第5話 都市伝説のメリーさん、友達認定する。

「あたしメリーさん。今あなたの右隣ゴボゴボゴボ」


「気遣いが裏目に出ちゃったかー」


 メリーさんの電話がかかってきたのを見て、後ろに現れて湯船に沈むのを予防するべく、僕は向きを変えて洗い場の方に背中を向けた。

 そうしたらメリーさんも普段と違う場所に出現しようとしたらしく、結果としてメリーさんは風呂に沈んだ。




「今日も今日とて温泉まんじゅうなの。ありがたくいただくがいいの」


「ありがとう……なんかメリーさん、機嫌悪くない?」


「気のせいなの。あたしはもともとこういう表情なの」


「まあ表情はあいかわらず無表情なんだけどさ」


「機嫌悪くする要素なんてどこにもないの。こないだかわいいって言われてちょっと舞い上がってたのにコックリのこともかわいいって言っててこんな軽薄スケコマシサルヤローの言葉にどきどきしちゃった自分が腹立たしいとか、これっぽっちも思ってないの」


「ごめん、やきもち焼いちゃったんだね」


「…………」


「無言のシャンプーやめて!? 目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流すと、メリーさんはまだいた。


「今日はもうこれだけで帰っちゃったかと思ったよ……」


「尻軽ヤローにも愛想つかさずにまだ残ってあげること、感謝するがいいの。でも今後の身の振り方次第なの」


「あー、えっと」


 怒ってるなー。うーんなんか気分を変える話題とかないかな。


「そうだ僕、メリーさんのこともっとよく知りたいなー」


 メリーさんは無言。僕と二人(一人と一体)湯船に並んで、こっちに顔を向けずにずっと洗い場の方を見ている。


「あー僕、都市伝説でしかメリーさんのこと知らないし、ほらせっかくこうして知り合ってさ、友達になったんだし、友達のこともっと知りたいなってさ、思うじゃん」


 喋りながら、メリーさんの顔をうかがってみる。

 メリーさんは無表情……なんだけど、なんか心持ち、ほっぺが赤くなってる気がしなくもない?


「友達……都市伝説のあたしに、人間の友達……」


「あーごめん? 何か気にさわったなら……」


「別に、イヤとか、そんなことこれっぽっちも言ってないの。むしろあたしみたいなかわいくもない呪いの人形を友達だなんて言っちゃう能天気さに、ちゃんちゃらおかしくてお腹がくねくねによじれるの。

 でもあなたがそこまで言うなら、あたしとしては、その、友達だって、認めてあげなくもないの」


「えーと」


 これは俗に言う、ツンデレというやつだろうか。

 まあ、でも。


「友達認定されるのは、素直にうれしいかな。

 ありがとうメリーさん。これからもよろしくね」


 手を差し出した。

 メリーさんは人形の無表情で、ちらりと僕の手を見て、ちょっともじもじしてから、おずおずと手を水面に出してきて、握手した。


 あ、なんかいいな、これ。

 ずっと一人暮らししてて、それ自体は別にさみしいとは思ったことはないんだけど、やっぱり誰かとこうやって触れ合う時間って、いいものだな。


 なんて思ってたら、メリーさんは無表情のまま、気持ちジト目な雰囲気で湯船の中に視線を落としていた。


「なんとなくいい感じっぽい雰囲気出してるけど、全裸でもじゃもじゃとぱおん様が水中をぷらぷらしてて台無しなの」


「お風呂なんだからこれが正式なドレスコードだからね? かたくなに服を脱がないメリーさんの方が異端だからね?」


 今さら裸なことをどうこう言われてもどうしようもない。お風呂なんだから。

 とはいえ、そんなに凝視されると恥ずかしいな。別に自信があるものでもないし。

 ていうかメリーさん、見過ぎじゃない? なんでそんなずっと見てるの?

 あ、違うなこれ。を見てるわけじゃないな。表情は変わらないけど、この感じはたぶん。


「メリーさん、友達認定が気恥ずかしくて、顔を見れないんだね?」


「…………」


「ごめんって!! からかったわけじゃなくてさ、ちょちょちょ無言のシャンプーやめて!? シャンプーが目にーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。

 湯船に残るのはただ、足場にしていた風呂イスと、ゆらゆら揺れる僕のもじゃもじゃとぱおん様……は、別に注目しなくていい。


「次から水着着るかなぁ……でも毎日来るわけじゃないし、自宅のお風呂は開放的にリラックスしたいよなぁ」


 そもそも人形相手に、そこまで気遣うこともないのかもしれない。

 でも人形とはいえメリーさんは女の子だし……うーん女の子? 女性として扱った方がいいのか、迷うな?


「あ、メリーさんのこと聞こうと思ったのに聞きそびれた」


 まあ、いいや。

 また来るだろうし、そのときの楽しみにしておけばいい。


 楽しみ。

 このごろ僕はすっかり、メリーさんが来るのが楽しみになっている。

 そんな状態になっていることが、また楽しい。


「メリーさんと出会えて、友達になれて、僕は本当によかったと思うよ。メリーさん」






 きょろきょろ、見回す。


「今日はいないか……恥ずかしいこと言ったら、出てくるかと思ったのに」


 ちょっと考えて。

 お風呂場のよく反響する環境に、声を張って響かせた。


「あーあー。メリーさんかわいい! メリーさんいい子! メリーさんと友達になれてうれしい! メリーさん来てくれてありがとねー!」


「大声で恥ずかしいこと言わないの」


「やっぱいた!! 目にシャンプーがーッ!?」


――――――


・作者より


「ぱおん様」で検索すると、なぜか詐欺サイトっぽいのがヒットするみたいです。

みなさん気をつけてね。

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