第75話 都市伝説のメリーさん、スキンケアする。

「あたしメリーさん。今あなたのうし、あっマスクが水を吸ってうまく息ができないのゴボゴボゴボ」


「ふふふ、お人形さんマスクの使い方に慣れてないみたいね」


「人形なのに濡れた布で鼻と口をおおわれたら苦しいんだね」


 メリーさんからの電話に出ると、僕の背後の風呂イスにメリーさんがきちんと着地して、そのメリーさんの服装は着ぐるみパジャマにマスク着用という不審者スタイルで、あらゆる布が水を吸ってマスクもびしょびしょになって、息ができなくてぶっ倒れた。

 そして一緒に出てきた口裂け女さんが笑った。




「メイクの落とし方が分からないの。顔がぐっちょぐちょなの」


「あー、それで隠すためにマスクしてるんだ」


 湯船に三人、浸かる。

 メリーさんは僕のひざの上に立って、マスクの隙間に指を入れて呼吸は確保しつつも、かたくなにマスクを外そうとはしない。


 口裂け女さんはメリーさんの話を聞いて、たしなめるようにしゃべった。


「よくないわねお人形さん。メイクをきちんと落とさないのは不潔だわ。

 若いうちはいいかもしれないけれど、長時間のメイクはお肌に確実にダメージを与えて未来の肌トラブルを招き寄せるのよ。

 将来シミや吹き出物に悩みたくなかったら、きちんとしたメイク落としとスキンケアを覚えた方がいいわ」


「う、なの。肌トラブルは困るの。きちんと落とすの」


「人形のメリーさんの将来とか肌トラブルって何?」


 僕のツッコミを尻目に、メリーさんと口裂け女さんはメイク落としの相談を始めた。


「メイク落とし剤はオイルタイプがアタシはおすすめだと思うんだけど、濡らす前に塗らないといけないからもうびしょびしょになっちゃった今だと使えないわね。

 こっちのリキッドタイプにしましょう。顔全体によくなじませて」


「分かったの。ヌクト、マスクを外すから絶対こっちを見るんじゃないの」


「しょうがないなあ」


 二人に背を向ける。

 ほどなくして、メリーさんと口裂け女さんのきゃいきゃいとした声が響き出した。


「ほらお人形さん、こうやってなじませて。そうそう、強くこすらずに広げる感じで、目元なんかのでこぼこした部分は特に丁寧にするのよ」


「んん……こんな感じなの……あ、変なとこに入ったの」


「きゃあ!? ちょっとお人形さん、目玉落ちたわ」


「どこ行ったの、はめ直さないといけないの、湯船に落ちたみたいなの探すのゴボゴボゴボ」


「アタシが見つけたわよ! ほらお人形さん、はめてあげるからじっとしてて」


「口裂け女、そこは違う穴なの」


 うーん、これほっといていい感じなのかな?

 声だけ聞いてると、なんかとんでもないことになってる気がするけど。


「メリーさん、何か手伝った方がいい?」


「絶対振り向くななのヌクト」


「はい」


 釘を刺されたので、引き続き背中を向けておく。

 また二人の声が響く。


「いいわお人形さん、ちゃんと目玉がはまったわよ。

 メイクもきちんと落ちたし、次は洗顔ね。しっかりと泡立ててやさしく洗うのよ」


「もこもこの泡を作るの。もこもこ、もこもこ、ゴボゴボゴボ」


「お人形さん泡立ての才能あるわね!? どうやったら手のひら一杯分の洗顔料が天井まで届く泡になるのかしら!?」


「肌がきれいになったら、次は化粧水なの。お肌にうるおいを与えるの。

 ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃ。ぷるぷるなの」


「お人形さんどうやったらそんなぷるぷる具合になるのかしら!? ぷるぷるを通り越してスライムみたいになってるわよ!?

 あっ待ってお肌の保水力がすごすぎて湯船のお湯を吸っちゃってるわ、きゃーお人形さんがぶくぶくに巨大化していくわ!?」


「仕上げは乳液なの。うるおいを肌に閉じ込めるの」


「待ってお人形さん、アタシも取り込まれてるのよ、このままじゃアタシも閉じ込められるわ、きゃー!?」


「できたの。完璧なの。ヌクト、こっち向いてもいいの」


「どう考えても完璧とはほど遠い状況にしか聞こえなかったんだけどなあ……」


 おそるおそる振り返る。

 するとそこには、さっきまで聞こえていたごたごたがウソのように、新品の人形みたいなつやつやの肌をしたメリーさんがいた。

 その向こうでは口裂け女さんが、髪やら白衣やら振り乱してべっちょべちょに濡れて、湯船のヘリにだらりともたれかかっていた。

 なんか、お疲れ様です。


「ヌクト、あたしじゃなくて口裂け女を見てるの。ぷくーなの」


 メリーさんが無表情をぷくっとふくらませる。

 そのほっぺもゆで卵みたいにつるつるだ。


「メリーさん、いつにも増してかわいくなったねえ」


「ぴっ、なの」


 つい触りたくなって、ほっぺをつんつんした。

 メリーさんはゆでだこみたいに無表情を真っ赤にした。


「またヌクトはそうやって気軽に触ってくるサルヤローなの」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。口裂け女さんも。

 残されたのはただ、スキンケア用品のひとそろいだけ。


「……メリーさん、すごくすべすべになってたし、僕もスキンケアに気遣ってみるかなあ」






「お肌のケアでございましたら、わたくしめがじきじきにお肌の汚れをなめ取ってさしあげることも可能でございますが」


「結構ですー」

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