誰かの希望
夜明けまでおよそ一時間。暗い部屋の中でレヴィスは音をたてないよう静かに体を起こした。
視線を横へ移せば、すぐ隣でぐっすりと寝ているフロートの姿がある。
「…………」
ほんの数時間前の出来事を思い返し。
気恥ずかしさから視線を逸らしたレヴィスはベッドを降りると、床に落ちていた服を手に取った。
服を着る途中、レヴィスは机の上に置いてあった腕輪へと目を向ける。
いつでもフロートの所に戻れる道具だが……これを持っていると決意が揺らぐかもしれない。
レヴィスは腕輪に手を伸ばさず、荷物をまとめてゆっくりとドアを開けて部屋を出た。
「……あー……やっと出てきたー……」
ドアを閉めた瞬間、真横から聞こえた声にレヴィスはビクッと体を震わせ、そちらへ顔を向ける。
部屋の入口横、しゃがみ込んで壁にもたれていたラピスが眠そうに欠伸をしていた。
「待ちくたびれたよー……うー、眠いー……」
「い……いつから、ここに……?」
ゆらゆらと頭を揺らしている講師に対し、レヴィスは真っ白になりそうな頭を必死で回転させる。
……ここに来た時間にもよるが、もし数時間前からいたとすれば色々聞かれていたかもしれない訳で……。
エルフもそうだがドワーフも耳はいい。そのどちらでもあるラピスの聴力が悪い訳がない。
様々な考えがレヴィスの頭を巡る一方、ラピスはぐらぐらと船を漕いでいる。
「んー……一時間くらい前かなー……」
「そ、そうですか……」
ラピスの回答にホッと胸を撫で下ろすレヴィスだったが、続けられた言葉には顔を引きつらせるしかなかった。
「流石にボクも学生の情事を盗み聞きする趣味はないしー……空気は読んだよー」
「……何でそれは知ってるんですか……」
「オマエらがその話をしてる時に部屋の前にいて偶然聞いちゃったからー」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、レヴィスの表情が強張ったものへと変わる。
「……俺を止めに来たんですか?」
目を細める青年に対し、ラピスはさして興味なさそうに首を横に振った。
「昼間も言ったろー。ロアドナ側のボクらにオマエを止める権利はないってー。フロートが受け入れてる以上何も言う事はないよー」
ラピスは大きく欠伸をした後、立ち上がるとレヴィスを真っ直ぐ見据える。
その顔にいつもの笑みは浮かんでおらず、レヴィスは少し身構えるように姿勢を正した。
「言う事はないけど……聞きたい事はあったからさ。オマエ……自分のためだけに動こうって思った事はないの?」
「……どういう意味ですか?」
質問の意図が判らなかったレヴィスは眉を潜める。一方、ラピスの顔には呆れの色が浮かんだ。
「どうもこうも……今回の件だってあのエルフの希望を叶えるためだし、そもそもロアドナに来た後も流されるままにアカデミーに入り、卒業後だって国の言う事をそのまま受け入れるつもりなんだろ。自分の意志はないのかって聞いてんだ」
「…………」
つらつらと述べられた言葉を聞いた青年の顔は虚を突かれたものになった後、諦めたような自嘲の笑みが浮かぶ。
「経緯はどうあれ、里の皆を殺した俺に……自分の思うように生きる資格はないでしょう」
淡々とした返答に対して、ラピスは大きくため息をついて首を横に振る。
「……そういう考えでいるなら、何でフロートの希望じゃなくてあのエルフの希望を選ぶ?」
その問いかけにレヴィスは一瞬言葉を詰まらせた――が、すぐに口を開いた。
「あの事故がどうにか出来るなら……俺には、それを行なう義務があるからです」
「国が仕組んだ事で、あの時のオマエにはどうしようもなかったのにか?」
「……はい」
「…………あっそ」
返ってきた答えに呆れを隠さず短い言葉を呟き、ラピスは壁側に身を引いて道を開けた。
「時間を取らせて悪かったな。行っていいよ」
「……はい」
レヴィスは視線を合わせずにラピスの前を通り過ぎ――少し歩いたところで足を止めて振り返る。
「すみませんが……フロートの事、宜しくお願いします」
「オマエに言われなくてもそのつもりだよ」
「……有難うございます」
ぶっきらぼうに吐かれた言葉にレヴィスは少し笑い、一礼をしてから背を向けて歩き出す。
「…………」
レヴィスが完全に見えなくなった後、ラピスはゆっくりとドアを開けた。
寝入っている少女に気付かれないように気配を押さえつつ、ラピスは机の上に置かれていた赤色の腕輪を手に取り、そのまま部屋を出る。
音をたてないようにドアを閉めたラピスは天井を仰いだ。
「……ホント、親子揃って融通がきかないな、ウィルシア……」
天井に向かい発せられた言葉は静かに響く。
僅かな時間、ラピスは天井を見上げていたが、やがて息を吐いて踵を返してその場を離れて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます