第65話 都市伝説のメリーさん、ASMRをやる。

「こ、こんこんこんばんメリーさーんなの。これからお人形さん系配信者としてゴボゴボゴボ」


「ぎゃーんメリメリがめっちゃカワイイことしてるじゃんねーギャンカワじゃんねー!」


「今の正面から見たかったなー」


 メリーさんからの電話に出ると、背後に現れたメリーさんは何やらいつものキャラらしからぬ言動をして、一緒に現れたコックリさんに抱きしめられて、風呂に沈んだ。




「整理するじゃんね! メリメリは人の戸籍がなくてぬっくんと結婚できないから、ペット枠を目指してカワイイキャラになろうとしてるじゃんね!」


「それ本当にやるんだ」


 現在、湯船。

 無表情で赤面してもじもじしているメリーさんを、コックリさんがほっぺをもちもちしたりしてかわいがってる。

 今日のメリーさんの服装はブレザースタイル。コックリさんと学生服コーデで合わせたんだね。


 コックリさんはいつにも増してるんるんしている。


「カワイイキャラを目指すにあたってー、メリメリのカワイイの基準があーしだから、あーしみたいになろうとしたってことじゃんね!

 やーん照れるじゃんねー! それに健気なメリメリがちょーラブリーじゃんねーぬっくんと結婚できないことにショック受けるのいとおしいじゃんねー!」


「あらためて整理されると恥ずかしいからやめるの。

 あと別にヌクトと結婚できないのがショックとかそんなんじゃないの、ただ特別な存在であったらいいようなそんななんかな気がするだけなのあっでもそういうチャンスがあるなら考えないこともないの」


「うんうん、それ僕はどんな表情して聞いてたらいいのかな」


 とりあえず生あたたかい視線で見ておこう。

 もじもじしてるメリーさんに対して、コックリさんはカワイイのお手本にされているのがよっぽどうれしいのか、ものすごく張り切ってる。


「これだけ頼られたら、あーしのありったけの配信者としてのノウハウをメリメリにばっちりバリバリ伝授してあげるしかないじゃんね!

 免許皆伝のあかつきには、メリメリもあーしと同じ絶妙に微妙な人気を獲得するじゃんね!」


「絶妙に微妙」


「配信者としての人気の秘訣はいろいろあるけど、メリメリが目指すカワイイアピールを手っ取り早く獲得するにはこれじゃんね!」


 コックリさんは壁にお絵描きシートを貼って、そこに四文字のアルファベットを書き殴った。


ASMRえーえすえむあーる、じゃんね!」


「えーえすえむあーる、なの?」


 メリーさん、文字を見つめて無表情のまま首をかしげてる。

 かくいう僕も、あんまり詳しくないけど。


「たまに配信者さんやってるよね、ASMR配信って。

 なんか耳かきの音を出したり、ひそひそ話をしてるイメージなんだけど」


「配信者がやってるのはそんなヤツじゃんね!

 もともとの意味は心地よく感じる音ーみたいな意味でー、あーしらみたいな配信者は耳元すぐそばにいるような声とかで視聴者の耳をしあわせーにしちゃうヤツじゃんね!

 どんな感じなのかは、体験するのが一番じゃんね!」


「え、僕?」


 コックリさんが僕の右側にぴったりと寄り添ってきた。

 そして右耳に口を近づけて、ひそひそさわさわと語りかけてきた。


「うふふふふー……今日もお仕事おつかれさまじゃんねー……

 疲れちゃったじゃんねぇ? 分かるじゃんねー……いつも頑張ってるきみのことー、あーしはいっつも見守ってるじゃんねー……

 あーしがやさしーく、やさしーく……こうやって、隣で添い寝してあげるから……ゆーっくり、休むといいじゃんねー……」


「おおう」


 うわー、実体験するASMRすごいね。本当にそばにいるみたいだ。

 いや今は本当にそばにいるんだけど。

 そして正面ではメリーさんが無表情のままわなわなとふるえて、そしてくわっと叫んだ。


「ヌクトがコックリに略奪されたの!」


「メリメリのモノにしてから言うじゃんねー」


 コックリさんはケタケタと笑ってる。

 その笑い声も耳元だからなんかそわそわするなあ。

 そんなことを思ってると、コックリさんはちょいちょいとメリーさんに手招きした。


「んじゃ、実践じゃんね! メリメリは左耳があいてるじゃんね!」


「え、あたしもやるの」


「とーぜんじゃんね! そのために実演してみせたんじゃんね!」


「え、でもそんなの、やったことないあたしがやっても、ヌクトもきっと楽しくないの、迷惑なの」


 メリーさん、無表情のままもじもじしてる。

 そんなメリーさんに、僕は親指を立ててみせた。


「期待してるよメリーさん」


「うっ、曇りなきまっすぐなまなざしなの。これは逃げられないの」


 メリーさんは無表情のまままぶしさに顔をそむけるようなジェスチャーをした。

 それから、おそるおそるといった感じで僕の左耳に寄り添って、ぼそぼそとしゃべりだした。


「え、えっと、うふふふふー、なの……あ、あたしはー、ヌクトのことー、見守ってるのー」


「メリメリ固いじゃんね! もっとやわらかーく甘やかすような声を出すじゃんね! こうじゃんね!」


 コックリさんが、とろけさせるような声色を出す。

 

「ふふふーん……ぬっくんはー……添い寝のときー……どんなふうにしたいじゃんねー……?

 あーしを抱き枕にするかー……それとも、あーしの抱き枕になりたいじゃんねー……? ふふっ」


「おおう」


「ヌクト、鼻の下が伸びてるの」


 真横からメリーさんの無表情ジト目が刺さる。

 コックリさんはさらにガンガン攻めてくる。


「いっぱーい、いっぱーい甘やかして……とろとろにしてあげるじゃんねー……ちゅっ」


 リップ音。

 左耳のメリーさんが大絶叫した。


「ちょっとコックリ何やってるの!!」


「耳キーンってなった」


「ただくちびるを鳴らしただけじゃんね! 実際にちゅーしたわけじゃないしASMRならこれくらいよくやるじゃんね!」


「耳キーンってなった」


「ふざけるななのふしだらなのハレンチなのASMRってこんなことまでやるの変態なのありえないのエッチスケッチすけとうだらなの」


「耳キーンってなった」


 右耳のコックリさんがふっふーんと笑った。


「ASMRくらいでうろたえてたらダメじゃんね! メリメリのぬっくんに対する強みは、まるでそばにいるみたいっていう配信者の技術を超えて、ホントにそばにいることじゃんね!」


 コックリさんがするりと移動して、メリーさんの横に寄り添った。


「つ・ま・りー……メリメリはー、くちびる鳴らすだけじゃなくてー……本当に、ちゅっ、てしちゃうこと……できるんじゃんねー……?」


「ちゅ、ちゅ、ちゅっ……!?」


 メリーさん、無表情のまま真っ赤になって目を白黒させてる。表情豊かだなあ。

 そんなふうに思いながら見てると、メリーさんと目が合った。

 メリーさんは無表情を真っ赤にして口をぱくぱくさせて、そしてわめいた。


「あ、あ、あたし、絶対にちゅーなんてしてやらないのー!」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。コックリさんも。

 残るのはただ、左耳のキーンとした耳鳴りだけ。


「……いろいろあったけど、耳が幸せだったなー」


 満喫させてもらったし、今日はぐっすり眠れそう。






『メリメリにもやれそうなASMRがあるじゃんね! さーメリメリ! 電話口でおせんべチャレーンジ!』


『ばりぼりばりぼりばりぼりなの』


「咀嚼音ASMRとかあるけどさあ」

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