第6話 都市伝説のメリーさん、過去を語る。

「あたしメリーさん。今あなたの右側五メートルゔぉんゔぉんゔぉん」


「え、どこ!? メリーさんどこにいるって!? 右側五メートル、ってお風呂場の外?

 ドア出て脱衣所の、あっ洗濯機!? メリーさん洗濯機の中に突っ込んだ!?」


 メリーさんの電話にしたがってお風呂場の外を見ると、入浴前に回し始めてうなりを上げる全自動洗濯機があった。

 あわてて緊急停止して中をのぞくと、泡と洗濯物にまみれたメリーさんが無表情のまま目を回していた。




「今回はいつにもましてひどい目に遭ったの」


「よくピンポイントに突っ込んだものだね」


「スマホが壊れなくてよかったの」


「まあそれは……ちゃんと自分自身も心配してね?」


 救出したメリーさんは現在、僕の隣でいつものように湯船に浸かっている。

 服はそのまま。泡は軽く流したけど。


「いっそそのまま洗濯しちゃえばいいのに」


「着替えがないの」


「僕の服でよければ貸すよ? 洗って乾くまでの間なら、サイズが合ってなくてもガマンできないかな」


「お付き合いしてるわけでもないのに彼シャツとか、恥ずかしいの」


「メリーさんの恥ずかしさの基準がよく分かんないよ」


 メリーさんは風呂イスの上で、力を抜いて上半身をぷかぷかと揺らしている。

 顔はこちらを向いてくれない。


「もしかしてメリーさん、こないだの友達認定でまだ恥ずかしがってる?」


「そんなことないの。そもそも恥ずかしいとか思ってないの」


「恥ずかしいからちょっと距離を置こうとしてお風呂の外に来たの?」


「恥ずかしくないって言ってるの」


「まあ、メリーさんがそう言うなら」


 もうちょっとからかってみたかったけど、これ以上言うとシャンプーが飛んできそうなのでやめておいた。


「そういえば、こないだ聞きそびれたけど。友達認定もしてもらったのに、メリーさんのこと都市伝説の内容くらいしか知らないのもどうかなって思ってさ。

 都市伝説では捨てた持ち主を追いかけてることになってるけど、持ち主ってどんな人だったの?」


「……忘れちゃったの」


 メリーさんは無表情のまま、うつむいてしまった。


 あ……しまったな。ちょっと無神経だったか。

 そりゃ捨てられた相手だもんね。うらみつらみもあるだろうし、忘れちゃったなんてうそぶきたくもなるか。

 それでも都市伝説やってまでずっと追い求めていたわけで、愛憎入り混じる複雑な感情なんだろうな。

 友達認定されていい気になって、気安く聞いていい話題じゃなかった……


「ガチで忘れちゃって思い出せないの。気づいたらゴミ捨て場にいて『このままじゃヤバイの』って思って、えいやって気合い入れたら都市伝説パワーに目覚めたの」


「えいやって気合い」


「それで持ち主に会って文句のひとつも言ってやろうと思ったけど、どこの誰だか全然思い出せないから電話番号を適当にかけて数打ちゃ当たる戦法でやることにしたの」


「力技が過ぎる」


「本気でなんにも分からないから、実はあたしは古代王家の記憶を封印された七人姉妹で全員そろえたらなんでも願いが叶えられるって言われたとしても驚かないの」


「いろいろ混ざってる」


「ぶっちゃけ他にやることなかったから、キャラ作りでやってたとこあるの」


「都市伝説がキャラ作り」


 メリーさんはだらりと力を抜いて、水面に半分浮くような姿勢になって、天井を見上げた。


「けどそのおかげで、お風呂のよさを知ることができたし、あなたにも出会えたの。よかったの」


「ああ。うん。それは僕も、よかったと思うよ」


 二人並んで、ゆっくりと浸かる。

 こういう時間ができて、よかったと思う。

 それに。


「うれしいな。メリーさんも、僕と出会えたこと、よかったって思ってくれるんだ」


「…………」


 メリーさんはしばらく、沈黙して。


「無言の照れ隠しシャンプーやめて!? 目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。


「……まあ、いいか」


 友達認定されて、出会えてよかったと思ってもらえて、メリーさんの過去も聞くことができた。

 いや、過去は全然分かんなかったけど。全然分かんないことが分かっただけ、進歩かな。

 こうやって、お互いのことをいろいろ話して、もっと友達らしくなれたら、いいなって思う。


「って、あれ? そういえば僕、一度も自己紹介したことないけど、メリーさん僕の名前って知ってるのかな?」


 天井をながめて、考えて。


「……ま、いいや」


 そのうち改めて、自己紹介すればいいや。

 その機会がめぐるまで、そしてめぐってからも、メリーさんとの関係は、きっと続くのだろう。

 そう考えることがうれしくて、楽しい。





「スタンバイしてたのに恥ずかしいセリフがなかったの」


「そんな毎回オチを用意しなくてもいいじゃん!! 八つ当たりシャンプーがーッ!?」

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