第46話 都市伝説のメリーさん、脱げる。

『あたしメリーさん……今紫の鏡の中で……ザリザリザリ』


「ダメだ、電波がうまく届かないのか電話も途切れ途切れだしワープしてもこられないみたいだ」


 アトラクション施設「紫の鏡」にて。

 紫の鏡のハッスルによりメリーさんが鏡の中に吸い込まれて、なんとか取り戻そうと行動中。

 横でムラサキババアさんが平身低頭してる。


「申し訳ございませんですじゃ申し訳ございませんですじゃ、うちの従業員がご迷惑を……」


「謝るのはいいです。それよりも、メリーさんをどうやって助け出すか考えないと」


 鏡の表面に触れてみる。

 反射した僕の姿は不明瞭で、それに重なるようにメリーさんらしき影が鏡の中に見える。

 鏡自体の手触りは普通の鏡で、中に入れる様子はない。


「メリーさん、中でどんな目に遭ってるか分からない。早く助け出してあげましょう」


『ザリザリ……痛いこととかは何もないけどやたらぬいぐるみとかペロペロキャンディーとか押しつけられるの……やめるのおしゃぶりはいらないのモガモガ……魔法少女服もやめるのザリザリ』


「うーん、早く助け出してあげましょう」


 横でコックリさんがあたふたした。


「どどどどーするじゃんねどーするじゃんね!? 鏡を叩き割るじゃんね!? 十円玉を束ねて重ねて袋に入れて振り回してパリーンじゃんね!?」


「やめておきましょうコックリ嬢。力ずくで手を加えて、中のメリー嬢にどんな影響があるやも分からないのでございます」


 あかなめさんがなだめる。

 無理やり割るのは、僕もよくない気がする。

 けれどどうすればいいんだろう。いいアイデアがないと。


「例えば、かぁ」


 男性の声。


 顔を向けた。

 真っ黒いゴスロリの人。

 少し離れた場所でぽつんと立って、太陽のような金色の髪をさらりと流して、太陽のような金色の目でこの部屋の鏡たちを見つめながら、ぽつりぽつりとしゃべった。


「都市伝説には都市伝説、かぁ。

 鏡の中に入る都市伝説とかぁ、鏡を通ってものが届くような都市伝説とかぁ、あればいけるかもしれないかぁ」


「鏡を通ってものが届く……」


 考える。

 ひとつ、思い当たった。

 メリーさんに届くかもしれない都市伝説。

 それに必要な道具も、温泉旅館というこの場所なら、そろうはず。


「ムラサキババアさん」


 声をかけて、頼んだ。


「今から言うもの、持ってきてくれますか」




   ◆





「出られないの」


 あたしメリーさん。今は紫の鏡の中に取り込まれてるの。

 困ったの。外に出る方法が分からないの。

 周りはぬいぐるみとかお菓子とかやたらファンシーなものに囲まれてて、かき分けてもかき分けてもどこにもたどり着かないの。

 そしてぬいぐるみもお菓子も見上げた空も何もかも紫色なの。目が痛いの。

 そんな中で紫色の人影みたいなのが、あたしにいろんなものを押しつけてくるの。


『うふふ、ちゃんメリー。かわいいですぅ。いっぱいかわいがってあげるですぅ。

 ほらジュースですぅアイスクリームですぅ魔法少女の変身アイテムですぅ』


「いらないの。さっさとここから出せなの紫の鏡。服を脱がそうとするのをやめるのいろいろゆるんでるの本気でやめるの」


 ぐいぐい服を引っ張って着替えさせようとしてくるの。

 この紫色の人影は、紫の鏡の分身というか擬人化というか、そんなのっぽいの。のっぺり紫ののっぺらぼうなの。

 とにかくうっとうしいから、早く外に出たいの。でも出口とかないの。

 何か対処法を考えるの。紫の鏡の呪いの対処法、いくつか言われてた気がするの。

 二十歳まで紫の鏡って単語を覚えていても、一緒に特定の単語を覚えておけば呪われないとかなんとか、あった気がするの。


「回線が悪くてググれないから記憶頼りなの。えーっとなの……確か、白い水晶、ピンクの鏡、あとは……」


『そんなつれなく出ていこうとするなんてさみしいですぅ。ちゃんボクはちゃんメリーをかわいがるですし、ここはちゃんボクの心の世界なので、こうやってかわいい服を自由自在に用意できるですぅ』


「そうして用意するのが魔法少女服とかヒーロースーツとかなんか方向性が偏ってるの」


『こっちの方が子供らしくてメルヘンでかわいいですぅ。こんな普段着なのか水着なのかよく分かんない意味不明な服なんてぽいしちゃえばいいですぅ』


「む。なの」


 ちょっと、むかっとしたの。

 だから、紫色の人影をぐいっと押しのけたの。


「お言葉だけど、なの。あたしはこの服、気に入ってるの」


 向かい合って、人影を見つめたの。

 のっぺらぼうの人影には鏡の擬人化らしく、あたしの姿が映ってるの。

 あたしの姿。フリルのいっぱいついてふんわりした雰囲気の、水着にも見える服なの。


「あたしのためを思ってくれる人が、あたしのことを考えて選んでくれた服なの」


 ぴしり、と。

 この空間の空が、割れたの。


「めーん!」


 見上げたの。

 紫色の空に割れ目ができて、その明るい外から飛び込んでくる人影があるの。

 口にカミソリをくわえて、こっちに手を伸ばしてくる男の人なの。


「……ヌクト」


 紫の鏡の呪いを避けるための単語、いくつかあった気がするの。

 白い水晶。ピンクの鏡。

 それからあと、なんだったかなの。


水野温斗みずのヌクト


 伸ばされたヌクトの手に、あたしも手を伸ばそうとしたの。

 それより先に、ヌクトの手はあたしの胴体まで伸びて、服をつかんだの。そして。


「あ」


 服が、脱げたの。


「……ヌクト」


「待っへ待っへ服ぁなんかゆゆんぇてちょっほ引っ張ったやけぃぇ不可抗力ぇ目にヒャンフーあーッ!?」


 目にシャンプーを食らったまま、ヌクトはあたしと脱げた服をしっかりつかんで引き上げたの。

 口にくわえたカミソリは、絶対に離さないようにしながら、なの。

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