第148話最終訓練
「では、スタート」
とりあえず、猛ダッシュで距離を稼ぐしかない。僕は全速力で森を駆けていく。
ジョーカーさんが追い駆け始めるのはざっくり十分後くらいとのこと。
彼の冒険者ランクはB。アルベロよりも上のランクなのだ。あっという間に追いつかれてしまう。
遊撃ポジションをしていたということは俊敏性が高く、攻撃の引き出しも多いということ。
隠れてやり過ごすのも難しいだろう。魔力探索でだいたいの場所は探られてしまう。
なら、どうするか。
ひたすら受けにまわって、戦いながら森から出る。たとえジョーカーさんに勝てなくても、負けなければいいのだ。こちらは森から一歩でも外に出れば勝ちなのだから。
「なんだ。もう、あきらめたのか?」
は、早すぎる。本当に十分経ってから探しに来たのだろうか……。
「おい、何だその顔は。ちゃんと数えてから来てるから安心しろ」
「もう少し時間もらえませんか? これじゃあ、いくらなんでも難しいですって」
「却下だ!」
その返事とともに普通に僕に斬り掛かってくるジョーカーさん。この人、本気で殺しにきてる……。
「風車斬り」
この剣の型は攻防一体の技で片手剣を円を描くように回しながら攻撃を防いだり、または一点突破の攻撃手段としても使われる。
片手剣となり防御手段のない僕が一番最初に覚えた剣の型になる。何なら、これを一番練習している。
ジョーカーさんの剣を上手く弾きながらも、こちらも勢いまでは殺せずに吹き飛ばされる。でも、これでいい。そのまま離脱する。
「ほう。少しは様になってるじゃないか。だが、スピードはまだまだのようだな」
あっという間に追いつかれる。
こっちはずっと全速力で森を駆けているっていうのに、一体どんなスピードで来ているのか……。
多分、剣が届きそうな位置まで迫っている気がする。やるならここか。ステップを刻みながら的を絞らせずに接近戦へと誘導していく。
「回転斬り」
その名の通り、自身が回転しながら勢いをつけて攻撃を加える剣の型だ。これは攻撃後に隙が出やすいので、避けられないように注意しなければならない。
僕の狙いはジョーカーさんではなく、彼の持っている片手剣。
回転中にそっとマジカルソードに魔力を流しこみ、長さと斬れ味を高めている。
手合わせの時もマジカルソードで剣が溶けるように切れていったのは覚えている。ここで唯一の武器を壊しておけば僕の圧倒的有利が確定する。
その剣、根本から折ってやる!
「おっととと。狙いがバレバレなんだよ! っと」
「なぁっ!」
もう少しであたると思ったタイミングで剣を引かれてしまう。あっさり見破られたマジカルソードは空を斬り、体勢を崩された僕のお腹にに強烈な蹴りが入る。
大きく吹き飛ばされ、しかも息ができない。
それからは、文字通りボコボコにされて引きづられるようにしてスタート位置に戻されていった。
「休憩はそろそろ終わりだ。数え始めるぞ」
ポーションを飲んで怪我を治していたら、すぐに二回目のスタートが始まるという。
「は、早くないですか?」
「いーち、にー、さーん……」
「く、くそっ」
さっきは武器を壊そうと力が入ったところを見透かされてしまった。ここは当初の目論見通りにあらためて受けに徹しよう。攻撃は捨てる。ひたすら受けに受けまくって逃げよう。
僕が風車斬りの次に練習した剣の型、落葉斬り。これは舞い落ちる葉がゆらりゆらりと相手の攻撃をかわして受け流して相手の隙を作り出すという型である。
今回は上手くはまって隙を作り出したとしても攻撃はせずに距離をとろうと思う。ひたすら逃げに徹する。
さっきボコボコにされたからといって、チャンスとばかりに攻撃したりしない。
「そんなことだろうと思っていたよ」
「うげぇぇっ」
しかしながら、僕のそのスタンスは予め読まれていたらしく、体術メインで避けづらい体の中心を念入りに攻められてあっけなく倒された。
本日二回目のボコボコタイム終了から、すぐに三回目のスタートが切られてしまった。
僕にできることは何か。
普通の考えでは絶対に森を抜けられない。ならば、少しでもその歩みを止めるためにドランクモンキーを使おう。
「昨日の敵は今日の友、いや、敵の敵は……えーっと、もうどうでもいい。やってやろうじゃないか」
この森にマヌルグの木はいくらでもある。
インベントリに入れてマヌルーの粉にして、他はすべてゴミ箱へ。ひたすらマヌルーの粉にしていくと、山のようになったマヌルーの粉に火を付ける。火事にならないように気を付けつつインベントリで穴を掘ってその中でじっくりと燻していく。
これなら風が強く吹いても、煙しか出てこないので大丈夫だろう。
純度百パーセントが煙となってトルマクル大森林を駆け巡る。周辺にマヌルー玉も大量にばら撒いておけば準備は万端。
ザワザワと異様な雰囲気に包まれていく大森林。これでもかとドランクモンキーのマヌルー魂を刺激していく。
僕の手にマヌルー玉がある以上、たとえ千頭のドランクモンキーに囲まれたって逃げ切る自信はある。
一方で、ジョーカーさんはそういうわけにはいかない。ドランクモンキー達はマヌルー玉をとられまいと群れをなして向かってくるはずだ。
僕はその隙に一人離脱すればいい。
「ちょ、ちょっと待て! ニール、それはやり過ぎだ」
とんでもない数のドランクモンキーに追い掛けられながらジョーカーさんは現れた。
「ほーれー、ほーれー!」
知らんがなとばかりに、追加のマヌルー玉をジョーカーさん目掛けて大量投入し、僕はその場から逃げ去った。
師匠のご無事をお祈り申し上げます。では、さようなら。
すると、しばらくして今まで感じたことのない寒気が身体を一気に駆けめぐった。
ドドァアアーン、ドシシィーンとまるで怪獣でも現れたかのような大きな地響きが聞こえてくる。
その位置は間違いなく僕がマヌルーの粉を大量に燻したあたりからで間違いない。
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