第9話 都市伝説のメリーさん、深く知る。

「あたしメリーさん。今風呂イスの下にゴボゴボゴボ」


「ごめん先に湯船に沈めてた。そんなとこに出てくると思わないから」


 メリーさんが背後に出ても沈まないように、あらかじめ足場の風呂イスを沈めておいた。

 結果、風呂イスの下に出現したメリーさんは、風呂に沈んだ。




「せっかくの新しい服が秒でずぶ濡れなの」


「まあそれを見越して、濡れても傷みにくい服を選んだんだけどね」


 メリーさんは風呂イスの上に立って、僕と並んで湯船に浸かる。

 服は今までの汚れた服じゃなく、僕があげた新しい服を着てくれている。

 それを見ていると、メリーさんは無表情のままもじもじした。


「それで……わざわざ着てきてあげたの。何か言うことはないの」


「めちゃくちゃかわいいし似合ってるよ(こもり声)」


「……なんで風呂おけで顔を隠してるの」


「照れ隠しシャンプーがくるんじゃないかと思って」


 そろりと風呂桶から目をのぞかせると、メリーさんは無表情のまま顔を赤くしてもじもじと縮こまっていた。

 シャンプーはこらえてくれたらしい。よかった。


「その格好を見せるのが照れくさくて、イスの下に出たんだね」


「やかましいの」


 つーんと無表情でそっぽを向く。リアクションがかわいい。


 それにしても。ついまじまじと見てしまう。

 本当にかわいくなったな。よかった。

 今までの汚れた服じゃなくなって、色合いが明るくなって、はなやかになった。

 こうなると、髪とかもくすんでるから、しっかり手入れしたくなるな。


「……そんなにじろじろ見られると、恥ずかしいの」


「ごめんね。つい見とれちゃって」


「そういうこと言うからスケコマシなの」


 無表情のまま赤くなって、ぽかぽか殴ってくる。かわいい。


「……でも、あたしも、その、この服が気に入ったって思ってやらないこともないの。ありがとうなの」


「どういたしまして。よかったよ」


「今度お礼に何か買ってくるの。シャンプー減ってきてるしシャンプーとか」


「このごろ減りが早いんだよねーナンデカナー」


 ともかく、気に入ってくれて本当によかった。

 そう思って見ていると、メリーさんはいまだにもじもじしている。


「それで、あの。友達になって、こうやってプレゼントももらって、あなたのこと、結果的に、ホントに結果的になの、あたしにとって、あなたは今のあたしの一番大事な人だって、言えなくもないの」


 ずっと、もじもじと。

 なんだろう? なんの話をしようとしてる?


「だから、その……あなたとは、もっと深く、分かり合っても、いいと思ってるの」


 服の留め具に、手をかける。


「もっと、ちゃんと……あなたのこと、知っておきたいの……だから」


 留め具をはずし、その中に、手を入れて……


「名前、教えてほしいの。連絡先に登録するの」


「やっぱり名前知らなかったかぁ〜」


 服の中からスマホを取り出して、連絡先アプリを開いて見せてきた。

 そこには僕の電話番号だけ入っていて、名前が空欄。

 やっぱ、自己紹介した覚えがないし、ここまで名前を知らないままやってきたんだね。


「まあ、そういうことなら」


 きちんと向かい合って、頭を下げた。


水野みずの温斗ぬくとです。よろしくお願いします」


「ヌクト……覚えたの。よろしくなの」


 メリーさんは手早く、連絡先に名前を打ち込んだ。

 そうして登録された僕の名前を見て、メリーさんはなんだか、うきうきしているように見えた。


「都市伝説仲間と温泉旅館の予約番号ばっかりで、人を登録したの、初めてなの」


「メリーさん、旅館の予約とかするんだ」


 しかしまあ、本当に浮かれてるみたいだな。表情は変わらないはずなのに。

 そんなに喜んでくれると、僕もうれしくなる。

 初めて連絡先を登録した人間、かあ。光栄だよね。


「メリーさんの初めての相手になれて、うれしいよ」


 メリーさんは、ぴたっ、と固まった。

 表情は変わらないけれど、なんだかぷるぷる、ふるえて。


「言い方がいちいちヒワイなのはわざとなのバカなのセクハラなの」


「さっきのメリーさんの言い方は棚上げかな目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。

 名前を教えて、連絡先を登録しても、この流れは変わらないんだなあ。


「……まあ、関係が進歩したってことで、よかったよ。服も気に入ってくれたみたいだし」


 コックリさんにも、お礼を言っとこう。

 スマホで配信動画を立ち上げる。




『投げ銭ありがとじゃんねー! 『コックリさんのおかげで友達に喜んでもらえました』よかったじゃんねー!』


 コックリさんは今日も、愉快に配信をしている。

 何度も見てて、もはや見慣れた安心感がある。


『友達って言ったらねー、あーしの都市伝説友達なんだけど、最近お風呂にハマっててお風呂友達ができたっていうじゃんねー!

 温泉めぐりしてその友達におみやげ持ってって、そのまま一緒にお風呂入ってるらしいじゃんねー! ひゅーひゅー!』


 あれ、これメリーさんのことじゃない?

 なんか、冷やかされてるけど。


『その友達さー、ホント最近楽しそうでさー! 無表情なのにテンアゲなのバレバレなんじゃんねー!

 お風呂友達に感謝じゃんねー、その子と仲良くしてくれてあーしもうれしいじゃんね!』


 僕のことも言われてる。

 なんか、こうやって人づてにメリーさんの普段の様子聞いちゃうの、なんか申し訳ないようなドキドキするような、変な感じだな。


『そんでさー、あんまり楽しそうだから、今度あーしも遊びに行こうと思ってるじゃんね!』


「ん?」


 あれ、待って。この流れは。


『やっほー友達の友達ー! 今日も見てくれてるじゃんねー?

 今度からあーしもそっちに行くから、よろしくじゃんねー!』


「はあっ!?」


 なんか、唐突にとんでもないこと言われたんだけど。

 え、来るの? うちに?

 というかまさか、このお風呂に?




 そういうわけで、僕のお風呂タイムは、これからますます騒がしくなってゆく。

 奇妙で、ドタバタで、そして愉快に。

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