第87話馬車の旅

 馬車の旅というのも数日ならばいいけど、これが約一ヶ月もの旅となるとなかなかに疲れてくる。


 しかも、追手が来ることを考えながらの旅となると、後ろが気になってのんきに景色を楽しむ余裕もないのだ。


 そうなると自然と会話の内容は追手の話となり緊張感が漂ってしまう。


 国境を越えるまでは落ち着けないのかもしれない。


「アローヘッド一人だったら助かるにゃ。あいつはこっちの戦力を舐めてかかってくるはずにゃ」


「そうね。騎士団で周りを囲まれたらさすがに無理だもの」


「それなんだけど、わざわざ僕を捕まえに騎士団を動かすかな」


「どうだろーねー」


 誰がどのくらいの規模で追いかけてくるのかは未知数。ただ、普通に考えれば帝国に向かう方が距離的にも近いので聖イルミナ共和国方面の優先順位は低くなるだろう。


 勝手な希望ではあるけど、国は動かずに冒険者ギルドだけで動いてくれるなら、Aランクのアローヘッドをアルジーラ帝国方面に、残りのB、Cランクを聖イルミナ共和国にとかだったらうれしい。


 冒険者の数が多くても遠距離攻撃ではアルベロがいる分こちらが有利だし、近寄られたとしてもキャットアイがいる。


 ということで、騎士団に囲まれたらあきらめる。B、Cランクが来たら迷わずに倒すということがここ数日の話し合いで決定している。


 そうなると、残りの選択肢であるアローヘッドが来た場合にどうするかという話し合いになっていく。


「この弓のことは情報に入ってないわよね」


 短弓ハジャーダはバブルラグーンで見ている冒険者は多いけど、王都の冒険者ギルドではそこまで知られていない……と思う。


「多分入ってないんじゃないかな」


「あいつがCランクの情報なんて仕入れるはずないにゃ」


「それなら油断を誘える可能性はあるわね」


「私のレイピアは?」


「誰も気にしてないから馬車を守ってほしいにゃ」


「ぶーぶー!」


 残念ながら相手がAランクの冒険者ともなると、僕とルイーズは大人しく馬車を守る以外にやることはない。


「ルリカラのブレスは情報が入っているにゃ。アローヘッドもそこは気にするはずにゃ」


「ルリカラのブレスを囮に使える?」


「面白いわね。もちろん、当てられる状況なら当てちゃってもらいたいけど」


 つまり、キャットアイと対峙しているところにアルベロの弓とルリカラのブレスを吐く振りで一対一の戦いに注力させないということみたいだ。


 ルリカラとのコミュニケーション力を高めて、アローヘッドの気を引いてキャットアイを助けようと思う。


「それじゃあ、今日はここら辺りで休憩にしましょう」


「ニール頼むねー」


「うん、任せて」


 旅の野宿も慣れてきたようで、それぞれの役割は自然と決まっている。


 ルイーズが焚き火の準備をして、キャットアイとアルベロが周辺の整備や安全確認、そして小動物の狩りを行う。


 僕は馬車から馬を外して、御者さんと一緒に馬のお世話のお手伝い。馬車はインベントリに入れて街道から少し離れた場所へ移動する。


 通常は街道沿いで野営をするのが一般的なのだけど、キャットアイの指示で少し離れた見えない場所で野営を行っている。


 こうすることで、後ろから追いかけてくる追手に見つからないようにしているのだ。容量的にギリギリではあったけど馬車が隠せたのは大きい。


 きっと追手は馬車や焚き火の明かりを目印にして追いかけてくるだろうからね。


「いつもありがとうございます」


「いえいえ」


「馬もすっかりニールさんに慣れたようですな」


「頑張ってくれているので、少しでも疲れがとれればいいのですけど」


 事情が事情なだけに多少はお馬さんにも無理をさせてしまっている認識がある。


 そういうことなので、川の水からは濁り成分をインベントリで取り除いてから、少し塩を加えたリカバリーポーションを混ぜるというスペシャルドリンク仕様にしている。


「川の水をこんな勢いで飲むなんて今までなかったんですがね」


 それはそうだろう。ただの水ではないからね。お馬さんも気に入ってくれたようで何よりだ。


 これで休めばまた頑張って走ってくれるだろう。人参とか砂糖とかあったら食べさせたかったけど、これらは持っていない。次の街に寄った時にでも買っておこうか。


「ホーンラビットが捕れたわ。ニール、解体お願いしてもいい」


「うん、了解。ホーンラビットが近くにいるのか……夜ちょっとこわいね」


 追手に見つからないように焚き火を消すので、魔物の接近はちょっとこわい。


「人や馬がこれだけ固まっている場所に出てくるほど強い魔物じゃないわ」


 そういうものらしい。


「夜は自分が夜番をするから問題ないにゃ」


 猫人族が全員そうなのかわからないけど、夜目が効くキャットアイが基本的に夜番を引き受けてくれるのはありがたい。


その代わり、日中は馬車の中でぐっすり昼寝をしているんだけどね。


 それでも安全に夜寝れるという安心感は助かっている。こちらは追手に追いかけられている緊張感もあって疲れがたまっているのだ。


 たまった疲れを癒やすなら美味しい料理だよね。


 さっき川の近くにクレソンが群生していたのでインベントリにしまってある。塩はたっぷりあるので、うさぎ肉とクレソンの塩炒めにしよう。


 ちなみに、僕には見た目でクレソンとかわからないので、一帯の野草をまとめてインベントリに入れたあとで仕分けしている。


 食用でないと思われる草はお馬さんの食事になる。草の種類が多いとお馬さんも喜んでくれる。


 あっ、明日のスペシャルドリンク用に通常ガチャを回しておこう。リカバリーポーションがそろそろ無くなるんだった。

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