第107話旅立ち

 翌朝は旅立ちの日だ。イルミナ大聖堂にはすっかりお世話になってしまった。


「もう少しゆっくりされてもよいのではないですか?」


「いえ、もう十分にのんびりさせていただきました。神官さんや聖女見習いのみなさん、料理長さんにもよろしくお伝えください」


「とても残念ですが……またイルミナ大聖堂にいらっしゃる日を楽しみにお待ちしております。この絵画も大聖堂の一番目立つところに飾りますね」


 それは聖女マリアンヌと聖獣様と名付けられたビッグサイズの絵画だ。慈愛に満ちたマリアンヌさんの腕の中でルリカラが、むふーと頼もしそうな表情をしている。


 意外と本人も乗り気だったし、完成した絵にも満足そうだったのでよかった。ルリカラにはいい記念になったかもしれない。


「キュイ」


「はい。次にいらっしゃった時もたくさんの魚介を準備しておきますわ」


 何故か話が通じている二人だけど、たまたまだろうか。いや、この短期間でルリカラがここまで心を許した人はマリアンヌさんだけだ。


 僕の腕の中にいるルリカラが頭を下げたマリアンヌさんの頭をポンポンと叩いてサヨナラの挨拶をしている。


 マリアンヌさんのことだ、その頭はしばらく洗わないのだろう。


「ニール様、アドリーシャがいるので大丈夫だとは思いますが、万が一のため、こちらの書状をお渡しいたします」


「これは?」


「私の署名付きの手形のようなものです。何かの事故でアドリーシャとはぐれてしまった時や、厄介事に巻き込まれた時に使用すればきっと助けになってくれるでしょう」


「何から何までありがとうございます」


「みなさまに旅のご加護をお祈り申し上げます」


「では、行ってきます」


 また馬車での旅が始まる。前と違うのは人数が増えたことか。人が増えたので馬車のサイズも一回り大きなものに変更して進むことにした。


 以前まで使用していたものはスピード重視で広さや快適さを求めていなかったからね。ここからはゆっくり本当に旅をしていきたい。


 馬車はゆっくりと進んでいき、大きな門を抜けて街道に入る。


「ま、まあ!?」


 すると、そこには大勢のアドリーシャのファンの方々が街道沿いに立ち、激励の言葉や大きく手を振って旅立ちを祝福していた。


 全員がアドリーシャの髪の色と同じ薄いブルーの布などを振っている。これがアドリーシャの推しカラーというやつなのだろう。


「みなさん、ありがとうございます! もっともっと修練して、きっと歴史に残るような聖女になって戻ってきます」


 逃げるようにして出てきた僕たちとは対照的に、愛されていて旅立ちを悲しむ人や応援してくれる人がいるアドリーシャをすごく羨ましく思ってしまった。


 いつもの麗しの聖女の手の振り方ではなくて、少し涙をにじませて両手で懸命に手を降っているアドリーシャ。


 まだよくわからないけど、聖イルミナ共和国っていい国なのかもしれない。


 冒険者ギルドも観光地ということもあるのかもしれないけど、のんびりしていて騒がしくない。


 宗教国家だけど、上に立つ大司教のマリアンヌさんも偉そうにする素振りは一切なかったし、どのかの国王やギルド長とは比べるまでもない。


「大丈夫? アドリーシャ」


「はい。もう……大丈夫でこざいます」


 街から遠ざかり人の姿が見えなくなってもアドリーシャはずっと後ろを見ていた。


 旅をするのは初めてだというし、少しさみしく思うことがあるのかもしれない。


「アドリーシャ、この後の予定だけど。しばらく道なりでいいんだよね?」


「はい。三日ほどでアリュナー村に到着いたします。そこで、水と食料を追加いたします」


 さて、そろそろ街からも離れたし。僕の秘密一つ目をアドリーシャに伝えようか。


「アドリーシャには秘密にしていたんだけど、僕のスキルについて説明しようと思うんだ」


「スキルでございますか」


「それはアドリーシャの荷物だよね」


「はい」


「貸して」


 荷物を受け取ると、そのままインベントリの中へと入れてしまう。


「ええっ! こ、これは、まさか、インベントリスキルでございますか!?」


 どうやらアドリーシャもインベントリのことは知っていたらしい。それなら話が早い。説明の手間が省けるというもの。


「みんなの荷物もちょうだい」


 といっても、ある程度はインベントリに入れていたので見た目ほど重量はない。見せかけの荷物といったところだ。


「僕のインベントリは他にもいろいろな使い方があって、物や魔物の解体や武具のメンテナンスもできる」


「えっ、えっ!?」


 いきなりこんなことを言われても意味がわからないと思う。


「ちょうどいいにゃ。ホーンラビットを見つけたにゃ」


 身軽に馬車を飛び降りて、まっすぐに草原の中を走っていくと、すぐに耳を掴まれたホーンラビットを持って戻ってきた猫さん。


「早すぎるよ。ていうか、手掴みなの! っていうか、生きてたら解体できないってば」


 ということで、いろいろ問題はあったもののアドリーシャに僕のインベントリについての説明は無事に終えることができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る