第8話 都市伝説のメリーさん、プレゼントされる。

「ゴボゴボゴボゴボ」


「裏をかいて下に出てくるのはもう意味分かんないんだよ」


 今日のメリーさんは、湯船で座る僕のお尻の下に出てきた。

 出てくる場所を工夫してるのは水没を避けるためのはずなのに、そこに出るのは本末転倒じゃない?

 あとお尻の下でゴボゴボやられると、あぶくが立って僕がおならしてるみたいな絵になるからやめてほしい。




「今日は温泉卵を持ってきてやったの。感謝していただくがいいの」


「いや、これ……温泉卵って、こういうのじゃ……」


 メリーさんが取り出したのは、ひとつの卵。を、ビニール袋に入れたもの。

 透明な袋の中で、卵は割れて、中身がこぼれている。

 中身は生。黄身がくずれて白身と混ざり合い、全体的に黒ずんでいる。

 そして、袋のすき間から突き抜けてくるこのにおいは。


「温泉特有の香りである硫黄のにおいがする卵なの」


「腐ってるんだよこれは!! うわくっさ!? ビニール越しでもにおいやば!? ちょちょちょ待って待って、間違ってもそれ湯船にあけないでね!?」


「つーんなの。あなたの身の振り方次第なの」


「なんかメリーさん怒ってる!? なんで!? 僕なんか悪いことした!?」


「別にーなの。何も悪いことなんてしてないの。あたしの知らない間にコックリの配信しょっちゅう見てて、投げ銭までしてたなんて、全然気にしてないの」


「ごめん、嫉妬しっとしちゃったんだね」


「…………」


「そのシャンプーをエビ反り回避ッゴボゴボゴボ」


 無言で発射されたシャンプーをマ◯リックスよろしくエビ反り回避して、僕の頭は湯船に沈んだ。

 あと湯船にシャンプーが入った。

 卵の方をぶちまけない程度の良心は、メリーさんにもあった。




 シャンプーを適当にすくって流して、メリーさんと並んで湯船につかった。

 メリーさんは無表情だけど不機嫌そうに、水面に口をつけてぶくぶくしている。


「ごめんねメリーさん、そこまで怒ると思ってなくて」


「怒ってないの」


「投げ銭したのもね、コックリさんに相談したいことがあったからで」


「友達認定したあたしよりコックリの方を信頼して相談したの。別にいいの。気にしてないの。気にしないったら気にしないの」


 うーんメリーさん、すごく怒ってるし嫉妬深いなー。

 まあ都市伝説やるくらいなら、そういう性格じゃないと続かない気もするよね。

 ともかく居心地悪いし、そもそもコックリさんに相談したのは。


「ちょっと待っててメリーさん、渡したいものがあるんだ」


「あたしはものでつられて機嫌直すような、安い都市伝説じゃないの」


 ずっと不機嫌なメリーさんを尻目に、湯船から出て、お風呂場のドアを開ける。

 ドアのすぐ横に置いておいた紙袋を、持ってくる。


「メリーさん、どうぞ」


「……これって」


 紙袋に入れていたのは、服。

 フリルがいっぱいついてて、ふんわりとしたデザインで、かわいらしくて、ちょっと水着っぽい雰囲気もある。

 メリーさんのサイズに合わせた、人形用の服だ。


「こないだスーパー銭湯行った日にね、買ってきたんだ。コックリさんに相談したのも、服を選ぶのにメリーさんの大きさとか好みとか、知りたいなって思ってさ。

 サプライズのつもりだったからそれと分からないようにコックリさんに質問して、コックリさんもさすがというか、しっかり意図を把握して答えてくれたんだけど、その分メリーさんには変にやきもきさせちゃったかな」


 メリーさんは返事をせず、こっちを見上げもせず、服を手に取ってじっと見つめている。

 本当に、じっと。


「どうかな、メリーさん。メリーさんのかわいさが引き立つようなのを選んだつもりなんだけど、気に入らないかな。

 素材もね、水で痛みにくいのを選んだから、そのままお風呂に入ってもそうそう悪くなったりしないし、洗濯もできるよ。

 気に入ったら洗い替えも買ってくるし、気に入らなかったら、もっと別のデザインを探すけど……」


 メリーさんはずっと、服を見つめている。

 その口から、聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで、声がもれ聞こえてきた。


「こんな、別に……ほしいとか、思ってないの、でも別に、いらないとか……別にうれしいなんて、そんなこと……ちょっとは……そんなこと、別に」


 メリーさんの表情は変わらない。

 けれどなんとなく、もしも表情筋が一本でも存在してたら、顔がにやけるのを止められなかったんじゃないかなって、そう思うような空気をかもし出していた。


「……その」


 そんな表情豊かな無表情を、ちょっとこちらに上げて、もじもじして、またうつむいて、水面に顔がつくくらい縮こまって。


「まあ、女ったらしの尻軽ナンパヤローにしては、悪くないセンスだってほめてあげるの。せっかくだから、着てあげてもいいの。

 ……えっと……その。ありがゴボゴボゴボ」


「本当に水面につけちゃうくらいうつむいちゃったかぁ〜」


 頭までずぶ濡れにした状態で、メリーさんはまたもじもじした。


「えっと……すぐ着てみてもいいの?

 うれしいとかじゃなくて、こんなかわいいの、あたしに似合わないかもしれないから、試してみて変ならすぐに返品できる方がいいの」


「返品を考えるなら、湯船から出て着替えた方がいいかなー?」


 メリーさんは一向に湯船から出ようとしない。

 僕の見ている先で、服を手に持ったまま、ずっともじもじしてる。


「メリーさん? 着替えないの?

 せっかく買ったし、僕もメリーさんが着てくれるの楽しみなんだよね」


 どうしてもうきうきした表情になってるのを自覚しながら、メリーさんに期待を込めたまなざしを向ける。

 メリーさんはずっともじもじしている。まだかなまだかな。

 メリーさんは無表情のまま、心なしか顔を赤くして、ぷるぷるして、やがて怒鳴った。


「レディーが着替えるって言ってるのに出ていきも顔をそむけもしないでいられたら着替えられるわけないのアンポンタン」


「ごもっともです目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。


「……次に来るときのお楽しみかぁ〜」


 湯船に浸かり直して、思いをはせる。

 新しい服にそでを通して、おめかししたメリーさん。


「……ふふっ」


 次に会うのが、楽しみで仕方ない。






「笑い方が気色悪いの」


「毎回毎回律儀にオチやろうとするよねシャンプーがーッ!?」

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