第74話 都市伝説のメリーさん、メイクに挑戦する。

「あたしメリーさん。今あなたのうしゴボゴボゴボ」


「めめめメリーちゃんから直々にお呼ばれしちゃったよぅ!?

 はぅあぅどうしようメリーちゃんの方からお風呂に呼び出しなんてぇ、これはまさかのそういう展開!? わたしとメリーちゃんでぇ!?

 はわわわどうしようどうしよう、妄想がテケテケしちゃうよぅ〜!!」


「テケテケさん一人いるだけでやかましさが段違いだなあ」


 メリーさんからの電話に出ると、背後にメリーさんが出現して、その背後にテケテケさんが出現して、メリーさんは抱きつかれて風呂に沈んだ。




「ヌクトは口裂け女のことをきれいって言ったの。許しがたきサルヤローなの。

 あたしはきれいとかそんなのは言われたことないの」


「そうだっけ? あーかわいいとしか言ったことないのかな、メリーさん実際かわいい系だし」


「かわっ……お世辞はやめるの、あたしは別にかわいくないの、でもたまにはそういうの言ってほしい気がしないでもないのでも別に要求してるわけじゃないの」


「照れてるメリーちゃん、かわいいよぅ……」


 湯船の中。

 メリーさんは風呂イスに立って、最初こそ仁王立ちで無表情をぷんすかさせてたのに今は赤くなってちぢこまってる。

 着ぐるみパジャマもあいまって、にゃんこのポーズみたいでかわいいね。


「とにかく、そんなことはどうでもいいの。

 他の怪異ばっかりチヤホヤされるのは我慢ならないから、あたしもきれい系を目指すの」


「それとテケテケさんになんの関係が?」


「あるの。きれい系を目指すなら、やっぱり大人っぽくきちんとメイクをするのが必要だと思うの。

 そこで怪異になる前は成人女性として社会人やってて、メイクの経験があるであろうテケテケ。あなたの出番なの」


 びしりとメリーさんに指をさされて、テケテケさんはあたふたした。


「ひぇ!? それってつまり、わたしがメリーちゃんにメイクを教えるってことぉ!?

 そんなっ、それじゃわたしのメイク技術がそのままメリーちゃんのメイク技術の基準になるってことで、そんな、そんな影響力甚大な役目を任せられちゃったら、わたしぃ……!」


 テケテケさんは両手をほっぺに当てて、そしてたらりと鼻血を流した。


「すっごく妄想が……テケテケしちゃうよぅ……」


「思考回路がよく分からないんだけど、メリーさん、これを頼りにして大丈夫?」


「……背に腹は代えられないの」


 無表情をげんなりさせるメリーさんと対照的に、テケテケさんはるんるんと化粧ポーチを取り出した。


「それじゃあメリーちゃん、メイクの種類はどんな感じのがいいかなぁ?

 話を聞く感じだと目指すのはきれい系みたいだけど、きれい系にも種類があるからどんな感じのきれい系がいいか言ってみて?」


「え、そんなの急に言われても、分かんないの」


「うんうん最初は分かんないよねぇ。だから最初は、具体的に人を決めてこの人みたいになりたいって考えてメイクする手があるからぁ」


 テケテケさんはコスメセットをじゃらじゃらと取り出して、むふーと鼻息を荒くした。


「ここはわたしと先達のオタクお姉様たちが考案した! あこがれの二次元キャラと一体化しちゃおう推し活概念メイクでいくのが一番だよねぇ!?

 メリーちゃんはどのキャラクターがいいかなぁ!? わたしの推しは『卓☆上☆白球』間倉まくらあきら概念コーデのちょいさみしがり王子様メイクなんだけどぉ、メリーちゃんなら『グレイボーン』アロープ概念コーデのさわやか闇深やみふか少年メイクも似合うかもしれないし、あっあっでもでも『フルメタリア』エディ概念のツンツンヤンキーお兄ちゃんメイクも捨てがたいし『ロッキュー』黒井くろい瑛人えいと概念コーデの外面根暗内面メラメラ漆黒メイクだって」


「待つの待つの、情報量が多すぎるの」


「専門用語すぎて全然理解しきれてないけど、きれい系じゃなくてボーイッシュを目指してない?」


 僕らのツッコミも耳に届かず、テケテケさんはよだれを垂らしながらメイク道具を構えた。


「なんでもいいよぅメリーちゃんをかわいくするチャンスだよぅ! おりゃー!」


「ちょ、待つの、方向性も定まらないままメイクをしても、あーれーなの」


 抵抗する間もなく、メリーさんはテケテケさんにつかまって、ガンガンにメイクを盛られていった。

 やがて、テケテケさんはひと仕事したという感じで、満足そうにふーと息をついた。


「完成だよぅ〜! わたしの持つメイク技術をふんだんに盛り込んだ、ハイパーマックスメガ盛りキュート愛されゆるふわメリーちゃん〜!」


「ネーミングを聞くにきれい系からかけ離れた感じなんだけど……ぶふっ」


 メリーさんの顔を確認して、思わず吹き出してしまった。

 どんな顔をしてるかっていうと、その……メリーさんの名誉のために、詳しくは説明しないでおこうと思う。

 そのメリーさんは鏡で自分の顔を確認して、ぷるぷるとふるえた。


「許せないの……」


「ほらーテケテケさん、めちゃくちゃなメイクしたからメリーさん怒ってるよ。謝った方がいいよ」


「はぅぅ、わたしはかわいいと思って盛ったんだけどぅ……」


「絶対に許すことはできないの……ヌクト」


「なんで僕ーッ!?」


 メリーさんはシャンプーを構えて、ぬらりと僕ににじり寄ってきた。


「恥ずかしい顔を見られて笑われたの……穴があったら入りたい気分なの……

 こんな間抜けな顔をさらした自分が許せないの全部洗い流してやるのみんなまとめてシャンプーまみれにして記憶をリセットしてやるの」


「落ち着いてメリーさんシャンプー程度じゃ記憶はリセットされないよ目にシャンプーがーッ!?」


「はぅぅ、穴に入りたいメリーちゃんヒワイだよぅ目にシャンプーだよぅ〜!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。テケテケさんも。

 残るのはただ、シャンプーの香りに混じる化粧品の残り香だけ。


「うーん、メリーさんかわいいから、メイクなしでもいいと思うけど……こういうの、女心が分かってないってやつなのかな」


 メリーさんが満足いくおしゃれを楽しめて、それで心が豊かになったら、メリーさん自身もどんどん魅力的になるかもしれないよね。






「メイクの落とし方が分からないの」


「それ僕に聞かれても……ぶふっ。

 目にシャンプーがーッ!?」

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