第62話 都市伝説のメリーさん、着ぐるみ疑惑にツッコむ。

「あたしメリーさん。今あなたのうし……何やってるのケダモノ!」


「この犬めは犬ですワン。犬ならご主人様にじゃれついて飛びかかってもおかしくないですワン」


「ゴボゴボゴボ」


 メリーさんからの電話に出ると、背後にメリーさんが現れると同時に正面に人面犬さんが現れて、人面犬さんは僕の顔面を包み込むように抱きついてきて、その状態で体重をかけてこられたので、僕は風呂に沈んだ。




「くーんくーん。甘えさせてほしいワン。できたらいじめてほしいワン」


「くっ、なんて高度な駆け引きなの。攻撃することがこのケダモノの利益になってしまってうかつに攻撃できないの。

 都市伝説界の知性派たるこのあたしをダブルバインドするなんて高い論理能力を持ってるの」


「メリーちゃんがバインドだって!? 縛られてるってぇ!? 目にシャンプーだよぅ〜!?」


「なんでもいいから助けてもがもが。ずっと抱きつかれてて顔がふさがってしかも着ぐるみパジャマが水を吸ってるから息ができないもがもが」


 現在、湯船。

 正面から人面犬さんに抱きつかれ、声の方向からメリーさんは人面犬さんを踏もうとして躊躇ちゅうちょしてる状況と思われる。

 あとテケテケさんが出てきて退場したみたい。


「人面犬、命令するの。『待て』なの」


「ワン♪」


「助かった……」


 メリーさんが命令してくれて、人面犬さんが離れて待機の構えになったおかげで解放された。

 人面犬さんは僕の正面で、おとなしく湯船に浸かりつつ物欲しそうな顔で見つめてくる。


「ご主人様、お願いですから命令してくださいワン。

 この犬めはご主人様の命令が待ち遠しくて、こんなにぐしょぐしょに濡れてるワン」


「着ぐるみパジャマがね?」


 人面犬さん、腕を上げて水がたっぷり染みた着ぐるみをアピールしてくる。

 じゃばじゃば水が落ちて重たそう。


「それにしても、毎度みんなにおんなじこと聞くけど、人面犬さんもお風呂入るときに服を脱いだりしないの?

 あっメリーさん違います人面犬さんに脱いでほしいわけじゃないからその立ちのぼる暗黒オーラを引っ込めて」


「ご主人様は、この毛皮を脱いだ姿を見たいんですワン?」


「あくまで毛皮って言い張るんだね」


 人面犬さんは目を斜め下に落として、少し物憂ものうげな表情をして、さびしくほほえんで言った。


「きっとご主人様も、ほっといてくれと言ったところでずっと気にするんですワン……

 脱がないことにどんな事情がひそんでいるかも考えずに、気軽に脱がないんですかなんて聞いてしまうんですワン……」


「あ……なんか、ごめんなさい……」


 人面犬さんはほほえんでいるけど沈んでる。


 しまったな。ふざけた様子に見えても、実はセンシティブな話が隠れていたのか。

 考えてみれば、最初に会ったときはゴミあさりしてたくらいだし、見た目普通に人間っぽいからこそ、そうなった背景に深い事情が……


「この着ぐるみを脱いでしまったら、犬の体に人の顔の人面犬という設定が台無しになってしまいますワン」


「今着ぐるみって言ったね? 設定って言ったね?

 やっぱりあなたただの人間なんだね?」


 人面犬さんはよだれを垂らしながらうっとりした。


「人の体に生まれながら、犬のコスプレをして野良犬のようにみじめにゴミあさりをする日々……とっても……刺激的でしたワン……♪」


「あっこの人ダメな人だ。これまでの怪異と別方向にダメな人だ」


「元の場所に捨ててくるの、ヌクト」


「捨てたいけど勝手に来ちゃったからなぁ」


 メリーさんがげんなりした無表情を僕に向けてきた。

 人面犬さんはすましたほほえみに戻って話した。


「この犬めは犬ですワン。犬らしく一飯の恩を忘れず、何度捨てられても必ずここに戻ってきますワン」


「何度も戻ってくるのは人面犬じゃなくて呪いの人形とかの怪異なんだよ」


「ヌクト、こいつのこと餌付けしたの」


「落としたハンバーガーを勝手に食べられただけなんだって」


 メリーさんは無表情をどんよりとさせた。


「あたしがごはんを用意したのに、ヌクトはそれに満足せずにファストフードに手を出すの……」


「用意したのナゲットじゃん」


「つまりあたしがヌクトの胃袋をがっちりつかむちゃんとした食事を出していれば、この事態は防げたことなの」


「そうなのかなぁ?」


「決めたの。今度また手料理を作って、ヌクトの胃袋をゲットするの」


「『また』ってことは前みたいな感じになる?

 あの湯船で作る大根の味噌汁もといふろふき大根?」


「そういうわけで、レシピの考案と材料の調達に行ってくるの。さらばなの」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。人面犬さんも。


「……正直怖くもあるけど、メリーさんの手料理が食べられるなら、悪くないかなあ」


 食べられるなら。

 食べられる……うーん……前に作ったのは、湯船いっぱいの大根の味噌汁で、さすがにあれは食べられなかったわけで……


「……とりあえず、お風呂の掃除しとくかー」


 掃除したから湯船調理のごはんを食べられるってわけでもないけど、気分的にちょっとでも清潔にしたいからね。






「ヌクト、ねぎとたまねぎだったらヌクトはどっちが好きなの」


「また風呂掃除中にやってくるー排水口は見ないでー」

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