第58話 都市伝説のメリーさん、例のブツを受け取る。

「あたしメリーさん。このまま振り向かずに聞くの。これから例のブツの引き渡しを行うのゴボゴボゴボ」


「かっこつけて怪しい取り引き風にやろうとしたのに秒で雰囲気がダメになった」


 メリーさんからの電話に出ると、背後でメリーさんがスパイ映画か何かのノリで僕にささやいてきて、僕の耳元に顔を寄せすぎたせいで湯船の中の風呂イスから足を踏み外して、風呂に沈んだ。




「というわけでヌクト、例のブツは用意できてるの」


「うん、メリーさんの好みに合うかは分からないけど」


 例のブツ。

 それはこないだの話で言っていた、ビジネススーツに合わせるメリーさんのパンツのことである。


 湯船で僕と向かい合って、メリーさんは無表情をちょっとそらし気味で、眼鏡のつるを指でもてあそびながらもじもじとした。


「別に、あたしは絶対にそれが欲しいってわけじゃないの。なかったらなかったでどうとでもするの。

 でもヌクトがくれるっていうのならもらってあげないこともないし、ヌクトが選んでくれたものならどんなに過激なものでもマニアックなものでも許容してあげないこともないの」


「僕どんなの選んでくる人間だと思われてるんだろう」


 ともかく、買ってきたものを渡そう。

 小さな紙袋を、メリーさんに差し出した。

 メリーさんは受け取って、中をのぞいた。

 のぞいて、しばらく観察して、それから考え込むように無表情の首をひねって、またのぞき込んで、それからあおぎ見るように無表情を天井に向けて、またのぞき込んで、しばらく見ていて、やがてこちらに無表情を向けて、口を開いた。


「絶妙に奇抜でもないしマニアックでもないし、でも絶妙にエロくないわけでもないし、なんというか、絶妙にコメントに困るチョイスなの」


「もっと振り切った方がよかった?」


「さすがに振り切られたら恥ずかしいの。これでいいの」


 そしてメリーさんは、無表情をちょっとそらしてもぞもぞとつぶやいた。


「というか、ヌクトからの贈り物ならだいたいなんでもうれしいの」


 ほっこりした。


 メリーさんは無表情を赤くして、ぽかぽかと叩いてきた。

 それから気を取り直して言ってきた。


「さっそくはいてあげるの。後ろを向いてるの」


「あれ、いつもみたいに目潰しからの早着替えじゃないんだ」


「スカートだし、パンツはくだけならそこまでする必要ないの」


「配慮ありがたいけどこれまでの目潰しが全部必要あってのものだったのかは議論の余地があるなー」


 まあいいか。僕はメリーさんに背を向けた。

 背中に水面のゆらめきを感じる。メリーさんがパンツをはくために身じろぎをする様子が、間接的に伝わってくる。

 うーん、この直接見てはいないけど背後でパンツはいてるぞって感覚、なんだか変な感じでそわそわするなー……


「ゴボゴボゴボ」


「あ、パンツはくのに片足上げてバランス崩してこけて沈んだ」


 うーん、振り向いて助けてあげるべきか。

 でもパンツをはく途中でこけたってことは、今のメリーさんは足にパンツを引っかけた状態ってことで、それを見られるのは恥ずかしいだろうしやめといた方がいいかなー。

 あ、自分で立ち上がった。


「はけたの。こっち向いていいの」


 言われて、振り向いた。

 メリーさん、タイトスカートのビジネススーツで、ちょっと内股のしおらしいポーズで風呂イスに立っている。

 ハイヒールだから、そりゃ立ってパンツはこうとしたらバランス崩しやすいよね。今さっき湯船に沈んだから髪から水がポタポタ垂れてるね。


「……で、どうなの。感想は、なの」


「パンツはいても外見なんにも変わんないから感想も何もないです」


「つまりパンツ見せろって言ってるのド変態のサルヤローなの」


「そんなつもりじゃないんだけどなー目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。

 残されたのは、パンツを入れていた紙袋のみ。

 それと、スマホにメッセージ。


『細かいことはともかく、デザインが気に入らないこともないし、男の人が女性の下着を買ってくるのって勇気のある行動だと思うから』

『感謝しておくの ありがとうなの』


 女性の下着。うーんまあ女性の下着には間違いないか。

 気に入ってくれたみたいでよかったよ。


『お礼の品を買ってきたから、お風呂場の外に置いておくの』


 え、わざわざありがとう。何だろな。


『山盛りのチキンナゲットなの』


「こないだからチキンナゲット推しすぎじゃない?」


 ナゲットだけじゃなくてハンバーガーも食べたいなー。



   ◆



 というわけで、ハンバーガーショップに来た。

 閉店間際の時間帯。チーズバーガーを買って夜道を歩く。

 待ちきれないし、遅い時間で人目もないし、行儀悪いけど食べ歩きしちゃおう。


「……くーん……くーん……」


 うん? 犬の鳴き声?


 あたりを見回す。住宅地。

 ゴミ捨て場が見える。そこでゴソゴソ動く、茶色い姿。

 野良犬? ゴミあさりをしてる? 令和のこの時代に?

 というか犬だとしたら大きいな、人間くらいの大きさがありそう、というか骨格が人間っぽいような、あ、こっちに顔を向けてきた。


 それは口に残飯をくわえ、犬の着ぐるみパジャマを着た、成人女性であった。


 しばらく、見つめ合って硬直した。

 見とれてたとかではない。思考停止していた。

 あんまり思考停止していたので、手に持ったチーズバーガーを取り落としてしまった。

 そうしたら残飯あさり着ぐるみパジャマ成人女性がダッシュしてきて、チーズバーガーをナイスキャッチして、がつがつとむさぼり食った。

 やがて食べ終えた残飯あさり着ぐるみパジャマ成人女性は、こちらをゆっくりと見上げて、話しかけてきた。


「くーんくーん……この犬めの姿を見てもおびえて逃げ出したりせず、食べ物までくれるやさしいお兄さんだワン。いい人にめぐり会えましたワン」


「いえ理解が追いつかずに固まってただけです」


 僕の反射的なツッコミをあえて聞き流したのか、残飯あさり着ぐるみパジャマ成人女性は小首をかしげて、流し目の上目遣いでゆったりと言ってきた。


「これからこの犬めは、お兄さんのことをご主人様と呼ぶワン。

 この犬めを……都市伝説『人面犬』を、かわいがってほしいワン」


「……はい?」


 こうして、残飯あさり着ぐるみパジャマ成人女性こと、都市伝説「人面犬」さんが、これからのお風呂ライフに加わることになった。

 ……なんで?

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