第47話 都市伝説のメリーさん、将来を垣間見る。

「あたしメリーさん。今大急ぎでお風呂を楽しんでゴボゴボゴボ」


「連続ワープでお風呂を回るのって、ちゃんと楽しめるのかなー」


 トラブルも乗り越えて、いよいよチェックアウトの時間。

 メリーさんは帰る前にめいっぱい楽しもうと、温泉にどんどん飛び込んでいって、沈んでいった。





 チェックアウト。旅館の玄関。

 ムラサキババアさんがぺこぺこと頭を下げる。


「今回はうちの従業員が申し訳なかったですじゃ。せっかくの旅行なのにご迷惑をかけてしまったですじゃ」


「気にしてないの。過ぎたことはいいの。

 紫の鏡には個人的にお仕置きしたから、それでいいの。シャンプー漬け地獄なの」


「目どころか全身にシャンプーですぅゴボゴボ。ちゃんメリーに沈められたですぅゴボゴボ。攻撃的幼女がたまらないですぅゴボゴボ」


「それお仕置きになってる? まぁメリーさんの溜飲が下がってるならいいけど」


 地べたに転がされて山盛りの泡におぼれる紫の鏡を尻目に、メリーさんは無表情で僕を見上げて、ぽんとふくらはぎを叩いてきた。


「あたしの気が晴れたからいいの。だから今回はこれでおしまいなの。

 だからヌクトは、自分が選んだ旅館であたしがひどい目にあったーとか気にしなくていいの」


「あ、気にしてるの分かった? うん、ありがとう」


 そうなんだよね、普通じゃない旅館を選んだのは僕だから、僕が普通の旅館をチョイスしてればよかったかなーってちょっと思ってた。

 ひどい目にあったメリーさんに気を遣わせちゃって申し訳ないけど、メリーさんがそう言ってくれるなら、気にしないようにしよう。


「わしからも重ね重ねおわびしますですじゃ。心ばかりのおわびの気持ちに、こちらお渡ししますですじゃ。

 新鮮な生レバー一年分ですじゃ」


「これを新鮮なまま食べ切れる自信はないなぁー」


 とにもかくにも、これで今回の旅行はお開き。

 トラブルはあったけど、温泉に浸かっていろいろ遊んで、みんなの新しい一面も見れたりしたし、いい旅行だったと思う。

 あのゴスロリの人がいつの間にかいなくなってたのが心残りだけどね。メリーさんを助け出すヒントをくれたのに、お礼をしそびれちゃった。


「それじゃあ、帰りは行きと同じように、メリーさんは僕とレンタカーで帰って。

 コックリさんとあかなめさんはここで解散で、いいのかな?」


 確認に声をかけると、コックリさんとあかなめさんは粛々しゅくしゅくとした笑みをこちらに向けて、言った。


「どうぞどうぞお気になさらずじゃんねー。あーしらは勝手に帰るじゃんねー」


「お二人の邪魔をいたしますような野暮なことをしたりはございませんので、ごゆっくりドライブを楽しんでいただきたく存じます」


「ちょっと、なんなの二人とも。なんでそんな意味深な感じなの」


 メリーさんに詰め寄られて、コックリさんとあかなめさんは顔を見合わせて、それから菩薩のような悟った笑顔をメリーさんに向けた。


「だって……ねぇ? じゃんねー」


「ここまで来ると、はやし立てるのも野暮というものでごさいますれば」


「その歯にはさまったような言い方が気に食わないの。とりあえず攻撃するの」


「「目にシャンプー「じゃんねー!?」「でございますねぇ!?」


 シャンプー攻撃を食らったコックリさんとあかなめさんは悶絶して、倒れてごろごろ転がっていって、そのままフェードアウトした。


「……帰ろっか、メリーさん」


「ヌクト」


 声をかけると、メリーさんは表情の読めない人形の無表情でこちらを見上げて、尋ねてきた。


「ずっと黙ってるし聞きそびれたから今聞くの。

 紫の鏡に取り込まれて助けてくれたとき、カミソリをくわえてたのはなんだったの。

 ヌクト、いったいどんな方法であたしを助けてくれたの」


「ああ、あれ? 別に黙ってたわけじゃなくて、言うタイミングがなかっただけだから聞かれたら普通に答えるけど。

 あれは都市伝説の」


「待った。待ったなの。やっぱり聞かないの。聞かない方がいい気がするの。そこはそれとなく濁しておいた方がいい気がするの。

 これはこの流れの正解を自分なりに推測した客観的評価にもとづく判断で決してあたしがヘタレとかそういうのじゃないの断じてないの絶対あたしはヘタレじゃないの」


「ああ、うん、そういうことにしておこうか」


「そのそこはかとなく微笑ましそうな顔をやめるの」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を(玄関の飲む用の源泉で)洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。

 駐車場に向かうと、メリーさんはちょこんとレンタカーの助手席に座って、きっちりシートベルトを閉めていた。

 僕は荷物をしまって、帰路に向けて、車を発進させた。




 メリーさんを助けるために利用した都市伝説。

 それは水鏡という都市伝説なんだけど。

 水を張った洗面器を用意して、指定された時刻に口にカミソリをくわえてのぞき込むと、とある人物の顔が浮かび上がるというもの。

 そのとき驚いてカミソリを落としたりすると、そのカミソリが相手に届いて、顔を傷つけてしまうのだそうだ。


 そのとある人物とは、将来の結婚相手、なんだそうで。




 高速道路を飛ばす。

 今日も天気がいい。絶好のドライブ日和だな。






「ってあれ? 後部座席に誰か乗ってる?」


 高速道路を走る途中、僕はバックミラーで、メリーさんは直接振り向いて、確認した。

 乗っていた人物は、見られてわたわたとあわてふためいた。


「はぅわぁ!? ごごごごめんなさい勝手に車にお邪魔しちゃってぇ!?

 でもでもっ、メリーちゃんたちすっごく楽しそうだったからぁ! これからわたしも、一緒にお風呂に入りたいなって、あのあの勝手言ってごめんなさいぃ!!」


「えぇー」


「ふざけるななのテケテケお呼びじゃないの引っ込んでろなの」


「目にシャンプーだよぅ〜!?」


 後部座席に乗っていた、上半身だけの女性という都市伝説――テケテケさんは、目にシャンプーを食らって悶絶して、けれど車から出ていったりはしなかった。

 帰り道の間ずっと、メリーさんにめちゃくちゃなじられてたけど、それでもテケテケさんはずーっと一緒だった。


 明日から、またいつもの非日常な日常が始まる。

 それは今まで以上に、騒がしくなりそうだ。


——————


これにて「イルカ島温泉編」は終了です。

次回からはまた、ヌクトの家のお風呂でのドタバタライフとなります。

これからも、ヌクトとメリーさんとその他大勢が織り成す愉快で非日常な日常を、お楽しみください。

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