変化

「……あれ!? レヴィス君!?」

 早朝、商店街をふらついていたレヴィスは背後から聞こえた声に振り返る。そこにはシルヴィとロマーナがいて、驚いた様子でこちらを見ていた。

「目、覚めたんだ! 良かったー!」

 ほっとした表情で近付くシルヴィに対し、ロマーナは周囲を見回してから不思議そうな視線をレヴィスへ向ける。

「一人? ティルルさんは?」

 ロマーナの問いかけにレヴィスは一瞬困ったような表情を浮かべ――それから視線を反らして口を開いた。

「……宿にいる……と思う」

「は?」

 はっきりしない物言いにロマーナは眉を潜める。


 ……あの後、宿に戻り辛かったレヴィスは酒場で時間を潰し、そこを出てからは町の周囲を散歩しながら朝を迎えていた。

 よく見ると彼の目の下にうっすらくまがある事に気付いた二人は顔を見合わせて、それからレヴィスを改めてじっと見つめた。


「トレヴァン……あんた、いつ目が覚めたの」

「……昨日の夜」

「もしかしてレヴィス君、起きてからずっと出歩いてた?」

「……ああ」

「あんた馬鹿じゃないの!?」

 目を反らしたまま答えたレヴィスに、ロマーナは呆れを隠さず言い放った。

「意識失うほど消耗してたくせに、起きてすぐ夜通し出歩いて……しかもあんなに心配してたティルルさん放っておくとか、馬鹿にも程があるわ!」

「ロ、ロマーナ! 落ち着いて!」

 声を荒げてまくし立てる相方を抑え、シルヴィはレヴィスに柔らかい笑みを向ける。


「えっと、フロートと何かあったの? もし差し支えなければ教えて欲しいな」

「…………」

「トレヴァン!」

 優しく話しかけるシルヴィにも目を合わせない青年へロマーナが苛立った様子で声を上げ、ようやくレヴィスは口を開いた。


「……昨日、ついイラッとしちまって……キツイ言い方したから戻り辛いんだよ」

 しぶしぶ理由を口にしたレヴィスに、ロマーナとシルヴィは少し驚いて目を丸くする。

「……イラッとした?」

「レヴィス君が?」

「……ああ」

「…………」

 小さく呟いた言葉を聞いた二人はしばし考え込み――それから、同時に表情を和らげて微笑む。

 ……二人の頭の中にあったのは「これはけしかけるしか!!!」だった。


「何があったのかは知らないけど……悪いと思っているならお詫びの品でも持って謝りに行けば? そうしたらティルルさんも許してくれるでしょ」

「……お詫びの品?」

 興味を惹かれたような表情をレヴィスが浮かべたのを見て、シルヴィが「そうそう」と言いながら笑顔を向ける。

「別に高価な物じゃなくて良いから……美味しい食べ物とかお菓子とか、フロートが喜びそうな物を選んで持って行ったらいいよ」

 口元に手を当てて黙ってしまったレヴィスに対し、畳みかけるようにシルヴィは言葉を続けた。

「もしね、フロートが怒ってるんじゃなくて落ち込んでるなら、謝るのと一緒に慰めの言葉をかけるとか、何でもいいからしてみたら良いんじゃないかな?」

「…………判った。そうする」

 二人の言葉にレヴィスは呟くように言った後、何か考え込むように顎に手を当てながら歩いて行く。

「レヴィス君、頑張ってねー」

 離れて行くレヴィスをしばらく見送っていたロマーナとシルヴィだが、ある程度距離が開いた所でお互いに顔を見合せた。


「聞いた? ロマーナ!」

「……驚いた……」

 先程までとは一転、ハイテンションで騒ぐシルヴィに対し、ロマーナは驚きを隠せない様子で呟く。

「あの、基本的に他人に無関心なトレヴァンが……アカデミーでは考えられないわ……」

「しかも何かちょっと落ち込んでたよね! アレは! ヤバイ、レヴィス君可愛かった! 何があったか知らないけど、フロートよくやった!」

 ぶんぶんと両手を勢いよく振りながら興奮気味に話すシルヴィへ同意するようにロマーナも口を開いた。

「そうね……あの娘相手じゃトレヴァンも普通の男だったって事か……って、こうしちゃいられないわね。私、ティルルさんの様子を見に行ってくる」

「うん、そうだね! 宜しく! あたしはレヴィス君の後を追いかける。お詫びの品とか何を選ぶのか気になるしどんな顔して選ぶのかも気になるし」

「……発言が完全にストーカーね……まあ、気付かれないように……トレヴァンが戻る前にこっちに来なさいよ」

「うん! また後でね!」

 若干引き気味に言葉を零したロマーナにシルヴィは笑顔を返し、楽しそうにレヴィスの後を追いかけて行く。

 それを見送ってから、ロマーナは踵を返して足早に宿へと向かった。




「ティルルさん、いる?」

 宿に到着したロマーナがドアをノックすると、間を置かず部屋の中からバタバタと足音が聞こえ、部屋のドアが勢いよく開かれる。

「……あ」

 フロートは外にいたロマーナの姿に一瞬落胆の色を見せるが、すぐにいつも通り笑顔を浮かべて姿勢を正した。

「おはよう、ロマーナさん」

「……おはよう」

 どうやらこの少女もほとんど眠っていないようだ。先程の青年よりも目の下のくまが濃いフロートを見ながら、ロマーナは部屋の中に入る。

「さっきトレヴァンに会ったけど……昨日何かあったの? 出て行ってから宿に戻ってないって言ってたけど」

 その言葉にフロートは俯き加減に視線を反らしたが、再び正面を向いた顔に浮かんでいたのは少し困ったような微笑みだ。


「……ちょっと昨日、気に障ることを言っちゃったみたいで……怒らせたというか、気を悪くさせちゃって、それで……」

「…………」

 少し間を置いて申し訳なさそうに話すフロートに、ロマーナは先程のやりとりを思い出し――はぁ、と小さくため息を漏らした。

「トレヴァンはトレヴァンで自分の発言を後悔してたようだから、ティルルさんが気にすることはないわよ。お詫びに何か買ってきなさいって話したからもうすぐ戻ってくると思う」

「あ……そう、なんだ……」

 ロマーナの言葉にフロートがほっとした表情を浮かべた時、部屋の外から近付いてくる駆け足の音が聞こえ、二人はそちらの方へ顔を向ける。その瞬間、ノックなしで勢いよく開けられたドアに驚いてビクッと身体を震わせた。そこに立っていたのはシルヴィだ。


「……お邪魔しますっ!」

 シルヴィはそう言った後、ロマーナの腕を取ってからフロートの方を向く。

「ごめんフロート! ちょっと洗面所借りるね!」

「えっ? あ、うん。どうぞ」

「有り難う!」

「ちょ、シルヴィ! 待って……」

 勢いに圧される格好で返事をしたフロートにお礼を言い、何か言いかけたロマーナを引っ張って洗面所へと向かった。

 バタンと洗面所のドアが閉まり、部屋で取り残されたフロートは頬を掻きながら椅子に座る。

 そして息をついて外に視線を移したところで再び部屋にドアをノックする音が響く。フロートが椅子から立ち上がるとほぼ同時に、部屋の中に入って来たのはレヴィスだった。

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