアカデミーにいる時よりも緩くなるからだと思うー。だからアカデミーに戻る前にもう一度接触があるだろうというのがボクとラマの共通意見だー。ボクらはそこを狙うー」

「それは……」

 戸惑いつつもレヴィスは眉を僅かに潜め――それよりも厳しい表情を浮かべたフロートが口を開く。

「……それは、私達を囮にするということですか?」

「ぶっちゃけるとそうだねー」

 あっさりと言い放ったラピスにフロートだけでなくレヴィスの表情も険しくなる。

 一方、少し困惑した様子でカルロがラピスに視線を落とした。

「……ラピス、それは聞いてなかったけど……」

「今言ったー」

「いや、それは流石に危険だと思……」

「──ならすぐに打てる手があるとでもー?」

 カルロの言葉を遮ったラピスの表情は冷ややかだ。一度反論しようと口を開きかけたカルロだが、思い直したように口を閉じて視線を逸らした。


 カルロが黙ったのを確認した後、ラピスは顔を正面に戻して二人を見る。

「正直なところ目的がはっきりしてないから何が起きるか判らないー。有事にボクらがお前らを助けられるって保証も出来ないー。だから何かあった時は自分達で解決する方法を考えろー。他人に期待するなー」

 そこでラピスは言葉を切り、ふっと口元に笑みを浮かべた。

「お前らなら大丈夫だよなー?」

「…………」

 その言葉にレヴィスとフロートは視線を交わし、講師と同じようにふっと笑う。

「……それ、囮っていうんですか?」

「囮だろー? 自分達を餌にターゲットを釣ろうとしてるんだからさー」

 呆れたような青年の声にラピスがニヤリと笑みを返す一方、隣に立っていたカルロは渋い表情で頭をガシガシと掻いていた。

「……トレヴァン」

 やがてカルロは苦虫を潰したような顔で青年の名を呼ぶ。

 レヴィスが視線を正面の女性から横の男性へと移せば、その相手は鋭く射抜くような目を返してきた。


「真意は不明でもお前が目的だというなら暴走しやすい……いや。今は暴走しやすかった、だが……お前の魔力を狙っての可能性が高い。それもマリドウェラの悲劇が起こった原因を知っている人物だ。……言わなくても判っていると思うが、もしまた魔力暴走による事故が起こればお前は完全にロアドナの監視下に置かれる。それを忘れるなよ」

「はい」

 姿勢を正して短く声を返してきた教え子に、カルロは少し表情を緩める。

「魔道士コース講師の大半はお前への抑止と監視のために集められているが、別にお前が国の監視下に置かれるのを望んでいる訳じゃない……それも覚えておいてくれ」

「……はい」

 後半、小さくだが付け加えるように呟かれた言葉にレヴィスも僅かに表情を緩め――横にいた二人も柔らかい笑みを浮かべてそれを見ていた。

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