第44話 都市伝説のメリーさん、寝てる間にあかなめがなんか語る。
「あたしメリーさん……今あなたの隣に……むにゃむにゃ……」
「寝るときも表情変わらずに目がぱっちりだ。まぶたなんてないからだけど」
夜。
楽しいティーパーティーもお開きになって、布団を敷いて。
敷かれた布団の上で、メリーさんはぱっちりおめめを開いた人形の無表情のまま大の字に寝転がって、夢の中に沈んだ。
「うーん……まだ眠くないというか、眠りたくないような感じだなあ」
消灯した部屋で、スマホをいじりつつごろごろ。
横でメリーさんがぐーすか就寝(無表情開眼)。その向こうではコックリさんがむにゃむにゃと、掛け布団を抱き枕みたいに抱きしめて丸まって寝ている。
で、逆側の横。敷かれたあとひとつの布団は、まだからっぽ。
僕も布団を抜け出す。窓際の方へ足を運ぶ。
窓際の空間。旅館のお部屋で見かける、小さなテーブルに椅子が二脚あって、窓からの景色をながめながらくつろげるようなあの独特の場所。正式名称は
その場所に、あと一人の同行者はいた。
椅子に腰掛けて、月明かりに照らされて、テーブルにとっくりを置いて、おちょこを口に運んでちびちびと飲んでいる、執事服の顔のいい男性。あかなめさん。
あかなめさんはこちらに顔を向けて、切れ長の目を細めて微笑んだ。
「ヌクト様も、夜ふかしでございますか」
うなずいて、あかなめさんの向かいに腰を下ろした。
あかなめさんは窓の外に顔を向けて、ちびりとおちょこに口をつけて、しみじみと微笑んだ。
「楽しい一日でございました。いえ、今日一日だけでなく、明日も楽しみでございますし、これまでの日々も」
ちびりと、また口を湿らせる。
おだやかな微笑を窓の外に向けて、それからまた、口を開いた。
「
妖怪あかなめは気色の悪い怪異。別段悪さをするわけではなくとも、人からは避けられ、仲良くするなど願っても叶わないことでございました。
それが今や、人間とたわいもない話をして、他の怪異もまじえて、のんべんだらりと過ごせるのでございます」
しゃべりながら、窓の外の月を見上げた。
「想像もしていなかったことでございます」
月明かりを受ける顔は、整っている。
一般的に思う妖怪あかなめの顔だとは、想像できないほどに。
あかなめさんは、月を見ながら話し続けた。
「時代の流れはめまぐるしく、わたくしども怪奇現象の肩身は年々狭くなってございます。
科学が未知を既知に変え、情報伝達技術がその既知を周知に変え、妖怪という存在はウソの存在として生きる世界を失ってございます。
妖怪とは、未知への
そしてあかなめさんは、顔をこちらに向けて、微笑みを深めた。
「けれどヌクト様。わたくしめは今の時代を愛しているのでございます。
どれほど科学技術が発展しても、人の想像力は止まることなく、その想像を情報伝達技術の発展によって、より多くの人が発信できるようになってございます。
その想像のるつぼの中で、わたくしどもはどんどんと新しい属性を得ながら、自由自在に存在を許されているのでございます。
顔のいいあかなめという存在がいても、許されるほどの自由さで」
あかなめさんの視線が横にずれて、笑顔がにこりといたずらっぽくなった。
「そして湯船で電話を受けられるのも、情報技術の発展のたまものでございますね」
あかなめさんの視線を追って、横を見た。
窓とは逆の、部屋の中の方。いつの間にか起きてきたメリーさんが、人形の無表情で棒立ちをして僕たちを見ていた。
あかなめさんはまた笑みを深めて、とっくりを差し出してきた。
「お二人もいかがでございますか? 残り湯です」
「結構ですー」
「結構なの」
二人で断って、メリーさんはてとてとと寄ってきて、僕のひざの上にちょこんと座った。
「寝てる間に二人で盛り上がってたみたいだけど、なんの話をしてたの」
「うーん、盛り上がってたのかなあ?」
あかなめさんに視線を向けると、あかなめさんはにこりと微笑んだ。
「ヌクト様に愛を伝えていたのでございます」
「情報の切り取り方が恣意的すぎる」
視線をひざの上のメリーさんに落とした。
メリーさんは無表情を黒く染めて、僕の顔を見上げていた。
「ヌクト。ヌクトはやっぱり顔のいい怪異がいいの。あたしが寝ているのをいいことに顔のいい怪異と愛を語っていたの浮気なの最低最悪のサルヤローなの」
「待ってねメリーさん? 愛っていうのはもっとこう広く僕個人じゃなくて人類全体とかそういうスケールの話で、そもそも浮気とか言うってことはメリーさんの認識ではメリーさんは僕と目にシャンプーがーッ!?」
目の泡を(とっくりの残り湯で)洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。
どこに行ったのかと見渡すと、早々に布団に戻って横になっていた。
メリーさん、あれはふて寝かな。背中を向けてて顔が見えない。見えてもいつもの無表情だろうけど。
「ヌクト様、わたくしどもも就寝いたしましょうか」
「そうだねー」
テーブルを簡単に片づけて、布団に横になった。
背中を向けているメリーさんに、一応おやすみと声をかける。
返事はなかったけれど、もぞりと身じろぎだけ返ってきた。
眠りにつきながら、ふとあかなめさんの話を思い返す。
情報伝達技術が発達した今の時代を、愛していると。
僕もそう思う。今こうやって楽しく過ごしているのは、メリーさんの電話が僕のスマホにかかってきたからだ。
「あーしが寝てる間にすっごい楽しそうなことしてたんじゃんねー!」
「そんなに楽しそうだったかなー?」
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