第60話 都市伝説のメリーさん、手をつなぐ。

「あたしメリーさん。今あなたのうし……なんか踏んだの」


「こんばんはですワンご主人様、メリーさん。今日も犬扱いされにゴボゴボゴボ」


「自分から踏まれにいった」


 メリーさんからの電話に出ると、背後にメリーさんが現れて、その足元に人面犬さんが現れて、人面犬さんはメリーさんのハイヒールに頭を踏まれて、満足そうに風呂に沈んだ。




「今日もこの犬めは犬らしく踏まれに来ましたワン」


「犬は踏まれて喜んだりしないんだよ」


「お望み通り踏んでやるの犬以下の扱いをしてやるの」


「うれしいですワン。うっとりしちゃいますワン」


「ダメなのこいつ無敵なの」


 現在、湯船。僕と人面犬さん。人面犬さんの頭上にメリーさん。

 着ぐるみパジャマのフードをハイヒールでぐりぐり踏まれても、人面犬さんは動じない。


 人面犬さんはおだやかに首をかしげて(メリーさん「あっ落ちるの」ドボン「ゴボゴボゴボ」)、僕に尋ねてきた。


「ご主人様も、この犬めをもっと犬扱いしてくれないワン?」


「犬扱いと言われてもなー……じゃあお手」


「ワン♪」


 差し出した手に、人面犬さんはうれしそうに手を乗せた。

 本当にうれしそうだな。湯船の中で着ぐるみパジャマの尻尾が揺れてる。反対側の手による手動で。


「もっとだワンご主人様。もっとこの犬めに命令してほしいワン」


「じゃ、おかわり」


「ワン♪」


 反対側の手を出して、反対側の手を乗せてくる。

 人面犬さん、うっとりしてる。犬っぽく舌を出してハッハッと息を吐いてる。なんかちょっとあかなめさんとイメージかぶるな。

 そんなことを思ってたら、人面犬さんはゆるゆると顔を近づけてきて、物欲しそうに要求してきた。


「ご主人様、もっとですワン。もっともっと命令してくださいワン」


「もっとって言われても……犬の芸って、あと何があったっけ」


「ほら、あるじゃないですかワン。たとえば、上半身を上げさせて二本足で直立させる、そんな芸がワン。

 さぁご主人様、命令してほしいワン……口にしてほしいワン……その芸のコマンド……それは、ちん……」


「伏せ、なの」


「目にシャンプーですワン〜!?」


 沈没から復帰したメリーさんのシャンプー攻撃により、人面犬さんは悶絶して伏せのポーズになり、沈没した。

 メリーさんは無表情をふんすと鳴らした。


「こいつもスキあらばシモネタぶっこむ怪異なの」


「あの芸って、最近は『ちょうだい』って名前で言われることが多いみたいだね」


 そこで人面犬さんが沈んだ場所とは違う場所からざばりと何か出てきた。


「いいい今ちん……のお話をした!? 下半身のお話をしたぁ!?

 はぅあぅやっぱり下半身のある人たちは何かにつけて下半身の話をする下半身の奴隷だよぅ! 下半身の奴隷ってどんな絵面!? ヌクトさんや人面犬さんが下半身に逆らえず調教される絵面!?

 はぅあぅ想像がふくらんで妄想がテケテケしちゃうよぅ〜!!」


「下半身の奴隷はあなたなの脳内下半身」


「目にシャンプーだよぅ〜!?」


 出てきて早々シャンプー攻撃を食らったテケテケさんは、そのまま風呂に沈んでフェードアウトしていった。

 メリーさんは無表情をぷんすかさせた。


「どいつもこいつもスキあらば自分語りを始めるの」


「まあ、自分語りなのかな、テケテケさんの下半身ネタは」


「そしてヌクトも悪いの」


「矛先が僕に向いた」


 僕の方に向き直って、メリーさんは無表情をずいっと僕の顔に寄せてきた。


「ヌクトは無防備すぎるの。あのままあたしが止めなかったらきっとちん……んんっ……変な単語を言わされてたの」


「無表情照れ顔ごちそうさまです。ごめんなさい冗談です」


 さっと構えたシャンプーをゆっくり下ろして、メリーさんは続けた。


「それにさりげなく手を触ってたの。ボディタッチなの。変態なの不潔なのサルヤローなの」


「そんな、手くらいで」


「手くらいなんていう発言がもう女ったらしのそれなの。まごうことなきサルヤローなの」


 そしてメリーさんは、無表情のまますねたようにもじもじしてつぶやいた。


「あたしだって、まだ数えるほどしか手をつないでもらってないの……友達認定のときとか……

 紫の鏡から助けてくれたときも、服を引っ張られて手をつかんでくれなかったの……」


 いじいじ、いじいじ。

 いじらしくうつむいている。


 うーん、そうか。メリーさん、手をつなぎたかったのか。

 それじゃあ。


「はい」


「ぴっ、なの」


 メリーさんの手を取ってつないだら、メリーさんは変な声を出して棒みたいに一直線になって固まって、髪もぶわっと逆立って、無表情のまま顔が真っ赤になった。

 そのまましばらくぷるぷるふるえて、それから。


「急に何するのぶしつけなのふしだらなのびっくりするのサルヤローなの」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。人面犬さんも。

 残るのは、メリーさんとつないだ手の感触の余韻のみ。


「当たり前だけど、メリーさんの手、ちっちゃいなー」


 何度かグーパーして、感触の余韻を確かめてから、ゆったりと風呂に浸かった。






「あのあの、手をつなぐこと自体は別にイヤじゃないの、ただ急だったからびっくりしただけなの、これからも機会があったら手をつなぐのはやぶさかではないのあっでも別に期待してるとかそんなのはないのでもいざそういう機会があったときにためらったりしないでほしいってことなのあっでもちょっとためらいながらそっとつなぐ手っていうのも悪くないのつまりあの」


「はいはーい、またなんかの機会に手つないであげるねー」

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