第2話 都市伝説のメリーさん、また風呂に沈む。

「あたしメリーさん。今あなたのうしゴボゴボゴボ」


「ごめんまたお風呂入ってた」


 またしてもメリーさんが入浴中に電話をかけてきて、僕の背後に現れて湯船に沈んだ。

 とりあえず風呂イスを沈めて立たせてあげた。


「またしてもひどい目に遭ったの」


「これ僕が悪いの? 僕お風呂の時間だいたい決まってるから警戒しない?」


「海外まで飛び回ったから時差で今何時か分からなくなるの。深夜にかけたりしなかっただけ感謝してほしいの」


「まあ、深夜は深夜でおやすみモードにするから電話に気づかないと思うけど」


「出てくれなかったらさみしくて泣くの」


「人形なのに涙が出るの?」


「温泉の効能で体がほぐれて、涙は出なくてもちょっと表情は作れるようになったの。この通りなの」


「ごめん微妙すぎて分かんない」


「ぷくーなの」


「すねてほっぺをふくらませてるんだろうけど分かんない」


「こんなしょうもない話はどうでもいいの。おみやげあるからどうぞなの。温泉まんじゅうなの」


「湯船に沈んでデロンデロンに水吸ってる!? なんでなんのパッケージもなく裸なの!?」


「女性に向かって裸とか発言するのちょっと引くの。あたしはちゃんと服着てるの」


「ええそうですねメリーさんは相変わらず服着てるね!! さんざん温泉めぐりしてきたのに服脱ぐ習慣がついてないのがっかりするね!?」


「人形に対して服を脱いでないことにがっかりするとか、ちょっと趣味が高度すぎてあたしついていけないの」


「単純に服着て湯船入られるのイヤなんだけど!? ほらまた汚れが浮いてきてるし、って違うこれあんこだ!? おまんじゅうのあんこ!?」


「食べ比べを楽しめるように、津々浦々の温泉まんじゅうを取りそろえてきたの。個性の違いを味わうといいの」


「その個性が現在進行形で溶けて混ざってひとつになろうとしてるんだけど!?」


「もったいないの。もぐもぐなの」


「人形でもおまんじゅう食べられるんだ……」


「また今度もらってくるの。次はお湯にふやけないよう、お店に並んでるビニール包装されたやつにするの」


「今『もらって』って言った? 買ってないの? そのおまんじゅうどうやって手に入れたの?」


「こっちはブルーラグーンのおみやげのシャンプーとボディソープなの。現地のスパで使えるのと同じものがおみやげでも売ってるの」


「ねぇおまんじゅうどう手に入れたの? ちゃんと買ったの? そもそもメリーさんお金持ってるの?」


「そろそろ次の温泉に行くの。例によって移動の瞬間は見せられないから、目潰しなの」


「シャンプーがッ!? ブルーラグーンのリッチなシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。

 後に残ったのはブルーラグーンのシャンプーの、普段使ってる男性向けシャンプーとはまた違った香りの余韻だけだった。




 その後も日常は、普通に続く。

 メリーさんはちょくちょく、温泉地の写真を送ってくれたりする。

 前と違うのは、遠い温泉地の情景を、視覚だけでなく嗅覚でも感じられるようになったこと。

 僕の風呂場にはブルーラグーンのシャンプーが置かれていて、頭を洗うたびにその香りが風呂場に広がる。


 また、遠い地への思いがつのる。

 北極に近い地の温泉地、あるいはそこまでいかなくても、日本全国いろんな地域の温泉地に、行ってみたいと思う。


 そんな僕のために、メリーさんはきっと、またおみやげを持ってきてくれるのだろう。

 だから僕は、そのときのために。


「おこづかい、用意しとこう……ちゃんとお金払ってるか心配で後ろめたいし……」


「あたしメリーさん。おこづかいなら電子決済でいただきたいの」


「いるし!? そんで電子決済使いこなしてるんだね!?」


 最新式のスマホを使っているくらいだし、さもありなん。

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