ろく風呂め

第59話 都市伝説のメリーさん、犬を踏む。

「あたしメリーさん。今あなたのうし……誰よなのこの女!」


「はじめましてですワン、メリーさん。この犬めは人面犬といいますワン。よろしくお願いしますワン」


「ゴボゴボゴボ」


 メリーさんからの電話に出ると、メリーさんが背後に現れると同時に人面犬さんが正面に現れて、メリーさんが絶叫すると人面犬さんは僕に抱きつきながらあいさつして、僕は風呂に沈んだ。




「……えー、ただいま僕は見ての通り、非常に居心地の悪い状態にあるわけですが」


「ぬっくんむしろ、居心地いい状態のことの方が少ない気がするじゃんね!」


「そう思うんならみんな押し寄せてくるのちょっと遠慮してもいいんじゃないかなー」


 現状。洗い場の方にコックリさん、あかなめさん、テケテケさん。

 そして湯船に僕が浸かり、その僕に人面犬さんが抱きついてしなだれかかってきて、メリーさんが無表情を烈火のごとく燃え上がらせて人面犬さんをハイヒールでぐりぐりしていた。


 人面犬さんはそんな攻撃も意に介さず、うっとりと落ち着いた声色で僕にすり寄った。


「ご主人様のお風呂場は妖気が満ち満ちていて、とっても過ごしやすいワン。居心地のいい場所ですワン」


「僕の居心地の悪さと引き換えに快適に過ごしていただいてとってもウレシイデス」


「ヌクト」


「メリーさんは皮肉って分かるかなー? 僕が本心で喜んでるように見えるかなー? その立ちのぼる暗黒オーラを引っ込めてもらえないかなー?」


 メリーさん、今にも髪が逆立ちそう。

 平然としてる人面犬さんはなんなのかな。ハイヒールで踏まれても痛くないのかな。布地の厚い着ぐるみパジャマだから平気なのかな。水がどっぷり染み込んで重そうだな。

 というか人面犬って確か犬の体に人の顔がついてる都市伝説だったと思うけど、骨格が百パーセント人間なのはなんなんだろうね。ただの着ぐるみパジャマ着てる人間にしか見えないんだよね。


 僕の疑問も何もかも気にしてないみたいに、人面犬さんは洗い場の方にもあいさつした。


「ご主人様のご友人の方々もよろしくですワン。新参者として仲良くしたいですワン」


 それにあかなめさんが代表して一礼。


「ごきげんうるわしゅうございます、人面犬嬢。わたくしどもも良好な友好関係を築きたい所存でございます」


「あたしを無視するななの。もっと踏み踏みしてやるの」


 メリーさんはハイヒールぐりぐりを続けている。

 人面犬さんは平然というか、むしろちょっと、うっとりしてる気がする?


「この犬めは……見ての通り犬ですワン。家畜ですワン」


「見ての通りとは」


 僕のツッコミもスルーして、どう見ても人間にしか見えない人面犬さんはおだやかに語り続けた。


「この犬めは犬の体に人の顔を持つ、とても中途半端な存在ですワン。どっちつかずな見た目ですワン。

 けれど自己認識は犬ですワン。犬として、家畜として扱われるのが一番うれしいことですワン。

 その点でいえば、こうして人権などないように足蹴にされている状況は望むところというか、なんというか」


 人面犬さんは、うっとりとほおに手を当てた。


「すごく……気持ちいいんですワン」


「変態だ」


「変態なの」


 メリーさんはじとっとした無表情で踏んでいた足をのけた。

 洗い場でテケテケさんが興奮しだした。


「踏まれて興奮して犬扱いされると喜ぶって、はわわそんなの変態だよハレンチだよ下半身だよぅ!?

 はわわわそんなハレンチな怪異がいるなんて! 露出度全然低いのに!

 むしろハレンチだから露出が低いの!? その着ぐるみパジャマは全身のハレンチを抑えるための拘束具なの!? 顔面以外全身下半身なのぉ!?

 むしろ顔面もキレイめのお姉さんで十分下半身してるよぅ!? つまり全身余すことなく下半身!?

 はわわわなんてハレンチなの、その着ぐるみの下にどんな凶悪な下半身が隠されてるか想像して、妄想力がテケテケしちゃうよぅ〜!!」


「テケテケ一人だけセリフの尺を取りすぎなの」


「目にシャンプーだよぅ〜!?」


 シャンプー攻撃を食らったテケテケさんは悶絶して床に倒れ伏して、両脇からコックリさんとあかなめさんに生あたたかい目を向けられていた。

 メリーさんはそれから人面犬さんにシャンプーを向けた。

 人面犬さんは色っぽく目をうるませて、こてりと首をかしげた。


「いじめてくれるワン?」


「う、なの」


 メリーさんがたじろいだ。

 人面犬さんの目、期待してる目だね。乱雑に扱われる方がうれしいって性格だと、攻撃したらむしろ喜んじゃうんだ。

 でも目にシャンプー食らわせるのは犬扱いとも違う気がするというか、どんな動物相手でもやるべき行為じゃない気がするなー。


 メリーさんはしばらくぐぬぬとうなったあと、くるりと僕に向き直った。


「仕方ないから、間を取ってヌクトにシャンプー当てとくの」


「何と何の間を取ったらそうなるのかなー目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。人面犬さんも、その他大勢も。


「……日常的にシャンプー攻撃を食らってる僕って、考えてみたら何扱いなのかなー。まあ別にイヤな気はしてないというか、わりとメリーさんの照れ隠しだったりするし、ほほえましく感じてるけど」


 一人になった湯船に、のんびりと浸かる。

 メリーさんにとって僕が何扱いなのか、それは別に考えることもないか。






「ヌクトってシャンプー攻撃食らっていい気分なの……そういう性癖だったの」


「違う違うイヤな気がしないってだけでいい気も別にしてないからそんな無表情で引かないで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る