第73話 都市伝説のメリーさん、都市伝説の派生について考える。

「こんこんこんばんコックリさーん! コックリさん系配信者の重縁指じゅうえんざしコックリじゃんねー!」


「ご主人様、今日はこの犬めが遊びに来ましたワン」


「あら今日のお風呂はずいぶんにぎやかなのね! アタシも気合い入れて清潔にしなきゃいけないわ!」


「ゴボゴボゴボ」


「多すぎる」


 メリーさんからの電話に出ると、メリーさんの他にコックリさんと人面犬さんと口裂け女さんが現れて、全員が湯船に入るもんだからぎゅうぎゅう詰めになって、中心で巻き込まれたメリーさんは風呂に沈んだ。




「さてさてここで問題じゃんねー! 今日のゲスト三名には共通点があるじゃんね! それはなんなんじゃんねー!?」


「答え:全員邪魔者。なの」


「ひどいじゃんねメリメリー!?」


 湯船に僕とメリーさんとコックリさんと人面犬さん。洗い場に口裂け女さん。そんな割り振りで入浴する。

 口裂け女さんはずっと体を洗い続けている。白衣を着たまま。

 僕のひざの上で無慈悲な回答をしたメリーさんに対して、コックリさんはぴえんぴえんと泣いて訂正した。


「そーゆーことじゃないじゃんね! 共通点は『全員イヌにまつわる怪異である』じゃんね!」


「犬? 人面犬さんは言わずもがなだしコックリさんはキツネとイヌとタヌキって書いて狐狗狸こっくりって読むって説があるけど、口裂け女さんも何か犬絡みの伝承があったっけ?」


 僕が口裂け女さんに疑問を投げかけると、口裂け女さんはふふんと笑って、泡だらけの両手を組み合わせて影絵の犬のかたちにしてみせた。


「口裂け女の伝承は広く伝えられる中で、さまざまな派生があるの。その中には何かと犬にまつわるお話が散見されるわ。

 たとえば犬が大の苦手で、犬が来たと言えば一目散に逃げてくとかね」


「へー初めて聞いた。べっこう飴とかポマードは聞いたことあるけど、いろんな弱点があるんだ」


「伝承を全部集めたら弱点だらけになるの。吸血鬼の生態みたいなの」


 口裂け女さんはさらに笑って、犬の形にした手をそのままこすり合わせて、泡立たせた。


「逆に近年の創作物では、口裂け女の大きく裂けた口は犬と縁があるからだと考えて、犬神憑きなんかの犬にまつわる怪異として定義する例も見られるわね」


「そんなのもあるんだ」


「口裂け女犬神フォームなの」


 そして口裂け女さんは犬の形の手を僕の方に向けて、指を動かして口をぱくぱくさせる動作をした。もこもこの泡がシャボン玉になってぷかぷか浮く。

 口裂け女さんはマスクの奥で、くつくつと笑った。


「ま、手を変え品を変え代表的な都市伝説として名前が残っちゃいるけど、アタシの存在をおもしろおかしく取り上げるのは、あまりおすすめできる行為じゃないわ。

 うわさの成立や広まっていく過程の中で、みにくい見た目だったり人と違う見た目だったりする人を化け物扱いする風潮が、なかったとはいえないからね」


「あ……なるほど。そんな背景が」


 そっか。あんまり考えたことなかったけど、口裂け女の都市伝説ってそういう側面もあるのか。


「化け物扱い……ですかワン。

 人と違う見た目をしているだけで、まるで人でないように扱われる……そんなことが……ワン」


 人面犬さん、考え込むような顔をしている。

 そうだよね。人面犬さんも、今のを聞くと考えちゃうよね。

 ともすれば軽々に話しちゃう都市伝説の怖い話、そこで化け物として語られてる存在がどんなふうに成立したか、意識することは少ないと思う。

 その語りの中に誰かをさげすむ悪意はないか、知らないうちにそんな悪意に加担してないか、僕たちはきちんと考えていく必要が……


「そんな人でなしの扱いをしてもらえるなんて、想像したらなんて幸せなことなんでしょうワン……♪」


「あっそうだこの人はこういう人だった」


「こいつにとって人でなし扱いはご褒美なの」


「あーしが代わって関係者各位に謝っておくじゃんねー。ご不快な思いをさせてごめんなさいじゃんねー」


 口裂け女さんは愉快そうに笑って、犬の形にした手を崩して開いて、それからぱんと叩いた。

 ふわっと泡が舞い散る。


「まあそれも、かつて広まった口裂け女という都市伝説の一側面ってだけだけどね。

 少なくとも今ここにいるアタシは、ただ歯を磨きすぎて口が裂けただけの、ちょっと医療資格を持った潔癖症の怪異ってだけよ」


 そう言って、笑う。マスク越しに。

 口裂け女さんの口元は、マスクに覆われていて見えない。

 けれどその口は、さぞ楽しそうに笑ってるんだろうと、そう感じられた。


「なんだか、いいですね」


 ごく自然に、思ったことが口に出た。


「今の口裂け女さん、とてもきれいに見えます」


 口裂け女さんは僕を見て、少し目を見開いて、それからにこりと目を細めた。

 そして、僕の少し横を指さした。


「ありがとう、お兄さん。けれどきちんと周りを見た方がいいみたいね」


「ん?」


 口裂け女さんが指す方に、顔を向けてみた。

 メリーさんが、真っ黒い無表情で、僕を見上げていた。


「ヌクト。やっぱりヌクトは軽率に女性をほめて口説こうとするスケコマシのサルヤローなの」


「違うんだメリーさん僕はただいいと思ったことが素直に口に出たってだけで口説くとかそういうやましい気持ちはこれっぽっちもなくて目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。口裂け女さんたちも。

 残るのはただ洗い場に落ちる泡と、ふわふわと余韻のように漂うシャボン玉だけ。


「……都市伝説の設定の変遷かー。考えれば考えるほど、おもしろいものだよね」


 おもしろい。通説とは全然違う姿を見せる、ここに来る怪異たち。

 捨てられた人形がうらみや悲しみで怪異と化したという設定が通説だろうメリーさんが、今こうやって親しみのある存在になっていること。

 以前あかなめさんが言っていた、新しい設定をどんどんと想像できる現代の自由さ。


 ただよってきたシャボン玉を指で突いて、割った。

 うわさの拡散の中で付け足されてきた設定の尾ひれは、中にはシャボン玉のように刹那的なものもあっただろう。

 けれどそうして泡立つように増えた設定のどれかが、現代まで生き残ってメリーさんたちに親しみを与える種になったのだとしたら、なんだか、いいなと思う。






「ヌクト様、床や壁に付着した石けん汚れを放置するのは、風呂の不潔さにつながることでございます。

 ヌクト様の健康を案じて、わたくしめが丁寧になめ取ってさしあげるのでございますベベロベロベロ」


「今日はなんかいい感じに締めれそうだったのになあ」

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