よん風呂め(イルカ島温泉編)

第36話 都市伝説のメリーさん、高速道路をゆく。

「あたしメリーさん。今レンタカーの助手席にぼぼぼぼぼぼ」


「窓開けると危ないよー」


 今日は温泉旅行、目的地のイルカ島温泉に向けて高速道路を走る。

 その最中にハンズフリー通話でメリーさんの電話に出ると、メリーさんは助手席に出現して、窓を開けて、その無表情に思いっきり風を受けて顔や髪がめちゃくちゃになった。




「窓を閉めて、シートベルトもオッケーなの。髪も直したの」


「チャイルドシートなしで大丈夫かな?

 ごめんなさい調子乗りました運転中にシャンプーは本当に勘弁してね?」


 改めて、助手席にきちんと着席したメリーさん。

 構えたシャンプーもしまって、両手をひざの上に置いてちょこんと前を向いて座っている。

 メリーさんの寸法だと、足がシートの前にぶら下がらずにまっすぐ伸びた状態。

 あと服装は。


「今日は最初に僕があげた服なんだね。フリルいっぱいのフリフリの服」


「旅行の服装なら、メイド服とかブレザーよりこっちの方がいいと思ったの。

 ヌクトも珍しいの。服着てるの」


「お風呂以外では服着てるからね? 全裸がデフォじゃないからね?」


 そしてふとメリーさんは、フロントガラスの向こうを見上げた。


「それにしても、ドライブも初めてなの。ヌクトのところに来てから、初めての経験がたくさんなの」


「それは光栄ですよっと」


 ハンドルを握り直す。前方に集中して、運転を続ける。

 まっすぐ伸びる高速道路。午前の空は快晴。道もすいていて、ドライブが気持ちいい。

 ……なんだけど。


「ねえメリーさん、正面に上半身だけの人間が両手をシャカシャカ動かして車と同じスピードで走ってるのが見えるんだけど」


「都市伝説の『テケテケ』なの。こんなとこにいたの」


 メリーさんは窓を開けて、シートベルトを外して身を乗り出した。


「テケテケー! あなた何やってるのーぼぼぼぼぼ」ぴゅーん


「落ちたー!?」


「あたしメリーさん。今レンタカーの助手席にいるの」


「あっ戻ってきた」


 窓から落っこちたメリーさんは、瞬時にワープして隣に戻ってきた。

 呼びかけられた正面の怪異存在が振り向いて、こちらを見てあわてふためいた。


「はぅわぁ!? メリーちゃんなんでこんなとこにいるのぉ!?

 やだあっ後ろ見られたくないよぉ〜!」


 怪異存在こと都市伝説テケテケは、隣の追い越し車線へとわたわたと車線変更して、減速して僕らの車と並走した。

 運転席側の窓も開けると、都市伝説テケテケは涙声でわめいた。


「わっわっわたし、温泉旅館に遊びに行こうと思ったんだけどっ、まさか知り合いと男の人に後ろを取られるなんてぇ……!

 下半身丸出しなのに後ろを見られるの、わたし恥ずかしいよぉ〜!」


「胴体ちょん切れてる状態を下半身丸出しって表現するの新しいなぁ〜」


 運転に支障のない程度に、横に視線をやる。

 都市伝説テケテケ。下半身がなくて上半身だけで高速で走る女性という都市伝説。

 今横に走ってるテケテケさんは、ブラウスを着た二十代程度の女性に見える。

 そしてずっと涙目ではわはわきょどきょどしている。


「あっあっあのっ、なんかすみませんお見苦しいものをお見せしてしまいまして! なんか流れで並走させていただいてしまいまして!

 ご気分を害されましたよねせっかくのデートなのにみっともないもの見ちゃってしかも知り合いと遭遇するとか気まずくて仕方ないですよねごめんなさいぃ!」


「ああいや別に、僕は気にしないけど」


「ちょっと待つのテケテケ。何勝手にデートって決めつけてるの。

 あたしとヌクトはそんな関係じゃないの変な思い込みするんじゃないの」


「ええっ!? じゃあメリーちゃん恋人でもなんでもない男の人と二人っきりで温泉旅館方面へドライブしてるの!? 恋人でもなんでもない男の人としっぽりずっぽりなのぉ!?

 ダメだよメリーちゃん下半身があるからって自分を安売りしちゃあ〜!」


「下半身のあるなしで異性交友語るの初めて聞いた」


「ふざけるななのテケテケあたしたちそういう関係じゃないの下半身なくした分だけ頭下半身になってるの色ボケ怪異なの」


「そういう関係じゃない!? わたしの妄想力でも追いつかないようなただならない関係なのぉ!?

 夜になったら『あたしメリーさん。今あなたの下にいるの』なんて言っちゃったりして!? それとも上ぇ!?

 はわわわどうしようどうしよう鼻血がっ、あっでも両手で走ってるから鼻を抑えられないよぅどうしよう〜!?」


「ふざけんじゃないの鼻より先に目の心配をするがいいの」


「目にシャンプーだよぅ〜!?」


 窓から身を乗り出したメリーさんからシャンプー攻撃をくらって、テケテケさんは悶絶して目を押さえて、道路を走れなくなってごろんごろんと転倒した。

 サイドミラーに映る姿が、どんどん小さくなっていく。

 そして身を乗り出したメリーさんも。


「ぼぼぼぼぼ」ぴゅーん


「落ーちーたー!?」


「あたしメリーさん。今レンタカーの助手席にいるの」


「あっ戻ってきた」


 助手席できちんとシートベルトをして、ちょこんと座るメリーさん。

 その無表情な顔が、気持ち赤くなって、こちらを見上げてきた。


「ヌクト、今日はお泊まりだけど、あたしは上にも下にもならないの」


「分かったからお願いだからシャンプーはやめてね!? 絶対やめてね危ないから!?」


 その後目的地に着くまで、「絶対やめてね」を多分十回以上言うことになった。

 海の上をゆく高速道路。空には棒状の飛行生物「フライングフィッシュ」が飛びかう。

 目指すは孤島「イルカ島」。

 楽しい旅行は、まだ始まったばかり。






「ところでヌクト、レンタカーより電車の方が安上がりな気がするけどなんで車にしたの」


「だって最寄り駅がきさらぎ駅だし……どっからどう行ってどう出られるのか分かんないんだもん」

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