第126話アナスタシアとバルドル

 リンドンシティの冒険者ギルド長アナスタシア。彼女がギルド長になったのは、ちょうどバルドルが活動を始めた時期と一緒らしい。


 ただでさえ肩身の狭い思いをしているリンドンシティの冒険者ギルドにおいて、商会に害をなす盗賊団が元冒険者のバルドルだという噂が立ったことで更に風当たりが強くなったのだそうだ。


「若いのに苦労したんだね」


「冒険者ギルドの立て直しを図って若くて有能なアナスタシアを抜擢したらしいわね」


「それが、バルドルのせいで前途多難なスタートとなってしまったわけか」


 リンドンシティ出身のバルドルは冒険者時代も揉めごとが多かったらしく、同じくリンドンシティ出身のアナスタシアとは犬猿の仲だったのだという。


 悪質なクエスト妨害に冒険者への脅迫にいやがらせ。リンドンシティの冒険者は商会との繋がりが深く信頼関係が構築されていないと指名依頼も入らない。


 そうなると、バルドルとしても損はしても得になることはないはずだった。


 しかしながら、嫌われ者だからこそ利用しようと近づいてくる商会もある。ライバルの商会を蹴落としたい。損害を与えて優位に立ちたい。


 そういった悪感情から冒険者ギルドを通さない依頼がバルドルに入るようになる。そのうちの一つがスリーズモンド商会だったのだろう。


 そうなると、生きるためにお金を稼ぐためにしょうがなく冒険者として生計を立てていたバルドルに、冒険者ギルドに在籍し続けるメリットは失われてしまう。


ただでさえ、厄介者のレッテルを貼られ受注出来るクエストも少ない。当たり前に商会からの指名依頼も入らない。


 これがバルドルが盗賊として生きる決意を固めた要因となってしまった。


 俺を馬鹿にした指名依頼を寄越さない商会の奴らを痛めつけてやる。

 俺の実力を理解せずにクエストを出さない冒険者ギルドの奴らを見返してやる。


 そのバルドルの思いにスリーズモンド商会は応えた。バルドルが活動しやすいように山間部に複数の拠点を用意した。


 同じような考えをもつ冒険者を集めてはバルドルの拠点へ連れていき、その食料や武器も支援した。


 そうして、バルドル盗賊団はその規模、影響力を次第に拡大していった。


 もちろん冒険者ギルドも黙っていたわけではない。何度となくレイドを組みバルドル盗賊団の討伐に取り掛かってきた。


 しかしながら、何故か事前に情報が漏れているかのように姿を消し去ったり、逆に罠にはめられて反撃を食らうことまであった。


 正義感あふれるアナスタシアはこのレイドに幾度となく参加した。それは冒険者に対する悪評を変えるためでもあり、真面目に努力もせず逃げ、落ちぶれていった者を許せなかったからだ。


アナスタシアがギルド長になってから、情報漏洩に対する対策に取り組んだ。一体どこから情報が漏れているのか、深く調べようとすればするほどさらなる妨害に遭った。


 それはスリーズモンドが名誉男爵であり貴族であることから、いたるところで捜査をさせなかったのだ。


 彼らの言い分はこうだ。冒険者ギルドが大手の商会を捜査するなどありえない。商会はリンドンシティの冒険者ギルドへの依頼をすべて打ち切るぞと逆に脅してきたのだ。


 これには冒険者ギルドとしても収入の八割近くを占めている商会からの指名依頼を失う可能性があるわけで従うほかなかった。


 もちろん、すべての商会がスリーズモンドのように思っていたわけではない。しかしながら、解決できない理由を商会のせいにしてくる冒険者ギルドに協力をしようと歩みよる商会もなかったのだ。


「えっ、これだけの情報をたった一日で集めてきたの?」


「言ったはずにゃ。カルメロ商会を敵に回したことを後悔させてやるにゃ」


 もちろん、情報のほとんどはカルメロ商会がキャットアイの指示で集めてきたものだろう。


 それにしても侮れないカルメロ商会。カルメロさん自体はのほほんとした雰囲気なのに、商会の有能さは凄いとしか言いようがない。


 やはり上に立つものというのは、おおらかさというか、人当たりの良さみたいなものが必須なのかもしれないね。


 カルメロさんって心を許してしまうような懐の広さがあるもんね。その、恰幅がいいとかじゃなくてね。


「問題はこの後よね。アナスタシアさんとスリーズモンド商会がどう対峙していくのか」


 アナスタシアさんの表情からは徹底抗戦の構えだけど、問題はスリーズモンド商会の方だ。バルドルを切るのか、それともせっかくここまで育て上げたバルドル盗賊団を守るのか。


 まあ、守るといっても半数以上は天使さんに生まれ変わってしまっているわけなんだけどね。


「お手並み拝見にゃ」


 昨日から何度となく聞いた決まり文句。謎の上から目線の猫さんである。


 その日の夜に商会の代表者と冒険者ギルドによる話し合いが設けられることになった。

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