第26話 都市伝説のメリーさん、風呂掃除する。

「あたしメリーさん。今から風呂掃除をするのゴボゴボゴボ」


「ごめんお湯抜いてなかった」


 珍しく入浴中じゃないときにメリーさんから電話が来て、それに出るとメリーさんは風呂場に出現して、残り湯に突っ込んで沈んだ。




「あかなめがここに来るのを防ぐため、これからお風呂をピカピカにするの。

 楽しいお風呂タイムを邪魔する怪異をシャットアウトするの」


「言われたこと真面目に実行して律儀だねー。あとお風呂タイム楽しいと思っててくれてうれしいよ」


 メリーさん、洗い場の中央で腕を組んで仁王立ち。

 ブレザー姿の頭には三角巾まで巻いて、気合い十分だ。

 ただその三角巾やけにボロいんだけど、どこから持ってきたの? ゴミ捨て場?


 で、今日のこの状況は、こないだのあかなめさんの発言を受けてだよね。

 あかなめさん、自分が邪魔なら風呂掃除しっかりしろって言ってたから。

 でもなんか、こういう状況を見越して言ったんだとしたら。


「あかなめさん、メリーさんを風呂掃除にけしかけることで、僕と過ごす時間を増やそうって魂胆なのかも」


「むむっ……なの」


 メリーさん、無表情だけどものすごく複雑そうな表情をして、固まってものすごく悩んでる。


「……どちらにしろ掃除は必要なの。決してあかなめの口車に乗るわけじゃないの。都市伝説界の知性担当であるこのあたしがいいように踊らされるわけがないの」


「あかなめさんの思惑に乗るくやしさよりも僕と一緒にいられることの方がまさったんだね」


「黙るの調子乗るななのいいように解釈するんじゃないのヌクトのくせに生意気なの」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流すと、メリーさんは掃除用の洗剤のスプレーを構えて湯船に向かっていた。


「洗剤シュッシュして、丁寧に汚れをこすり落とすの」


 風呂イスを踏み台にして、湯船のヘリに上がる。

 お湯を抜き終わった湯船に、洗剤をまんべんなくスプレー。


「汚れが残らないよう、隙間なく……」ツルッ「ゴボゴボゴボ」


「風呂場でローファーは滑るよねー」


 足を滑らせて湯船の中に落ちて、洗剤に顔を突っ込んでおぼれた。洗剤出しすぎじゃない?


「見てないでヌクトもやるの」


「洗剤で攻撃はやめて!?」


 さすがにわきまえてるのか、シャンプーで攻撃するときより狙いは甘い。

 ちょうどいいから、床に落ちた洗剤を使ってこのまま洗い場を洗おうか。

 スポンジでごしごし。


「赤カビが残らないように丁寧にこするの。細かい隙間が汚れてるようなら歯ブラシとか使うの」


「メリーさん詳しいねー」


「都市伝説の知性担当たるあたしは調べものもばっちりなの。文明の利器なの」


「スマホ頼りの都市伝説の知性」


 スマホをかかげるメリーさん。

 たぶん例の無表情でドヤ顔してると思うんだけど、この床掃除のかがんだ体勢じゃあ、湯船の中のメリーさんはかかげられたスマホしか見えない。


「ヌクトがサボらずやってるか、ちゃんと監視するの。

 湯船から出て……出っ……あれ、これどうやって出ればいいの、んしょ、んしょ」ツルッ「ゴボゴボゴボ」


「あっもしかして湯船の高さを上がれない?」


 入るときは風呂イス使って乗り越えてたし、今は湯船の中に何もない。

 のぞき込むと、洗剤のたまった湯船の底に倒れておぼれるメリーさんの姿があった。


「くっ、なんのこれしき、なの。都市伝説たるあたしが湯船程度に負けたりしないの」


「なんの意地だろう」


 メリーさんは身を起こして、洗剤でべっちょりの無表情に闘志を燃やした。


「助走をつけて駆け上がるの。めいっぱい後ろに下がって、いざゆくの。ダッシュなの」ツルッ「ゴボゴボゴボ」


「洗剤たまったところにローファーは滑るよねー」


 うつぶせで洗剤だまりにおぼれるメリーさん。今日洗剤におぼれるの何回め?


「くっ、屈辱なの……完璧で孤高な都市伝説のあたしが、ここまで何度も醜態をさらすなんてなの」


「これまでやってきた全行動は醜態ではないと考えてらっしゃる?」


 メリーさん、ぴょんぴょんしたり助走をつけたり、必死で頑張ってる。でも出られない。

 見ていてほほえましいけど、さすがにかわいそうだから手を貸してあげよう。


「メリーさん、僕の手につかまって」


「あっ……ありがとうなの。別に、これくらいでときめいたりしないの。

 崖から落ちそうになってるヒロインを引っ張り上げようとする王子様みたいでちょっとロマンチックなシチュエーションだとか、これっぽっちも思ってないの」


「風呂から引き上げるだけでなんてたくましい想像力」


「とにかく、手を借りるの。つないで、引っ張ってもらって」ツルッ「ゴボゴボゴボ」


「ごめん洗剤のついた手だから滑るねー」


 引き上げかけてたメリーさんの体が派手に滑り落ちて、うつぶせにずべしゃあと接地した。

 さっきより高い位置から落ちたせいか、勢いがよくて湯船の中をエアホッケーみたいにつるつる回りながら滑っていく。

 それで、ようやく停止したら。


「あ」


 メリーさんの向き。僕にお尻を向けている。

 そしてメリーさんはブレザーを着ていて、下はスカートなわけで。

 あれだけ派手なこけ方をしたから、スカートはきちんとなんてしていないわけで。


 メリーさんはババッと勢いよく起き上がって、あわててスカートを直した。

 そしてギギギと振り向いて、真っ赤な無表情でぷるぷるふるえて、こちらを見てきた。


「みみみ見られたの最悪なのエッチなの変態なのサルヤローなの」


「待ってメリーさん、これは不幸な事故なんだ見ようという意思なんてなかったんだそれに中身がどんなデザインだか知ってるから別にわざわざ見る必要もなくて目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。

 残るのは、掃除途中で洗剤まみれの風呂場のみ。


「……風呂掃除の続きするかぁ〜」


 もともと一人でするものだけど、途中まで二人でやってたからめんどくさく感じるね。

 まあ排水口はメリーさんには見せたくないし、自分一人でやった方がいいか。






「掃除やりかけで申し訳ないから戻ってきたの。手伝うの」


「なんでタイミングよく排水口やろうとしたときに戻ってくるかな!? お願いだから見ないで!?」


——————


今年一年ありがとうございました!

来年もよろしくお願いします。

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