第136話召喚ケルベロス

 冥界の番犬とも言われるケルベロス。大きく剥き出しになっている牙は太く。一度でも噛みつかれたら肉だけでなく骨ごと持っていかれる気がしてならない。


 戦いを前にして喜びが勝っているのか。尻尾はぶるんぶるんに触れている。あと、よだれは凄い垂れているし、目も真っ赤で普通じゃない。


『おやつ、おやつ』

『壊したい、この世のすべてをぶっ壊したい』

『スピードで翻弄するぞ』


 真ん中の奴は完全にいってしまっているので期待はできそうにない。左右のケルベロス君たちに頑張ってもらおう。


 ケルベロスは素早い動きでステップを刻みながらジョーカーさんに近づいていく。一歩一歩にフェイントをいれつつ、ジョーカーさんの動きにあわせて特攻していく。


 その三者三様の考えで何故その動きが可能なのか不思議でならない。


 ケルベロスの動きには迷いも恐怖という感情もない。あるのは食欲と破壊衝動のみ。


 ひょっとしたら、これが魔物本来の心なのかもしれない。多少知能はあったとしても恐怖心がないから強い相手でも向かってくる。


 そうなると、右側の唯一意思疎通がとれそうなケルベロス君は召喚石によって変えられてしまった部分なのかもしれない。


 まともそうに見えたのが変えられた方とは、魔物と意思疎通をとることは無駄なのだろうとはっきり理解した。


 戦況を見ると防戦一方のジョーカーさん。元Bランク冒険者とAランクの魔物ではやはりケルベロスの方が優勢。


 ジョーカーさんは受けに回りながら、作戦を考えている様子。度々僕と目が合うのは、僕を倒せばケルベロスも消えるではとか考えていそうで気持ちがとてもブルーになる。


 まあ、今後のことを考えるならそういうのも検証するべきだとは思うんだけどね。例えば、僕がかなり距離をとって離れてもちゃんと動いてくれるかとかも。


「ひぃっ!」


 ゆっくり後ずさろうとしたのを見越してか、ジョーカーさんがナイフを投げてきた。


 そのナイフには「おいっ、どこへ行くんだ。楽しいのはこれからだろ?」的な意志がこめられているのは十分に理解している。


 しかしながら、ケルベロスが接近して混戦の中、無闇に魔法のスクロールを撃つわけにもいかないので、僕にできることはあまりない。


 でも、これは僕の実力を見るための手合せなわけで、ケルベロスの召喚石のテストは後付的なものに過ぎない。


「こわいけど、前に出るか」


 少なからず、僕が前に出ることでケルベロスの攻撃が通りやすくなる可能性もゼロではない。


 僕が先に倒される可能性はぐっと上がってしまうけど、それはそれでケルベロスがどうなるかの検証に繋がる。


「ケルベロス、僕に気をつけながら攻撃を続けて!」


『おやつ、おやつ、おやつ、おやつ!』

『ぶっ壊したい、ぶっ壊したい、目に見えるものすべてぶっ壊したい!』

『任せろ、主殿』


 本当に大丈夫何だろうか。不安でしょうがないけど、三番目のケルベロスを信じるしかない。


 僕が前に出るのを待っていたかのように、ジョーカーさんはスキルを使う。


 ケルベロスにはデコイを使用して、ステルスのスキルで僕の目の前に突然現れる。


「そのスキルはずるいです!」


「君にそんなことを言われるのは心外だね」


 ジョーカーさんからしたら僕の戦い方のほうがよっぽどずるいらしい。まあ、否定はしない。


 魔力はほとんどないので大盾で強引に吹き飛ばす。これもインベントリから急に出したからジョーカーさんの頭にはない攻撃になるはず。


 少しでも体勢を崩してくれればケルベロスが何とかしてくれる。


「甘いですね」


 その言葉の通り、僕の渾身のシールドバッシュはあっさり避けられてしまう。いや、こんなの普通避けられないってー!


 不様に大盾とともに前へとダイブしてしまう僕と、止めを刺そうと剣を振ろうとしているジョーカーさん。


「ちっ!」


 完全に諦めた僕を火の玉が救う。


 けたたましい轟音とともに通り過ぎたそれは真ん中のケルベロスが大口を開けてすべてを破壊し尽くそうと放った火の玉。


 運良く僕に当たらなかったのか、僕に当たらないようにジョーカーさんだけを狙ったのかわからない。


『惜しかった、破壊、惜しかった……』


 それはどっちの意味なの! 狙ったのはどっち! 僕、ジョーカーさん! それとも、両方!?


 まだ心から信用するのは難しいが、助かったのは事実。やはり無闇に近づくのは危険すぎたか。


 ここは、いったん引きつつ安全な拠点の上からの攻撃に変更するか、それとも最後の魔力を振り絞ってマジックソードに掛けるか。


 いや、もう一つあるか。


「ケルベロス、さっきの火の玉は魔法なの?」


『地獄の轟炎は、すべてを破壊する魔法』


 よしっ、魔法だ!


「それを僕に向かってもう一度撃て!」


『……わかった、主殿』


 一瞬の間はあったものの、僕の指示に対しては従順に動いてくれる。主の危険よりも指示に従ってくれたということか。


 僕はジョーカーさんをケルベロスとの間に挟むように動くと、すぐに真ん中のケルベロスが『ぶっ壊す!』と言って再び地獄の轟炎を放った。


 マジックリングをどこまで把握しているか。いや、そんなことはどうでもいい。この攻撃にすべてをかける。


 吸収して解放。吸収して解放。吸収して解放。


 その時間が一瞬であるほど攻撃は当たる。


 横に転がりながら、直前でかわすように避けたジョーカーさんに向けて僕は叫ぶ。


「ストック(吸収)、リリース(解放)!」

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