第149話大猿ハヌマーン1
とても嫌な予感がする。長いことこの大森林で野宿を繰り返してきたけど、初めて感じる異様な気配。
さっきまで集まっていたドランクモンキー達が興奮して騒いでいたのとは逆に怯えるようにして喚き叫んでいる。
意を決して、うしろを振り返ると、とんでもないサイズの大猿が見えた。離れているから体長が判断できないけど、軽く十メートルオーバーと見ていい。
「マヌルーの煙が大物を誘き寄せてしまったのか……」
あの場所にはまだジョーカーさんがいる。僕が行ってどうにかなるとは到底思えない。でも、助けに行かなくちゃ。
マヌルー成分に誘き寄せられた大猿なら僕の持っているマヌルー玉の効果があるはずだ。
視線の先にはドランクモンキーを弾き飛ばしながら燻されたマヌルー成分に夢中な様子の大猿。キマりまくって暴れている感じだろうか。
意識が散漫な状態なのであれば、逃げ切ることも可能なはずだ。マヌルー玉の在庫はまだ十分にある。念の為に追加でマヌルグの木からマヌルーの粉を抽出しておこう。
ドランクモンキー多数、大猿一頭。僕のせいとはいえ、さすがにこの状況は想定することはできなかった。というか、無理だ。
ジョーカーさんも僕が大量のマヌルー成分を燻すとか思わなかっただろうけどさ。
まあ、もう終わったことだ。今はジョーカーさんを連れて、この森を脱出することを考えなくてはならない。
僕が現場にたどり着くと、そこには燻された煙が充満する中でキマりまくっているドランクモンキーと、もっと寄越せと暴れる大猿の姿。
「ジョーカーさん!」
煙を消そうと消火代わりにドランクモンキーを穴の中に放り込んでいるジョーカーさんがいた。
いや、消火目的なのかは不明だけど、何となく煙の量が減っている気がしないでもない。
「ニール! この煙を消す方法はないのか。さすがにこのままってわけにはいかない」
煙に夢中のうちに早く逃げ出そうと思っていた僕とは違い、ちゃんと消してから逃げようとしているようだ。
池の水ならまだ結構あるけど、煙を消すだけなら蓋を締めてしまえばいい。
「僕に任せてください」
この穴と同じサイズの土の塊をインベントリに入れてから下にそのまま落とす。三つも落とせば空気も無くなって自然に消えてしまうだろう。
ところが、僕たちが何をしようとしているのかを理解したらしいドランクモンキーが阻止するべく飛びかかってくる。
「ちっ、ニールは急いで蓋を……に、逃げろ!」
蓋をしろと言いかけたジョーカーさんの慌てた表情。これはあれだ、危険が迫っている。
大きな影に覆われるのを感じた瞬間に、身の毛がよだつ感覚に包まれる。すぐその場から逃げなければ殺されるという強烈な恐怖。
とにかく、少しでも影から遠ざかるようにダイブした。
次の瞬間、大きな音とともに地響きで激しく揺れる。
僕の後にいるのは間違いなくあの大猿だ。
「少しだけ時間をかせぐ。ニールは煙を!」
「は、はいっ」
僕と入れ替わるようにジョーカーさんが大猿の前に立つ。
「来やがれ、ハヌマーン。お前の相手はこの俺だ」
ジョーカーさんはこの場所から大猿ことハヌマーンを移動させるべく、風車斬りと回転斬りを合わせたような混合技でハヌマーンを後退させていく。
僕はその隙を逃さぬように土の塊をインベントリ経由で落としていき、地面を平らにしてみせた。
「ちょっ、く、来るな!」
平らにしたところを見たドランクモンキーが何てことをしてくれるんだとばかりに抗議の意を示してくる。
埋めたばかりなので、すぐに掘り返されてしまうとまた純度百パーセントの煙がもくもくと立ち昇ってしまう可能性がある。
せめて、そんなことが起こらないように土の塊を重ねるように積み上げていって一気に山にしてしまう。
ハヌマーンが掘ったらすぐに露出しちゃうかもしれないけど、そこまでは責任を持てない。
よしっ、ジョーカーさんは?
ハヌマーンを引きつけて防御に徹していたと思われるジョーカーさんだけど、大猿の巨体はとんでもないパワーなようで、いつの間にか全身傷だらけのボロボロな姿になっていた。
「ジョーカーさん!」
「よしっ、引くぞ」
少しでも時間を作るべく、僕はインベントリからマヌルー玉を取り出して離脱する逆方向へと何個も投げていく。
そして、そのうちの一つが見事ハヌマーンの口の中に入った。
これがドランクモンキーだったら強烈なマヌルー成分で気絶することもあり得るのだけど、ハヌマーンは耐えてしまう。もっと寄越せとばかりにギランとした鋭い目を向けてくる。
あれっ、逆効果だったのか。
「ニール、走れ! あと、粉でも玉でも何でもいいからこの場に置いて行け」
「は、はい!」
牽制しながら距離をとるジョーカーさん。マヌルー成分とちょこまかと動くジョーカーさんに苛立ちをみせているハヌマーン。
今なら隙をつけるかもしれない。
僕の動きに気づいたジョーカーさんはそのまま止めようとせずにハヌマーンの意識を自身に向けている。つまり、やってみろということだろう。
ハヌマーンの視線から外れるように気配を消して回り込む。
ここで、僕がこの特訓で生み出した必殺技をお見せしよう。必殺技といっても、インベントリとの合せ技なんだけどね。
「大地割り!」
インベントリは自分の手が触れているものに対して仕舞うことが可能なスキル。特訓中にマジカルソードに魔力を流した状態の時でも触れたものを仕舞えることがわかったのだ。
つまり、これはマジカルソードの攻撃とともに地面ごと抉り取って足元を崩すという必殺技なのだ。
僕からの攻撃を想定していなかったハヌマーンは突如足をとられ豪快に倒れていく。
「よくやったニール! 行くぞ」
「はい」
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