第64話 都市伝説のメリーさん、人の権利を考える。
「あたしメリーさん。今人面犬の着ぐるみの中にゴボゴボゴボ」
「メリーさん、苦しいですしくすぐったいですワン。その感触がちょっとクセになりそうですワン」
「どういう状況」
メリーさんからの電話に出ると、背後に人面犬さんが現れて、その人面犬さんの着ぐるみパジャマの胸元にメリーさんが入り込んでいて、人面犬さんは湯船に肩まで浸かっているので、メリーさんは風呂に沈んだ。
「人面犬はたまねぎも問題なく食べられるし体も着ぐるみだしで、どう譲歩しても犬扱いできないの。
文字通り化けの皮をはがして、ヌクトに寄りつく口実をなくしてやるの」
「人面犬さんが僕に寄りつく理由ってなんだっけ」
「ごはんを恵んでくれたワン」
「これ犬扱いしなくても寄ってくるよ」
現在、湯船。
僕をはさんでメリーさんと人面犬さんもお湯に浸かり、メリーさんは無表情の目からバチバチ火花。
それに対して、人面犬さんはすまし顔。
「そもそもの話として、この犬めに犬っぽくない特徴があって何か問題があるんですワン?
メリーさんだって、人形だけど人形っぽくない特徴がいっぱいありますワン。
人形なのに食べ物を食べるししゃべるし泣くし、ご主人様にときめいてドキドキしたりしてますワン」
「だだだだ誰がときめいてるのこのスカポンタン」
「目にシャンプーですワン〜!?」
目にシャンプーを食らって、人面犬さんは悶絶して湯船に沈んだ。
それからぷかりと浮かんできて、でへりとだらけた顔を天井に向けた。
「人でなしの扱いを受けるこの感覚、たまらないですワン……♪」
「くっ、こいつ無敵なの」
「ほうっておくのがいいと思うよ」
そうしてほうっておいていると、人面犬さんはざばりと身を起こして僕にすり寄りながら尋ねてきた。
「この犬めは犬ですワン。でももしご主人様が人の方がいいと言うのなら、この犬めは犬の身を脱ぎ捨てますワン。物理的に」
「自分で脱ぎ捨てられるものだって宣言したね?」
「脱ぎ捨てるのはダメなの。その着ぐるみの下は素肌なの。何も着てなかったの」
「メリーさん、確認したんだ。さっき着ぐるみの中に入ったときに」
ちょっと想像しちゃう……ごめんなさいメリーさんそんな黒い無表情で見つめてこないで。
一方で人面犬さんは平然として、胸元に手を当てた。
「この犬めの望みは人でなしの扱いされることと、ご主人様のおそばにいられることですワン。
その望みが叶えられる方法はいくつかありますワン。たとえば……」
胸元に当てた手の指が動いて、着ぐるみパジャマのボタンを外していった。
そうしてふところに手を入れて、ごそごそと探って、何かを取り出した。
ファスナーつきのプラスチック製保存袋。その中に入っているのは紙。……婚姻届。
「ここに判を押してもらえればこの犬めは役所公認でご主人様のおそばに……」
「チェストォォー!! なの」
「目にシャンプーですワン〜!?」
シャンプー攻撃を食らって、人面犬さんは悶絶して風呂に沈んだ。
メリーさんは無表情のままフーッフーッと息を荒げて(人形だけど荒げられる息があるんだね)、吐き捨てた。
「こ、こいつ、超えちゃいけないラインを越えようとしたの。戦争なの。デストロイなの。冗談でもやっちゃいけないラインなの」
「そこまで?」
メリーさん、無表情を気持ちうつむかせてぷるぷるとふるえている。
「婚姻届……公的文書……なんということなの、人であることを証明したら人であることの利点でヌクトと距離を詰められるの……
あたしにはできないことなの……だってあたしは人形なの……人形に戸籍なんてないの……つまり籍を入れるという行為はできないの……」
「あのーメリーさん、あんまり思い詰めないで?」
思考がなんかよくない方向に行きそうだったので、メリーさんを止めようとした。
そうしたらメリーさんは何か思いついたみたいに、無表情をはね上げた。
「いいこと思いついたの。戸籍を入れられないなら、ペット枠を目指せばいいの」
「メリーさんそれ本心で言ってる?」
メリーさんは無表情だけど、心なしか目の中がぐるぐる渦巻いてる気がする。
「そうなのペットなら気兼ねなく一緒にいられるしベタベタくっつけるし思いっきり甘えられるの。どうして今まで思いつかなかったのあたしはこれからペットになればいいのそうすれば思う存分ヌクトとあんなことやこんなことを」
「メリーさーん? 戻っておいでー?」
顔の前で手をぶんぶん振ってみるけど、自分の世界に入ってるみたいで反応がない。
人としての戸籍が入れられないことがそんなにショックなのかな。ずーっと僕と目を合わせずにぶつぶつ言ってる。
うーん、でもそんなにショック受けることなのかなあ。
「ねえメリーさん。前に紫の鏡の中に閉じ込められたときに、僕がカミソリくわえて助けに行ったことあったじゃん。
あのとき利用した都市伝説ってさ」
その話題を出したら、メリーさんはぴたりと硬直した。
それからギギギと固い動きで目をそらした。
「知らないの。聞いてないの。あたしはなんにも知らないの。
その都市伝説についてあたしはなんにも聞いてないから今は考えないの考えなくていいの」
「これだけド安定なフラグがあるのに目をそらすのヘタレだなー」
「うるさいのヌクトのくせに生意気なの」
「目にシャンプーがーッ!?」
目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。人面犬さんも。
「……あの都市伝説が現実になるの、いつになるんだろうねー」
将来の結婚相手が見えるという都市伝説、水鏡。
あれにメリーさんが映ったのは、事実なんだよね。
「めめめめメリーちゃんがヌクトさんのペットになるって聞いたけどどういうことぉ!?
はわわわペットってことは、メリーちゃんが首輪つけられてヌクトさんに飼い慣らされてぇ!?
あぅあぅ想像したら妄想がテケテケしちゃうよぅ〜!」
「それ本気でやるかどうか分からないからステイしようねーテケテケさんー」
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