後始末
アリーシャがいなくなり、魔法陣の光も完全に消えたところで、ラピスがぐるっと腕を回して魔法陣の前に立つ。
「そんじゃさくっと終わらせよっかー」
「はい」
それに続く形でフロートも魔法陣の前に立ち、若干面食らった表情でそれを見ていたレヴィスはカルロに肩を掴まれる。
「下がれ、トレヴァン。術の邪魔になる」
「……あの、何を……?」
戸惑ったような問いかけに対し、カルロは顔をラピスの方へ向けたまま口を開く。
「――今から、魔法陣の痕跡を完全に消す」
「え……」
レヴィスは戸惑いの表情のまま、改めてそちらへ視線を向けた。
ラピスがアリーシャに『上手く事を運べば未来に送る』という話を持ちかけたのはレヴィス達の会話を聞いたすぐ後である。
当初カルロは反対したが、ラピスに頭を下げられ、懇願されて最終的には賛成に回る。けれども直近の問題がひとつあった。
それはロアドナがアリーシャの捜索を未だに行なっている事。
彼女を未来に送ったとしてそれを国へどう報告するのか。ましてカルロは直々にアリーシャ捜索の命令も受けている。更に最終試験の試験官を務める予定であるマグルスもこちらに向かっており、経過報告も行なわなければならない。
……正直、マグルスを誤魔化す自信のなかったカルロは頭を悩ませるが、それをみたラピスは迷わず声をかけてきた。
「マグルスさんにはボクが話をつける。オマエは普段通りにしてればいい。ただ、ひとつだけ……アリーシャの護衛をしながらトレヴァンの後をつけて、アリーシャを過去に送ってくれ」
そうラピスに頼まれたカルロは夜明けに出て行ったレヴィスをアリーシャの隠匿魔法で姿を隠しながら共に追い、アリーシャを過去に送って――その後、やってきたマグルスへ状況を伝えた上でカルロ自身はその場に残り、ラピス達を待ちながら魔法陣の解析を行っていた。
それからマグルスを説得したラピス達と合流。マグルスは国への報告を先に行うために戻り、ラピスを交えて魔法陣の解析と書き換えをして、レヴィス達が来るのを待っていたのである。
「時を越える魔法陣があると良からぬ事を考える輩が出てくる。それを防ぐために魔法陣の痕跡を完全に消した上でアリーシャはあのエルフと共に時空の狭間に消えたと報告をする。時間をかければ時空の狭間に行く方法を確立出来るだろうが、時間の流れが違うような場所に彼らが長くいるとは上も考えない。捜索は継続されるだろうけど、それもそう長くは続かないはずだ」
説明を口にするカルロに対し、レヴィスの眉が僅かに潜められる。
「……クォルさん達の件はそれでいいと思いますが……魔法陣の痕跡を完全に消すなんて出来るんですか……?」
「普通は出来ない。……まあ、見ていろ」
青年の疑念を肯定しつつ、カルロの視線は真っ直ぐラピスへと向けられていた。
両手を広げたラピスの体から淡い光が滲み出てくる。
魔力や法力を探知出来る者であれば右手を中心に魔力、左手を中心に法力が発せられているのが認識出来る状態だ。
滲み出た光は地面を伝わり、ゆっくりと魔法陣を包み込むように広がっていく。
光が完全に魔法陣を覆ったところで、深呼吸をひとつしてから、フロートが両手を魔法陣へとかざす。
かざした手から生まれた光が強くなるにつれ、地面に刻まれた魔法陣の紋様が少しずつ薄くなっていくのが、離れた場所にいるレヴィスにもすぐに判った。
「……これは……中和……?」
「正解」
驚きを隠せない様子のレヴィスの隣、カルロは視線を動かさずに短い言葉を返す。
「お前の言う通り、普通は魔法陣を消しても何かしらの痕跡は残る。だがティルル家が持つ調律術の真価は力の調整ではなく中和出来る事にある。どれだけ強い力があっても中和されたら何の意味も持たないからな。……お前も一度、ペルティガで経験したんだろ?」
その言葉にレヴィスは記憶を辿り――ペルティガでラピスから強引に魔力暴走させられそうになった時のことを思い出し、頷きを返した。
「とはいえ流石にティルル一人じゃ無理だったが……今回はラピスが魔法陣と同等の力をぶつけて、それをティルルが調整して中和させている。ラピスの力とティルルの術がなきゃ出来ない事だ」
「…………」
レヴィスは改めてフロート達の方を見る。
彼等が話している間も魔法陣は光の中でその姿を薄めていた。そして――……。
「……ふー……こんなもんかなー……」
完全に紋様が消えて、ラピスが深い息を吐きながら力の放出を止めた。それを見たフロートも術を解き、大きく息をつく。
「おーいカルロー、どうだー?」
「……うん、大丈夫。魔力探知でも何も感知出来ないよ」
「オッケー」
素早く周囲へ魔力探知を試みたカルロからの返事を聞き、ラピスはレヴィスとフロートのそれぞれに視線を送る。
「とりあえずこれで一段落だー。オマエらはアカデミーに戻って卒業試験完了の報告をしてー、それからゆっくり休めー」
「……え? でも確か、もうひとつ……」
「あ、そうだった……あのね、レヴィス君が過去に行っている間に最終試験はクリアしたから、後はアカデミーで集めたアイテムを提出するだけなの」
首を傾げるレヴィスに対し、フロートは思い出したように説明をする。
「……そうなのか」
「うん。ほらこれ、最後のアイテム」
そう言いながら少女が取りだした水晶を見て、レヴィスは「ああ……」と、納得したように息をついた。
一方、ラピスは二人に向かって手を前後に動かす。
「ほらー、疲れてるだろうけど締め切りまであんまり時間もないからさっさと行けー。流石に疲れたんでボクらはゆっくり行くからー。……戻ったらまた面倒な追求されるしなー」
そう話すラピスの顔に後半、ややうんざりしたような色が浮かんでいる。
講師のそんな表情を見た二人は視線を交わし、それからお互いに苦笑いを浮かべた。
「それじゃ……先に戻りますね」
「おー。後でなー」
軽く頭を下げた後、言葉を交わしながら離れて行くレヴィス達の背中を見送り。
ラピスはくるっとカルロに向き直る。
「おいカルロー、ちょっとそこ座れー」
「?」
唐突な命令に首を傾げつつ、大人しくそれに従って腰を下ろす。
ラピスは何も言わず、背後に移動してから自身も地面に座り込むと、背中を合わせてもたれかかった。
「疲れたからちょっと寝るー。その間動くなよー」
「……了解」
背中越しに相手が小さく笑ったのが伝わり、ラピスは口を開きかけ――しかし思い直して、口と一緒に目を閉じる。
「……お疲れさま、ラピス」
しばし間を置いて背後から聞こえてきた寝息に、カルロは再び笑みをこぼした。
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